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14.好感度上昇と壊れないヒロイン



 生徒会に入ってからの日々は、目まぐるしく過ぎていった。

 そんな中発生する好感度を上げるための三人のイベントも忘れずに、グレイスは順調にこなしていく。



 例えばルキアの場合。

 

 ある日の昼休み。

 教室を移ろうとして、グレイスは手に抱えていたプリントの束をうっかり落としてしまった。


「きゃあっ! ど、どうしよう!」


 錯乱したように声を上げ、焦ったようにしゃがんで拾っていると、そのすぐ横のプリントに白い手が伸びた。


「大丈夫かい?」


 顔を上げると、光を纏ったようなルキアがいた。

 髪が窓からの光を受けて柔らかく揺れていて、神々しいほどだ。


「ルキア様……!?」


 彼は微笑み、落ちたプリントの残りを全て丁寧に揃えてグレイスに差し出した。


「はい、どうぞ」

「あ、ああ、ありがとうございますっ!」


 お礼を言ったグレイスは、この場で最も効果的な選択肢【頭も体も深く下げる】を選び取る。

 頭と同時に体もしっかり折り曲げ、その拍子に折角集めたプリントがグレイスの手から滑り落ちていく。


「あ、わわっ、ど、どうしよう、私ったら!」


 するとルキアは、王子としての双眸を崩すと声を上げて笑った。


「あははっ、君は面白いね。仕事は完璧なのに、どこか抜けている」

「すみません……」

「ああ、別に責めているわけじゃない。僕は君のそういうところは、結構好きなんだ」


 柔らかく、優しく、まっすぐに。

 ――ゲームの、ルキアの好感度+5イベントそのままだ。

 

 作戦成功かな。

 グレイスは受け取りながら、恥ずかしそうに頬を赤らめた。



 別の日、試験の結果が発表され、廊下に張り出された。

 上位成績者の一番上に自分の名前があることを確認したグレイスが、その時を待っていると。


「グレイス嬢」


 心の中でイベント通りだと笑いながら、静かな声に呼ばれて顔を上げると、セヴランが立っていた。


「一位、それも全て満点とはさすがだな。私も驚いた。なにせ君の答案に関して、あの堅物で有名な教師が褒めていたくらいだからな」


 周囲がざわつく。

 あのセヴランがわざわざ一年生の教室まで足を運び、褒めるなんて滅多にないことだ。


「論述の組み立てが論理的で、必要な情報が過不足なく、簡潔に配置されていると。……非常に読みやすく、採点する側としても助かったと。私もあとで君の答案を見せてもらいたいほどだ」


 それは、前世でレポートを何百枚も読んだ経験からくる癖のようなものだった。

 しかしセヴランにとっては、高評価に値する能力らしい。


「ありがとうございます」


 謙遜は不要だ。

 ここは【簡潔に礼を述べる】を選ぶのが正しい。


 セヴランは不要な言葉を述べることなく当たり前の賛辞を受け取ったグレイスを見つめ、わずかに口元を緩める。

 これで+10の好感度上昇となる。


 

 さらに別の日。

 昼休みも半分過ぎた頃、グレイスは遅めの昼食をとりに食堂へやってきて、隅の方でひっそりと一人、メニューに悩んでいた。


 と、突然横から太陽のような声が降ってきた。


「グレイスー! 今日もお疲れ!」

「わっ……ロアン様っ!?」


 驚いたふりをして声を上げて隣を見ると、そこに立っていたのは思っていた通り、赤毛を揺らすロアンだった。


「いやあ、偶然! 昼メシ速攻で食べてから体動かしてたんだけど……。また腹減ってきたからここにきたら、まさかお前がいるなんてな。なんかラッキーだな!」


 相変わらず元気で、人との距離が近い。

 ここでグレイスはヒロインとして正しい答えを選び取る。


【「私も、ロアン様に会えて嬉しいっ! だって今朝ロアン様生徒会室に来なかったから。寂しかったんだよ?」】

「悪いな、ちょっとばかり鍛錬で忙しくて顔出せなかったんだよ」


 照れたように鼻の頭を掻きながら笑うその姿は、ゲームで見慣れた好感度上昇+10の演出そのものだった。


「なら、今から一緒に食わねぇか? 朝一緒にいられなかった分さ」

「いいの? やった!」

 

 グレイスは誰にも分からないよう小さく黒い微笑みを浮かべながら、彼と一緒にメニューを選び始めた。



 小イベントを立て続けに起こし、その全てを回収していけば、ゲーム通り三人の好感度が上がってきているのを感じる。


 けれどそれだけに時間を割くわけにはいかない。


 グレイスは模範的な生徒としての顔を周囲に見せることも忘れなかった。

 授業に出て、ノートを取り、特待生として周囲から質問を受ける。そして放課後になれば、生徒会室へ向かい、仕事をする。


 ルキアの演説文の推敲。

 セヴランがまとめた方針案の清書と複写。

 ロアンが溜め込んだ報告書の整理と、抜け漏れのチェック。

 

 気づけば、生徒会で作成される書類の実に半分以上にグレイスの手が入っていた。アレクも同じような事態に陥っていたのだろう。

 

 だが、違うのは――グレイスは、決して倒れないことだ。

 

 グレイスは、自分で自分に言い聞かせるように、淡々と書類をさばいた。

 睡眠時間は削らない。

 無理な約束はしない。

 できない量は断る。

 けれど、それを悟られないように立ち回り、配分する。


 そんなことができたのは、グレイスには前世の記憶があったからだ。周囲に分からないような手の抜き方も知っている。


 かといって、グレイスが全く疲れないというわけでもない。

 誰もいない生徒会室の窓際で、少しだけ首を回して肩の凝りをほぐしたり。

 人がいない隙に小休憩を取り、甘いものを食べて疲れを癒したり。


 そのような時間を挟みつつ、グレイスは三人の前では絶対に疲れているそぶりは見せなかった。


 グレイスはヒロインの仮面を被ったまま、巧妙に立ち回る。


「グレイス、いつも助かっているよ。君の努力は僕がちゃんと見ているからね」

「君がきてくれて生徒会の作業効率が上がった。これは誇ってもいいことだ」

「やっぱグレイスすげーな! ほんっと尊敬するわ。だけど無理はすんなよ!」


 三人の言葉は、アレクがかつて浴びたものと同じだった。

 

 ただ一つ違うのは、それを聞いているグレイスの心だ。

 

 微笑みながら、心の奥で冷ややかに彼らを眺める。

 

 ルキアの理想も。

 セヴランの合理も。

 ロアンの優しさも。


 そのどれもが結局は自分自身のためのものだと、グレイスは知っているから。



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