表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
65/73

想術師連続殺人事件編 落としどころ


「■■■■■、■■■■■■■?」

「■■■■■■■■。■■■、■■■■■■■■■■」

「■■■■■■■――――■■■■■、■■■■■■■?」

「■■■■■。■■■■■、■■■■■■■」

「■■■■」

「……■■、■■■■■■■■■■■■■■」

「■■■■■■■■■■■■■■■■」

「■■■■■、■■■」


   ◆ ◆ ◆


「――――最後にひとつ、聞かせてはくれぬか」


 紅夜は数多を優しい手つきで抱き上げ、振り向きざまにアイサへ問うた。


「何だね?」

「……その強さがあれば、其許(そこもと)一人でこの拮抗した状況を変えることなど造作も無かろう。何故しない?」


 アイサはひらりと手を振って、つまらなさそうに視線を逸らした。


「なんだ、お前にしてはくだらない質問だね、紅夜。強ければいいってもんじゃないのは、お前もよく分かっているだろう。あまり派手に動いたら、お前のようになる(・・・・・・・・)。戦況に噛めない今の状況は、さぞやりにくいだろう?」


 紅夜は吐き捨てるように笑う。


「はッ――――確かに、其許ほどの強者が何の制約も受けずにいられるほど、想術師協会も甘くは無かろうな。今の状況は奇跡に等しい」

「努力の賜だよ。奇跡なんて言葉で片付けて欲しくないね」

「戯れ言を。言葉ばかり凡人を真似ても何の意味も無いだろうに。本当に努力している人間こそ、奇跡や運の有り難みを知っているものだ。其許には言うだけ無駄だろうがね」


 くるりときびすを返し、紅夜は低く呟く。


「私は願って止まないよ――――其許のような出鱈目な存在が、この盤面から早々に退場することを」


 一陣の風の後、紅夜の姿はどこにも無かった。


「水戸角アイサはトリックスターだ。そう簡単に排除できると思ったら大間違いだよ、青二才――――やれやれ、人の話くらい最後まで聞いていけば良いものを。マナーがなっていないな、マナーが」


 アイサは足元で気絶する白をひょいと担ぎ上げた。


「さて、我々も帰るとしようか――――我らが特命係(ホーム)へ」



   ◆ ◆ ◆



 微睡みから意識が浮上する。

 銀滝白は、清潔な病院のベッドで目を覚ました。微かに開いた窓から秋の風が微かに吹き込み、朝の光に白いカーテンが揺れている。


「起きたか、白」


 ぱたん、と本を閉じる音。緩慢に声の方へ首をもたげれば、呆れ顔の馬崎優貴と目が合った。


「毎度毎度、お前は無茶ばっかりしやがって」

「……ごめん、ユーキ」


 ぼやけた思考の中、掠れた声で反射的に謝罪の言葉を口にする。


「……おれ、どうなったん、だっけ」

「アイサさんから聞いた話だと、連続殺人犯の少年を追い掛けた後、ボロ負けして気を失っていたところをアイサさんに回収されたんだと」


 馬崎は顔をしかめる。


「酷い怪我だった。執拗に頭ばかり(・・・・)狙って……」


 靄がかっていた白の意識が一気に覚醒する。


「丸三日眠りっぱなしで目覚めなかったんだぞ、お前。皆心配して――――」


 隣で話しているはずの馬崎の声が遠退いていく。呼吸が浅くなる。頭の中が、視界が、真っ赤に染まっていく。


 血倉数多(ちくら あまた)。旧型。正規品(オリジナル)。第七研究所。

 真っ赤な、真っ赤な――――血の記憶。

 白の犯した、罪の記憶。


 心当たりがある。

 数多が言った通り、白は怒っている。憎んでいる。恨んでいる。そして、それ以上に――――恐れている。


 白にとって、出来るなら忘れていたい、心当たり(コンプレックス)


(――――あいつは、おれを知ってたから)


 白と同じ顔の少年は、知っていた。

 白の、最も人間から掛け離れた部分を。

 だから数多は、白の頭を壊そうとした。その中身を潰そうとした。


(そうだ、こんなもの無い方が良い。本当なら、無い方が良いに決まってる――――こんなもの)


 こんな銀滝白(もの)が在ること自体、過ちだ。


「――――ず、白!!」


 体を激しく揺さぶられて、白は現実に意識を引き戻す。馬崎に掴まれた両手の爪には、自分の血がこびり付いている。掻きむしって開いた頭の傷から、生暖かい血が一筋頬を伝う。

 しかし、そんなものは気にならないほど、白の顔には滂沱の涙が滴っていた。

 見開かれた白の目からとめど無く流れ出る涙は、血と混ざり合って病衣を酷く濡らす。


「……ごめん、なさい」

「もう良い、白、もう良いんだ」

「でも、おれは、おれは……っ」

「お前は戦って消耗した。疲れてるんだ。今は何も考えなくていい」

「だって、ユーキ! おれは!!」

「白」


 激昂する白の顔に、馬崎は香水を一吹きした。かくん、と白の身体から力が抜け、小さく寝息を立て始める。

 傀具(かいぐ)睡斂香(すいれんか)』。匂いを嗅いだ者を眠らせる効果を持つ。傀異を信じる者や、白のように傀朧(かいろう)を多く保有する者には、特によく効く。


「……悪かった、白。お前を行かせるべきじゃなかった。でも俺には、お前を引き留めるだけの力が無い――――いつだって、肝心なときは力不足で何も出来ない。不甲斐ないよ」


 泣き腫らした目で泥のように眠る白をベッドに寝かせ直して、馬崎は低く呟いた。


「お前をこんなになるまでこき使って、何を考えているんだろうな、あの人(アイサさん)は」

「そう思うなら直接訊けばいいだろ、係長よお」


 唐突に背後から声が掛かる。同じ病院で検査入院している佐竹が背後に立っていることを察して、馬崎は振り返らずにわざとらしく溜め息を吐いた。


「貴女も貴女で無茶ばかりして心配なんですけどね、私は」

「そりゃアンタもだろ、係長。今回も大分危ない橋渡ったんじゃねえの?」

「想術師協会も一枚岩じゃありませんからね。権力におもねるのも、対立を煽るのも、弱みを握って取引を持ちかけるのも、そう難しくありません」

「あたいは、そのうちアンタの胃にどでかい穴が空いちまうんじゃねえかと気が気じゃないぜ? ……ま、今はどちらかというと煮えくりかえってるか」


 馬崎の隣に立ち、白の頬に手を添える。涙の跡を拭い、そっと話した掌を握り込む。


「アタイもだよ」


 その静かな一言に殺気に似たものを感じて、馬崎は思わず息を吞んだ。


「アイサさんの無茶苦茶が通ってるのは、いつも何だかんだ丸く収まるからだ。でも、今回は違う。あの人の指示は、明らかに犯人(ホシ)とシロをぶつける意図で出されてた。こうなるのを見越してた」


 拳がギリギリと音を立てる。


「なあ、係長。関係者への事情聴取は済んだんだよな?」

「はい。報告書も上げてあります」

「つまり、今回の事件は一段落したわけだ」

「……一応は」

「なら、心置きなく問いただせるな。何のつもりで動いてんのか、腰据えてきっちり聞き出してやる。シロが特命係として働き始めてから、どうも何か引っ掛かるような指示ばっかり出てる気がするんだよな。アイサさんが何考えてるのか、前以上に分かんねえんだよ」

「それは、私もそうです」

「だよな。一緒に詰めてやろうぜ」


 強がるようにニカッと笑って、佐竹は静かに病室を出て行った。馬崎も後に続く。病室の扉を閉める前に、馬崎は祈るように小さく呟いた。


「おやすみ、白。せめて、今だけは良い夢を」


さて、長らくお付き合いいただいた想術師連続殺人事件編は、次回で完結します。


背後で暗躍する者の正体とは?


お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ