9.舞台の中心へ
――そして今、グレイスはルノワール孤児院の特待生グレイスとして、生徒会室に立っている。
グレイスは復讐者としての顔を隠し、ゲームのヒロイン像を崩さぬよう、ゆっくりと顔を上げる。
その時、三人の表情がほんの少しだけ和らぐのが見えた。
彼らはきっと、グレイスに弱い。
特待生として優秀で、孤児院出身で、庇護欲も刺激する。
その全てが、グレイスの武器だ。
「緊張しているかい?」
ルキアが優しい声で問う。
「少しだけ。でも……楽しみにしてきましたから」
グレイスは、柔らかく笑った。
まるで純粋無垢な乙女のように。
「この学園で、たくさん学んで、皆さんのお役に立てるようになりたいです!」
「頼もしいね」
ルキアが微笑む。
セヴランは満足そうに頷き、ロアンは、
「いいなあ、やる気満々じゃねえか!」
と笑った。
生徒会室の空気が、少しだけ軽くなる。
グレイスは、その中心で、静かに思う。
これは出会いのイベント。
完全にゲームと一致している。
ならばグレイスが持っているゲームの知識は、間違いなく使える。
三人に心を寄せて、恋に落ちて、彼らの過去の傷を、グレイスが癒やしてあげるのが正しい物語だ。
けれど胸の奥で燃える炎は、恋などという甘いものではない。
彼らに、トラウマを乗り越えさせたりなんて、絶対にしない。
グレイスは、笑顔のまま心の中で宣告する。
アレクへの罪は、消えない。
反省していれば許される?
悪気がなかったなら仕方ない?
……そんなもの、免罪符にもならない。
だったら、彼らには一生、その罪を抱えてもらえばいい。
胸が締め付けられるほどの――
後悔を。
喪失を。
焦燥を。
恐怖を。
ヒロインだからこそ、できることがある。
信頼を得る。
好きにさせる。
依存させる。
その上で――。
落とす。
丁寧に、徹底的に。
このゲームの名前は【光の学園と救済の乙女】。
けれどグレイスは、ゲームが用意したハッピーエンドという道筋を、彼女自身の手で断ち切る。
救済なんてしない。グレイスがするのはその反対。
彼らの罪を許さず、破滅へ導く。
「これから、よろしくお願いします」
己の心を隠し、ヒロインのグレイスは、誰よりも完璧な微笑みを浮かべてみせた。




