想術師連続殺人事件編 人の形をした暴力
「屋上で敵を殺したオレと、今ここでオレを殺そうとしているオマエの、何が違うんだよ」
数多の言葉に、白は。
「――――あ、あぁぁあああああぁああああっ!」
雄叫びを上げながら、でたらめに拳を振りかざすことしか出来なかった。
「違う! おれは、おまえを殺したいんじゃない!」
ここまで理性的に抑え、制御していた感情が溢れ出す。
どこかで気付いていた、気付きかけていたソレを誤魔化すように、力任せに打撃を繰り出す。
「おまえが人を殺すから! これ以上殺させないために、おれは……おれは……――――!」
「オレを殺すんだろ?」
「違う!」
「違わねえ。オレだって、旧型なんかとオレが同じとか、ショージキ言いたくねえけど、さ!」
余裕の出てきた数多は、単調になった白の拳を軽々とかいくぐり、【強化】した拳でアッパーを仕掛ける。すんでの所で躱した白が再び打ち込んできた拳を、数多はつまらなさそうに片手で捕らえた。
「っ……!」
「オマエはオレが殺しをやるのが許せねーんだろ。だから殺してーんだろ。オレも、正義のヒーローとして、想術師が許せねー。だから殺してーし、殺す。そんだけだ」
子供っぽく、単純で、だからこそ迷いの無い言葉。
白は拳を横薙ぎに振り払い、反対の拳で数多に殴りかかった。
「それだけ!? 何が〝それだけ〟だ、何が〝ヒーロー〟だ! 殺した時点で、おまえは正義でも何でも無い」
「は? じゃあ、オマエの正義って何だよ。オマエのやってるコレは、正しいと思ってやってる事じゃねーのかよ」
「当然だろ!」
白の正義。
〝人を死なせない〟という、絶対に揺るがない基準。
「おれが、お前を止める! お前が誰も殺さないように!」
「殺す覚悟も無しにか?」
「――――っ!」
言い返したいのに、言葉が出てこない。白は動かない口の代わりに、がむしゃらに数多へ殴りかかった。
(倒さなきゃ――――倒さなきゃって、思って――――でも、倒すって?)
曖昧な言葉で繕って、感情に飽かせて数多を追って、その後の白は何をしただろうか。
(こいつと、同じ? ――――いや、違う。それだけは)
「違う」
唇をわななきを抑え、絞り出すように言う。声にもならないその音は、白自身の拳が空を切る音にいとも容易くかき消された。
「は? 聞こえねーよ」
「おまえとは――――違う!」
「さっきから違う違うって、中身がねーんだよ、オマエ――――【飛血鎌】!」
勢いづいた白の身体を跳び箱の要領で身軽に躱した数多は、一気に攻撃へ転じる。背後で膨れ上がった血液の塊から雨のように降り注ぐ紅い円月輪は、守りの薄くなった白の皮膚に幾本もの切り傷を刻む。
血の飛沫が舞う。むせ返るような血の匂いが充満する。
「ぐっ――――!」
呻きながら防御の構えを取るが、もう遅い。記憶の蓋がこじ開けられるような感覚が、白の茹だった頭を更に酩酊させる。
(駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ――――今は駄目だ、思い出すな、思い出すな――――!)
「傀朧は、言ってみりゃ人間の気持ちそのものだろ。見りゃ分かるって」
ふらつく白の足元を、不意に強く鈍い衝撃が襲う。べったりと生温い血液の塊に殴打された両足はバランスを崩し、倒れ込んだ白は追撃によって完全に地面へ縫い付けられた。
「傀朧武器にしながら隠せるもんじゃねーよな。ずっと丸出しだったぜ、オマエの殺気」
数多は白の頭に手を掛け、髪を掴んで乱暴に白の顔を上げさせる。攻撃的な笑みの中、真っ赤な瞳が爛々と白を睨み付けている。その瞳に映る白の顔は、対照的に淀んでいた。
(ああ――――やっぱりおれは、そうなんだ)
濁った瞳で、白は他人事のようにそう思う。心臓が鷲掴みにされたように痛む。認めてしまえば、それは逃れようのない事実だった。
脳裏に過ぎるのは、真っ赤に血塗られた、かつての己の居場所。
(おれはまた、殺そうとしてた――――でも、それでも)
白は擦れた声を振り絞る。
「……おれは、絶対に殺さない」
「なんで?」
「――――駄目、だろ。人を、殺すのは」
震えた声からは、既に戦意は失せていた。その身に纏う傀朧が静まり、くすぶり、凪いでいく。
「……っは」
その変遷を目の当たりにした数多は、吐き捨てるように小さく嘲笑したのを最後に、己の顔から笑みを消した。
「わっかんねー。なんで駄目なんだよ。何人も不幸にしたくせに平気な顔して生きてる極悪人も、この世にはウジャウジャいるんだぜ? オマエなら分かるだろ? これから百人殺すヤツ一人を、オレが殺す。正義ってそういうもんだろーが」
数多は白の頭を、前触れなく地面に打ち付けた。
「がっ……!」
白の呻きを気にも留めず、数多は白の頭を持ち上げては打ち付け、持ち上げては打ち付ける。
「あーあ、オマエ嘘だろ。オレ、さっき結構死にかけまで行ったんだけど? こんだけハンデ持ってるオレに負けてんの、マジ? 弱すぎねえ? せっかく溜めた傀朧、使うトコねーじゃん。こんな弱いとか聞いてねーんだけど。仮にも正規品だろ? 何あっさり諦めてんだよ、なあ、旧型」
作業のように繰り返しながら、つまらなさそうに喋り続ける。
「オマエさ、ずっと怒ってんだろ。許せねえんだろ。恨んでるんだろ。分かんねーこともねえんだよ、オレだって。オレも、生まれてからずっと、死ぬほど怒ってるから――――第七研究所の奴らのこと」
「――――お、まえ……」
朦朧とする意識の中で、白の耳は『第七研究所』という単語を拾い上げた。白のかすかな声に一瞬手を止め、数多は一際大きく振りかぶって白の頭を地面へ叩きつける。
「ああそうだよ。今更かよ。鈍すぎんだろ旧型。なあ、不幸なのはオマエだけだと思ってた? オマエが台無しにした実験が、全部白紙になったと思ってた?」
打ち付ける力が次第に増していく。ほぼ意識を手放した白の身体からは力が抜けきっているが、防衛本能からか、傀朧の膜一枚が衝撃を殺し続けている。数多は舌打ちして、白の頭をぽいと投げ捨てた。
「ホント、ホンッットにサイアクだよ、オマエ」
数多は立ち上がり、力任せに白の頭を踏みつける。執拗に頭だけを狙って、何度も、何度も、繰り返す。
「いくら変わった気になったトコで、オレらはバケモノだ。人の形したボーリョクだ。だから、強いヒーローになれるんだよ。そんなことにも気付いてねーとか、マジのバカだろ。オレもけっこーバカだけど、オマエのがバカだ」
「……」
「あ、もう聞こえてねーカンジ? まあいいや。ちょっとだけスッキリしたし、これで終りにしてやるよ」
完全に黙した白に向けて、数多は両腕を突き出す。
「折角集めたし、もったいないから半分くらいは使ってやるかなー」
膨大な傀朧の一部が流れ出し、数多の掌の前で紅く球状に収束していく。
「骨も遺さず殺してやるよ、旧型――――」
「そこまでだ、|mauvais garçon《不良少年》」
「!!?」
突如背後へ現れた気配に気付くやいなや、数多は作りかけた血の弾を即座に破裂させた。赤い煙幕の中で飛び退り距離を取る。
(嘘だろ、人の気配なんて全く無かったのに! ここらの傀朧全部オレのなのに気付かないとか、ぜってーおかしい!)
血の霧がゆっくり晴れていく。闇夜の中に浮かび上がるのは、青い燐光を帯びた、烏の濡れ羽色の長い髪。
「……ラッキー」
数多は背中に汗が滲むのを感じながら、それでもそう呟いた。
数多の手の中には、普段ならひと月掛けても集められないほどの膨大な傀朧がある。傀朧を引き寄せる体質の数多と白が同じ場に居たことで、急速に傀朧が集まったのだ。
またと無い、絶好の機会である。
倒すべき特命係、その最たる実力者――――水戸角アイサを、倒すならば。
数多は凶悪な笑みを浮かべ、宣戦布告とばかりに叫んだ。
「魔女狩りだ!
現れたアイサ。
ついにアイサの実力が見れるのか――?
お楽しみに!




