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15.ルキア編:『理想の光』との出会い

この章は三人それぞれの視点でのアレクとの過去のお話になります。



 これは、グレイスがまだ何も知らなかった頃の物語。


 三人の『期待』が、どうやってアレクを追い詰めていったのか。


 ――彼らが切り捨てた『罪』の記録。



 王立学園の生徒会室は、いつものように陽光が差し込み、広い窓ガラスが静かに光を返していた。

 

 ルキアはまだ二年生であるが、王子という肩書、本人の有能さ、なにより人望の厚さから先日生徒会長として任命されたばかりだ。


 しかし一年生の頃から生徒会に所属し、仕事のやり方は既に把握している。


 また、ルキアの公私ともに片腕として傍にいてくれているセヴランも、副会長として同時に就任している。


 セヴランは隣で驚くべきスピードで正確に書類の束を処理していく。

 ルキアとセヴラン、二人の力をもってすれば、机の上に積まれた書類の山もあっという間に小さくなっていく。


 ちなみにその間、同じく二年生であり庶務のロアンは、一応奥にある自分の席には座っているものの、苦手だという書類整理の仕事には一切手を付けていない。

 彼は手にしたペンを気の抜けた調子でくるくると回していた。


「ロアン。少しは真面目に仕事をしろ」


 耐えかねたセヴランが目の前の束を全て終わらせた後、ペンを置いてそう言う。

 対するロアンは口では、


「やっべぇ、やっぱセヴランの怒った顔はおっかねぇわ……」


 と言いながら顔を書類に向けたものの、一ページも進まないところからして、ただ読むふりをしているだけだろう。


 しかしセヴランはこの結果を予想していたのか、それ以上言葉を交わすことは無駄だと悟ったようで、ロアンから視線をそらす。


 そしてルキアの机の束を一つ取った。


「こちらの山は私が片付ける」

「助かるよセヴラン。いつもありがとう」

「私がした方が効率がいいだけだ」


 確かにその通りではある。


 彼は己の能力をよく知っている。そして合理的だからルキアの仕事を手伝っているに過ぎない。

 それでも彼の有能さには随分と助けられているのも事実だ。


 ロアンに関してはルキアも思うところがないわけではないが、彼には彼の良さがある。


 侯爵位を持つ貴族の出ながら、相手の身分を理由に垣根を作ることはなく、本人の人懐っこさから、平民・貴族両方から好かれている。

 そんな彼が生徒会に所属していることは十分に価値がある。


 だが、やはり生徒会の仕事を三人――実質二人で回すのは、いくらルキアとセヴランといっても限度がある。


 かといって中途半端な人間を補充することを、セヴランは望まないだろう。


 しかし、これから挨拶にやってくる特待生たちの中の一人に、ルキアは一縷の希望を見出していた。


「失礼します。本日付けで入学しました、特待生代表のアレクです」

 

 特待生たちの先頭に立った少年、アレク。


 孤児院の出身だという彼は、全体的に華奢で姿勢も控えめだが、物腰は柔らかく落ち着いている。

 そして見るからに誠実で、まさにルキアの好む善良な国民そのままの姿だ。


 整った銀灰の髪はまるで彼の性格を表すかのようにまっすぐだ。

 濁りのない深い青の瞳には、不安と同時にこれからの生活についての期待の光が混じっている。


 アレクの後ろにいる特待生たちも悪くはないが、やはりアレクが全てにおいて頭一つ抜きんでている。


 確認した入学時の成績は特待生の中でも勿論群を抜いて優秀で、彼がどこかの有力貴族の子息であったなら、その才を惜しみなく発揮できたことだろう。


「君がアレクだね。僕は生徒会長のルキア・アウレリアン。隣にいるのがセヴラン・ヴァルデンで、あっちにいるのが……」

「俺はロアン・グラディスだ。気軽にロアンって呼んでくれよな!」


 いつのまに席を立ったのか、早速持ち前の明るさでロアンはアレクに近付くと、にかっと白い歯を見せて笑いながらアレクの肩を叩いた。

 ロアンに言わせれば、どんな人でも会えば数秒ですぐに仲の良い友人になる、とのことらしい。


「なんか難しそうな顔してるけど、すげー奴なんだろ? とりあえずよろしくな!」


 アレクは少し驚いたようだが、ロアンの空気にのまれ、ほっとしたように表情を和らげるとすぐに小さく笑った。


 セヴランは特に何も言わないが、あの成績を見ただけで彼がアレクのことを気に入っていることは分かっていた。


 ここにいる三人がそれぞれアレクを気に入っているのだ。

 おそらくアレクが生徒会に入る未来は確実だろう。彼ならばきっと、セヴランから課される試練も乗り換えられるはずだ。


 ルキアの予想通り、アレクの有能さはすぐに証明されることになった。



「君にはこの生徒会で会計を任せたいと思っている。何か分からないことがあったら、いつでも遠慮なく聞いてね」


 アレクから生徒会入りの受諾の返事をもらったその日、ルキアが微笑みながら声をかけ。


 アレクは照れくさそうに、けれど少しだけ戸惑ったようにまばたきをした。


「光栄です、ルキア様。……まだ不慣れですが、精一杯努めさせていただきます」

「うん、よろしくね」


 ルキアは軽く頷いた。

 目の端でセヴランが書類を閉じ、こちらへ歩いてくる。


「成績はすべて確認した。学科も実技試験も高い水準だ。この間の書類の処理も私の思う合格点に達している。合理的に判断するなら、生徒会での起用は妥当だろう」


 淡々とした口調。

 だが、それは最大級の評価でもあった。


 そしてルキアはひとつ確信する。


 この生徒は――ルキアの理想を体現するのにふさわしい立役者だ。


 王子として、国を導く者として、アレクが信じている理念は一つ。

 

 才能こそが、この国を前に進める力である。


 まさに、ルキアは彼のような存在を待っていたのだ。


「アレク。君のような若者こそ、この国の未来を支える存在だ。……平民出身であろうと、孤児院育ちであろうと関係ない。能力ある者には、正当な立場と機会が与えられるべきだ」


 アレクは目を見開き、少し震えた声で返した。


「……ありがとうございます。そんなふうに言っていただけるとは……思っていませんでした」

「遠慮はいらないよ。君の力は、国の宝だ」


 その瞬間、ルキアの胸には強い熱が宿っていた。

 ――この青年なら、理想を現実にできる。

 そんな考えが、ごく自然に湧き上がる。


 アレク自身の小さな不安や緊張には勿論ルキアは気づいていたが、彼の意識はそこには向かなかった。

 アレクが感じる不安よりも、彼が証明してくれるであろう未来の方が大事だったのだ。

 

 そう、ルキアが見ていたのは、アレクという『人間』ではない。

 自分が信じる理想を現実にするための『象徴』としての姿だった。


 ――その歪みは、静かに積み重なっていく。



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