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13.ロアン編:【庇護】



 その日の昼休み。


 昼食を取る場所を【食堂にする】とセヴランと、【教室で食べる】にするとルキアと遭遇するイベントが発生する。


 けれどグレイスが取るべき選択肢は三つ目、【裏庭で食べる】である。


 そして誰もいない裏庭の隅で一人昼食を終えたところで、誰かが勢いよく走ってくる足音が聞こえた。


「おーい、グレイス! こんなとこにいたのか!」


 ルキアやセヴランと同じ年で、彼自身も高位貴族の出身だ。

 だが、すぐに相手を呼び捨てで呼ぶところといい、フランクな話し方といい、にぱっと笑いながら駆けよってくるところといい、人懐っこい人間だということがすぐに分かる。


 故に、三人の生徒会メンバーの中で最も話しやすく、生徒達に好かれているロアン・グラディスは、初日のようにグレイスの方に手を伸ばす。

 その動きには何の他意もないことは分かった。


 ロアンは無意識なのだろう、そのまま大柄な体に見合う力で、バンッと彼女の肩を叩いた。


「聞いたぞ! お前、生徒会に入るんだってな」


 ロアンには難しい顔を見せても意味がない。気さくな庶民の少女を演じるのが最善だ。


「ロ、ロアン様っ! もうっ、痛いじゃない!」


 グレイスはそう言うと、【お返しにロアンの肩を叩く】という選択肢を選ぶ。


 二人きりの時は、口調の崩れた、礼儀をあまり知らない平民少女。

 セヴランやルキアの求めるヒロイン像とはまた違ったこの姿が、ロアンの好むグレイスだ。

 

 そうすると、彼の好感度が分かりやすく上がる。

 ロアンは肩から手を離すと、更に顔をくしゃりとさせて笑った。


「悪ぃ悪ぃ、つい男連中にやる感覚でやっちまった!」

「っ、私これでもか弱い女の子なんだけど!?」

「だから悪かったって! それより、お前すげぇじゃん! ルキアはともかく、あのセヴランが手放しで褒めて生徒会入りを打診するなんて、なかなかないことだぞ?」

「ほんと?」


 グレイスが尋ねると、ロアンは、彼を象徴する太陽みたいな笑顔を浮かべた。


「いやいやいや、マジマジ。あの陰険……いや、まぁちょっと怖ぇセヴランが『期待以上だ』って言ってたし、ルキアだって『彼女の存在はこの学園にとって大きな意味を持つ』とか話してた。俺なんか『グレイス嬢を見習ってもっと頑張れ』って二人に怒られたってのに!」


 がはは、と怒られたにもかかわらず楽しそうに笑うロアンに、グレイスは彼に気づかれないよう小さく拳を握り締める。


 彼はやはり本当の意味で分かっていない――自身の罪を。

 

 けれどグレイスは、怒りを飲み込み、代わりに【ロアンを励ますように言葉をかける】。


「仕方ないよ。だってロアン様は他にもすることがあるんだから。将来立派な騎士になるための鍛錬とか。私は苦手に立ち向かうよりも得意なことを伸ばす方がいいと思うの。それに生徒会の仕事って、事務仕事以外にもたくさんあるでしょう?」

「おっ、グレイス、分かってくれてるじゃん! いやー、剣とか訓練とか力仕事とか、誰かと誰かの橋渡し? そんなんは得意なんだけどよ、書類関係はマジでほんっと苦手で。けどセヴランがすげえ怖いんだよなぁ、ああいうのミスると」

「分かる分かる。【セヴラン様ってそういうのに厳しそうだもんね!】」

「気が合うな、グレイス! あいつ俺の小姑かよって感じでさ。でも、お前が入ってくれるなら心強いよな! お前、すっげー頭いいし。だから、困った時は俺の書類も手伝ってくれよ!」


 悪気の欠片もない笑顔で、当然のように言ってくる。

  

 ああ、こうやって……。


 グレイスは一瞬だけ、心の中で幻影を見る。

 アレクの机の隣で、ロアンが同じようにアレクに笑っていたであろう光景を。


『俺こういうの苦手でさ。お前ならできるだろ? 頼むって!』

『もう、仕方ありませんね』


 ――二人とも、最初は笑っていたのだろう。

 

【「もちろん、できる範囲なら!」】


 グレイスは満面の笑みで最良の選択肢を選び、答える。

 ロアンの好みそうな、明るくも、けれどどこか守りたくなるような笑顔で。


「私、ロアン様の役に立ちたいもん。だから任せてよ!」

「おお、マジか! やっぱグレイスはいいやつだな!」


 ロアンはグレイスの言葉と笑顔に嬉しそうに胸をドンと叩く。


「ならさ、なんか問題があったら、俺に言えよ? 困ってる人を助けるのが俺の使命だ」

「え?」

「お前、普段から頼られる側っぽい人間みたいだけどさ。そういう奴って、自分が困ってる時ほど誰にも言わないだろ? 俺、一応騎士の端くれだからさ。守りたいんだよ。困ってる奴とか、大事な奴とか。……昔守れなかった分、今度は絶対に助けるんだ」


 最後の言葉は自分に言い聞かせるような、耳を澄ましていなければ聞こえないほどの小さい声で。


 けれどグレイスの耳には確かに聞こえた。

 後悔の滲む、ロアンの声。


 それを聞いてグレイスは、ほんの一瞬だけ胃の奥がざらつくような嫌悪感が湧き上がる。


 ゲームをしている時は、彼はアレクに己がしたことに後悔していると思っていた。


 だが、そうではない。

 ロアンの後悔は、どこかズレているように思えた。


 アレクに依存したことも、それでアレクを追い詰めた本人であるロアン。

 それなのにアレクが助けを求めても、書類関係は無理だからそれ以外で! と悪気なく言ったことを、グレイスはアレクから聞いている。


 けれど、怒りをこの場で伝えることが得策でないことは、グレイスも重々承知している。


 アレクが受けた痛みは、一生彼の中に残る。

 それと同等の――それ以上の痛みを与え、復讐する為にグレイスはここにやってきたのだ。

 

 だからグレイスは、ロアンルートのグレイスにふさわしい顔を作り、笑みを浮かべる。


「ありがとう、ロアン様。ロアン様は優しいのね。じゃあその時は、遠慮なく頼っちゃおうかな」

「おう!」


 ロアンは頬を少し赤く染め、白い歯を見せて笑った。


 グレイスの笑顔に、素直に照れてくれる。

 その無邪気な純粋さが、復讐の刃をより深く研ぐ理由になるのだった。



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