16.セヴラン編:『合理的な駒』との出会い
生徒会室の空気は、紙をめくる音だけが支配していた。
セヴランは、特待生として編入してきたアレクに初めて課した仕事の出来を、黙々と確認する。
表情は変わらない。
興味も期待も、喜びすら感じさせない無機質なまなざし。
「処理速度、理解速度、的確さ」
淡々と数字を確認し、書類を揃えながら短く結論を落とす。その結果は。
「アレク、君の能力は理解した。十分生徒会の戦力になる」
ひんやりとしたセヴラン独特の空気感に気圧され、緊張した面持ちのアレクは、それでも認めてもらえたという事実に深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます! セヴラン様にそう言ってもらえるとは思っていなかったので……」
「私は事実を言っているに過ぎない。礼は不要だ」
「も、申し訳ありませんっ!」
怯えたように声を上擦らせるアレク。
だが、感情も、性格も、過去もどうでもいい。ただ、使えるかどうかだけが重要だ。
そしてセヴランは一度だって判断を間違わない。ミスを犯さない。
そんなセヴランが判断を下した。
アレクは、評価するに値すると。
この、合理的に正しく、正確に仕事をこなせる道具を使いこなすことが、セヴランの役割だ。
◆
その後すぐに生徒会入りしたアレクは、やはりセヴランの見込み通り、極めて優秀だった。
「完璧だ。では次はこの行事の収支案を仕上げてもらおう」
「は、はいっ!」
次から次へと仕事をこなすアレクに、セヴランはアレクの限界、および処理速度を正確に計算し、適量を与えているだけだ。
それなのに横でアレクとのやり取りを見ていたロアンが、やや苦笑しながらセヴランの肩を軽く叩いた。
「おいおいセヴラン、まだ入って初日だぞ? もう少し優しくしてやれよ!」
その手をセヴランは、ハエでも叩き落とすかのように強く振り払う。
「私に触れるな、この無能が。貴様は黙って手を動かせ」
けれどロアンは、一瞬肩をすくめたものの、すぐににぱっと笑った。
「まったく、お前は相変わらず俺に冷たいのなぁ」
幼い頃から知っている仲だが、どれだけ冷たくあしらっても、ロアンは気にせずセヴランに気安く触れてくる。
能天気で頭が足りず、感情のまま生きるこの男は、セヴランにとって天敵のような存在だった。
しかし、この男は腐ってもグラディス家。
ヴァルデン家とは切っても切れない関係にあり、政治的に無下にできないのが頭の痛いところだった。
「アレク、いつまでそこに立っている。早く渡した書類を片付けろ」
唯一、己の感情という不要な部分をかすかに揺らしてくる男。
そんなロアンに苛立ちを隠さないまま、どうすればいいのか分からないという顔でぼんやりと立ち尽くしていたアレクに声を掛ける。
すると彼は背筋を緊張したように伸ばすと、急いで自分の席に戻って黙々と作業をはじめた。
その怯えた反応も、過度に慎重すぎる様子も、すべてが無駄だ。
だが有能なことには変わりない。
未提出の真っ白いままの書類を机に積み上げる男よりもよほど使える。
一方のルキアはというと、そんなアレクの様子をじっと見つめ、満足そうに微笑んでいる。
ルキアとも長い付き合いだが、セヴランにとってルキアは、己と同格の能力を持ち合わせていると認められる、稀有な存在だ。
しかし、セヴランが不要だと思っている情や優しさというものを持ち合わせているかのように装うため、そこは次代の国を担う者として改めるべきだと考えている。
そんなルキアは、アレクを平民でも才能があれば未来を担えるという理想の象徴として見ていることは分かる。
だからこそアレクを笑顔で迎え入れ、手を差し伸べた。
しかしセヴランは違う。
国を動かすのに最も、そして唯一必要なのは、合理的な考え。それこそが国を更によりよく発展させる。
それを証明するため、セヴランはルキアの傍にいる。
そしてその体現者となるのは、他ならぬセヴランだ。
合理が国を導くなら、その先に自分が立つ可能性も――。遠い未来の可能性として、セヴランの胸にわずかにそんな考えがよぎった。
だからこそ、セヴランには彼の考えを体現できる駒が必要だ。
セヴランの視界に映っているのは、やはりアレクという『人間』ではなく、生徒会運営に効率をもたらす『有能な生産機』。
「できました……」
まだ書類を渡して一時間も経っていない。
それでもアレクは、セヴランの予想よりも早く仕事を仕上げ持ってきた。
やはり自分の目に狂いはなかった。
セヴランはアレクに視線を向けず、次の書類を差し出す。
「では次だ」
アレクが戸惑いながら
「はい……」
と答えるが、その声の震えすら、セヴランの耳にはノイズにしかならなかった。




