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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第六章~生命よりも、作法よりも~
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第105話:どうかこの想いが響きますように(八)

「………馬鹿な。」


「司羽、そんな所に立ってないで上がったら?」


「……あ、ああ……。」


 ミシュナの言葉を聞いているのか居ないのか、司羽は玄関を入った所で再び呆然と立ち止まっていた。ルーンの屋敷やフィリアの屋敷に比べれば一般的な基準ではあるだろうが、それでも外から先程見た外観と合わせて結構な広さの家だと分かる。二階建ての、一般的な感覚からしたら、かなりの大きさの一軒家。恐らく、普通に他人がその家を見たらそんな評価を下すだろう。

 仄かに香る優しい花の香りと、何処か古臭いような、懐かしさすら感じさせる内装。華美ではないが、何処か司羽を安心させる空気がそこにあった。


「……………。」


「ふふっ、今更遠慮する様な間柄でもないでしょう? さあ、まずはお茶でも入れるわ。ほら、行きましょう?」


「………ああ。」


 ミシュナに手を引かれて家に上がっても、司羽はキョロキョロと、不審者のように警戒しつつ周りを見渡していた。


そう長くはない廊下の壁に飾られた、夜の海の風景画、何も飾られていない真っ白な花瓶、家の二階に続く階段、司羽の視線が様々なものに向けられる。そして、ミシュナに手を引かれたまま進んだ先で、目の前の扉が開かれる。


キィ……


「っ………やっぱり……。」


「ねえ、司羽。」


「……なんだ?」


「『いつもの』コーヒーで良い? ……それとも、『いつもの』ミルクティがいいかしら?」


「………ああ。」


 辛うじて、声が出た。あまりの事に司羽の頭の中は混乱していて……でも、司羽にはそれらを説明し、納得するだけの知識があった。今まで感じていた矛盾点や、不思議だった点が、全て氷解していく。本来ならばあまりに乱暴な論理が、司羽の頭の中で、完全に存在を確立した。


「……なあ、ミシュ。」


「なあに、司羽?」


「………………。」


「………………。」


「……シュナ………さんは……元気か?」


「…………はぁっ。」


 その一言に、ミシュナは思わず大きな溜息が出てしまった。まあこれは予想通りだ。あまりに予想通り過ぎて……実の母に嫉妬すら覚えるけれど。


「最初にお母さんの事? 分かってたけど、本当に変わらないわね。」


「………わ、悪い。」


 一番最初に、ほぼ無意識に頭に浮かんだ言葉は、案の定ミシュナを呆れさせてしまった。だが、それ以外に何も言葉が出てこない。何を言っていいか分からない。目の前にいきなり現れた一つの事実に対して、司羽はあまりにも心の準備が出来ていなかった。

 そんな司羽に呆れながらも、それでもミシュナは嬉しそうに微笑んだ。


「ねえ、帰ってきたら一番最初に言う事があるでしょう?」


「………そうか、そうだったな。」


「大切な事よ。だから、私の一番好きな言葉を……言って、司羽。」


「ああ……。」






「ただいま……美羽。」


「……おかえり、司羽。」




----

-----

------









「……そうか、シュナさんの言ってた転職先ってここだったのか。しかし、理事長って柄じゃないな。」


「まあね、転職っていうか、元々私の生まれる何年も前から創設してたらしいけどね、あの学園。」


「そうなのか。創設って……好きなのかな、教育とか。」


 カチャ、とティーカップを司羽の前のソーサーに置いたミシュナは、そのまま隣の席に腰掛けた。此処がミシュナの定位置。自分の分のカップを持ち上げて、少しだけ口をつけて味を確かめる。……うん、ちゃんと司羽が好きな味になっている。まろやかで、甘すぎないミルクティの懐かしい味。たまに忘れないようにと作っていたのは正解だった。


「学園は趣味みたいなものだって言ってたわよ。お父さんと出会ったのがそっちだったから、私をそっちで育てるって事で、学園を作るだけ作って暫く放置してたのよ。こっちに戻って来たのは本業の方の都合。友人にどうしてもって配置替えお願いされたらしくて。」


「そんな事言ってたな。趣味か……ふふっ、いきなり学園創設って辺りがシュナさんらしいな。」


「らしいって……一々スケールの感覚がおかしいのよ。振り回されるこっちは良い迷惑だわ。」


 あの母親のスケールの大きさのお陰で、こっちは初恋を十年近く取り上げられた。当初はかなり恨んだものだ……まあ、それはもう良いとして。


「司羽ったら、さっきからお母さんの事ばっかり。」


「あっ、そうだな……悪い。」


「……もう……。」


 ミシュナは唇を尖らせてジトーっと司羽を睨んだ。シュナと司羽の仲の良さは良く知っているが、今は自分だけ見ていて欲しいと実の母に嫉妬してしまう。なんて事を母に知られたら、絶対数年の間は良いネタにされてしまうだろうが。


「ねえ司羽、まだデートは続いてるのよ? だから、私から目を離さないで? 他の女の話題は嫌。折角の二人きりなのに。」


「ほ、他の女って……自分の母親だろ。」


「関係ないわよ、それとも……やっぱり今まで通りにはいかない? 私が、美羽だと。」


 その言葉に、司羽がカップを傾ける手を一瞬止めた。


「……いいや、そういう訳じゃないけどさ。」


「本当に?」


「ああ。……正直、この家に来た時は驚いたけどさ。でも、それだけだよ。」


「それだけねぇ。でも驚いたって言う割には、母さんの事ばかりで色々聞いてこないし……興味ないのかと思っちゃって、なんだか傷つくわ。」


 態とらしく、司羽の焦りそうな事を言ってみる。だが覗き込んだ司羽の表情は、真面目な顔で、何処かすっきりしたものだった。


「驚いたのは本当だけど、それ以上にしっくり来ちゃってさ。なんとなくミシュは、俺の事を知り過ぎている気がしてた。ルーンとの事をフォローしてくれたのも、この前のリアの一件も……いや、それだけじゃなくて色々と納得したよ。」


「ふーん……納得したって、私が司羽の事を本気で好きだって事も含めて?」


「俺ミシュに好かれるような事した記憶ないしなあ。今日も色々考えてたけどさ、思いつかなくて。」


「随分と自信がないのね。私きっと、『美羽』じゃなくても司羽に惚れてたわよ。」


「それはないだろ。」


「あるわ、女の勘よ。」


「……それは卑怯じゃないか?」


「ふふっ、良いじゃない。私の勘はすっごく当たるわよ? 特に司羽関係は外れた事がないもの。」


「そう言えば……昔からそうだったか。」


 ミシュナは……いや、美羽は。昔からとても勘の良い子だった記憶がある。司羽が出掛けようとする度に、腕を掴んで不安そうにこっちを見上げて来ていたものだ。司羽が帰ってくる頃には、何故かいつも玄関近くまで出迎えに来てくれていた。あの頃の美羽はまだ身体が弱かったからあまり出歩かなかったが、その時ばかりはそんな事お構いなしだった。


「でも、流石に司羽がこっちに来た事には気付けなかったわね。未だにちょっと悔しいわ。」


「そりゃあそうだろ。シュ……ここの管理者連中だって気付いてなかっただろうし。まあ、不正なアクセスじゃなかったからスルーしちゃったとかだろうけど。実際追い返されてないし。」


「でも私は気付きたかったわ。正直結構ショックだった。司羽が近くに居れば絶対に気付く自信あったのに。」


「気付きたかったって言われてもな。俺からしたら、何年も会ってなかったのに、俺だって気付いただけでも……実際気付いたのっていつだったんだ?」


「司羽が入学して、いきなり入れ替え戦仕掛けられたじゃない? あの時に気配を感じて、様子を見に行って直ぐに気付いたわ。あの時は色々混乱してて、遂に幻覚でも見てるのかと思っちゃったけど。」


「……俺の気配なんて良く覚えてたな。10年振りだってのに。」


「この10年間で一瞬足りとも忘れた事ないわよ。私が折角二人きりの再開を演出して上げたのに、今の今まで気付かなかった薄情な司羽と一緒にしないでもらえる? 愛の深さが違うのよ……って、言ってて悔しくなって来た……なんで気付かないのよ、馬鹿。」


「わ、悪かった。俺が悪かったから泣くな……えーっと……。」


 ミシュナの自爆も良いところな気がするが、悪いのは全面的に司羽だと司羽自身の心が認めてしまっているので、司羽の責任なのだろう。だから瞳を潤ませて、司羽から視線を逸らしているミシュナも、司羽がなんとかするべきだ。……そう思うのに、どうしていいか分からない。結局しどろもどろになってしまう。


「あー……あのさ……本当に悪かったよ。ど、どうすりゃいい?」


「もういいわよ。安易に慰められても虚しいだけだし、もう二度と私を忘れられないようにしてあげるから。」


「う……そ、そうか。」


「ええ、寧ろ取り敢えず女が泣いたら『撫でる』、『抱きしめる』、『キスする』みたいな適当な慰め方されないだけ大事に思われてるって分かったから。……私はあの子より、かなり面倒くさいわよ?」


「ルーンにもそんなキザな事しねえよ……。」


「他の女の名前……。」


「ええ……今のもダメなの……?」


「冗談よ。ちょっとだけ仕返ししたかったのよ。」


 そう言ったミシュナからは先程の涙は引っ込んでしまっていた。ただ、ちょっと軽口を叩いたからか、先程よりかは二人の間の空気も和らいでくれたようだった。


 カチャ


「ふぅ……やっぱり、美羽の淹れてくれる紅茶は旨いな。」


「……ふふっ、やっと、昔みたいに呼んでくれた。」


「え? あ、ああ……悪いな、つい。」


 気が緩んで居たからか、昔の風景に今を重ねてしまったからか、ついつい昔の名前で呼んでしまった。二人きりだから良いが、皆の前では気をつけた方が良いかも知れない。しかし、ミシュナは柔らかく微笑んで、そんな司羽の考えに首を横に振った。


「謝ることないわ。私もその方が嬉しいもの。」


「でも、名前変わったんだろ? だったら俺も今まで通り……。」


「いいえ、司羽は美羽って呼んで?」


「でも俺だけって言うのは……。」


「だって司羽だって、違和感あるんでしょ?」


「……いや、別に俺は……。」


「う、そ、ね。だったらなんで態々、私を『ミシュ』って呼ぶの?」


「……あー、うん、それは……親しみを込めてと言うか。」


「ふふっ、もう、そんな嘘はバレバレよ。だって司羽、ルーンすらそんな風に呼ばないじゃない。私だけ、会った時からそんな風に呼ぶんだもの。……母さんも気付くわよ、絶対。」


「うっ……うぐぐっ……。」


 ……多分、ミシュナはもう分かっている。『ミシュナ』を態々呼び変えた理由。大したことではない、ただ、呼ぶ度に別の人間を連想してしまうからと言うだけだ。なんとなくそれが気恥ずかしくて……成長出来ていない気がして、避けていただけだ。


「ミシュナって名前自体、こっちに合わせて適当に母さんから取って作った偽名みたいなものだしね。司羽にはちゃんと名前で呼んで欲しいの。司羽の為だけの名前になるなら、それも素敵だもの。」


「……ああ、分かったよ。美羽がそこまで言うなら。」


「うん。」


 本人が良いと言って居る……と言うのもあるが、ここまで見透かされると照れ隠しの割合が多くなった気もする。……まあ、それでこんな風に嬉しそうに笑ってくれるなら、細かいことなんてどうでも良いと言うのも本音であるが。


「……でも、不思議な感じだな。」


「そうね。」


「もう会うこともないと思ってたのにさ。こうしてまた此処で、美羽と一緒に紅茶を飲んで、話をして……あの頃に戻ったみたいだな。」


「ええ……本当に。」


 此処は、あの頃のままだ。匂いも、景色も、舌に感じる紅茶の味も。違うのは自分と、隣で微笑む少女だけ。二人の身体だけが成長して、時間だけ置いていってしまった様だ。


「……これで、全部揃ったわ。だから、あの日の続きをしましょう、司羽。」


「続き……?」


「あの日の、あの場所、私が貴方に置いて行かれた……いいえ、私が貴方を選べなかったあの時から……私は、前に進みたいの。」


 カタン


 ソーサーに、空のカップの音がする。隣で微笑む少女は、そのままそっと手を取った。


 二人の視線と共に、今は、過去に重なる。空白の時を巻き戻り、少女が願った過去みらいが動き始める。


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