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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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想術師連続殺人事件編 法政局


 佐竹が目を覚ますと、眼前に見知らぬ男の顔があった。


「お、目が覚めたか!」


 男の大声が、目覚めたばかりの脳を容赦なく揺さぶり起こす。


「うわうるっさ……」


 思わずぼやいた佐竹に、男は「すまんすまん」と笑いながら少し離れる。


「時間ピッタリだ。市村の想術は正確さが売りだもんな、毎回感心だぜ」


 身体が引いて、男性がスーツを着ているのが分かる。意識を失う前に声だけ聞いた、渡辺と呼ばれていた人物だろう。

 佐竹は、自分の頭が正常に働いていることを自覚する。倒れる前に感じていた貧血による身体の不調が、全く見当たらない。


「……『30分後に快復した状態で目を覚ます』、か」

「覚えが良いのですね、佐竹和音二級想術師」


 渡辺の背後から、同じくスーツ姿の女性が声を投げかける。


「正しく想術が効いているようで何よりです。申し訳ありませんが、拘束させていただきました」


 確かに、佐竹の両手は後ろ手に固定されている。想術か傀具か、何かしらの術も施されている様子だ。縄抜けどころか立ち上がることもままならない。


「私達は想術師協会の職員ですので、特命係に対して警戒する必要があるのです。ご容赦願いたく思います」

「……そりゃどうも、ご丁寧に」


 吐き捨てるように言いつつ、佐竹は記憶を掘り起こす。

 ワタナベ。イチムラ。

 どちらも珍しい名前では無い。一級想術師の名簿にそんな名前が並んでいたような覚えがあるが、下の名前までは思い出せない。うろ覚えの記憶に内心ほぞを噛む。


「いくつか質問させていただきます、佐竹和音二級想術師」

「その長ったらしい呼び方、疲れねえ? 佐竹でいいよ」

「そうですか、では佐竹さん。貴方が――――」

「待った」


 佐竹は鋭く制止する。市村の片眉が小さく持ち上がる。


「その前に、あたいから幾つか訊かせてくれよ。こっちは起きたばっかりなんだ、状況を知りたい」


 市村は、伺いを立てるように渡辺の顔を見た。渡辺が頷いたのを確認し、市村が苦い顔で小さく溜め息を吐く。


「……いいでしょう、認めます」

「ありがとう。まずアンタらの名前と所属だな。こっちばかり知られてるのは不公平だろ」

「想術師協会法政局所属、一級想術師の市村(りつ)です。そちらの脳天気面の男は渡辺。同じく法政局所属の一級想術師で、私の上司に当たります」

「待ってくれ市村、脳天気面って言う必要あったか?」

「以上です。質問は手短にお願いします」


 市村に黙殺された渡辺は、笑いながら肩をすくめた。

 佐竹も、明らかに私怨の交じった紹介に苦笑する。


「わかったよ、市村さん。こっちが本題だ――――あのチビ助、結局どうなった?」

「『チビ助』、と言いますと?」

「あたいが戦ってた子供だよ。ここには居ねえみてぇだけど」

「勿論、こっちでバッチリ拘束して想術師協会に連行したぜ! ……と、言いたいところだったんだがな」


 渡辺は、そう言い淀んで腕を組む。


「取り逃がしました」


 市村は淡々と告げた。


「――――は、あの状態で? 逃がした? 冗談だろ? ロクに動けない子供一人、どうやって取り逃がすんだよ」


 頬を引きつらせる佐竹に、市村は変わらないトーンで話し続ける。


「事実です。彼は単独犯ではありませんでした。現在、仲間と見られる男性と逃走中です。これ以上は機密事項なので話せません」

「機密事項っつったって、特命係は今回の事件の捜査担当だぜ? 情報提供は協力して貰う、そういう取り決めだろ?」


 そこで初めて、市村が怪訝な顔をした。


「……佐竹さん、何も聞いていませんか?」

「何も、ってえと?」


 市村は渡辺の方を振り向いて睨み付けた。渡辺は片手を振りつつ、混じりけ無い笑顔で「俺は知らないぞ?」と悪びれずに言う。市村は大きく溜め息を吐き、改めて佐竹に向き直った。


「今回都内で起きた殺人事件については、本日をもって、警察庁から想術師協会に捜査の委嘱状が出されています」

「つまり、『警察庁はこの事件に今後一切関わりません、全部想術師協会(そっち)で片付けて下さい』、って事だな。とっくに仕事がこっちに移ってるんだ。今の特命係に、このヤマの捜査権は無いはずだぜ。山の中だけに、ってな!」

「面白くありません。慎んで下さい、渡辺さん」

「市村は手厳しいな!」

「今のはあたいもツマンネーなと思った」

「うーん、味方がいない!」

「声でけえんだよ、おっさん。もうちょい抑えてくれ、寝起きの頭に響くから」

「それは嘘だ、市村の想術でぴんぴんしているはずだろう?」

「バレちまったか」


 佐竹は茶化すように笑い、動揺を誤魔化した。


(捜査権が無い? 長官直々に特命係に依頼してきた事件の捜査権が、もう奪われたってか? おいおい嘘だろ、思ってたより何倍もやべーヤマなんじゃねえの、これ?)


 背中に冷や汗が伝う。無駄話を引き延ばしながら、佐竹は頭を回す。

 派手に血液を撒き散らした、装飾された殺人事件。誘導するような明らかな証拠。その先に居た、白に似た少年。

 想術師協会は、何を見せたがっている?

 あるいは、それを見せることで、何を隠したがっている(・・・・・・・・・・)


「今回の事件の発端、オフィス血の海事件の被害者を覚えてるか?」


 雑談を唐突に切り上げ、渡辺が言った。正しくそれらについて考えを巡らせていた佐竹の心臓が跳ねる。


「渡辺さん、事件名が違います。正しくは竹内正之氏殺人事件です」

「良いんだよ、こっちのが分かりやすいんだから。それに、被害者覚えてるかっつってんのに被害者の名前出すのは間抜けだろ?」

「ハッ、確かに間抜けかもな。で、その竹内ってぇ想術師がどうかしたかよ」


 佐竹の問いに、渡辺はにやりと笑った。市村の顔色がさっと青くなる。


「ここから先は俺の独り言だ。真に受けるんじゃないぞ?」

「渡辺さん!」


 市村の悲鳴のような制止を気にも留めず、渡辺はあっさりと言った。


「竹内正之は、一部の想術師の間で不正取引されている麻薬の流通ルートに一枚噛んでいた」


 麻薬。

 佐竹にとっては初耳だった。

 佐竹は特命係の中でも現場組だが、情報収集を怠ったことは無い。特命係内での情報共有も密に行っている。しかし、そんな話は聞いたこともなかった。


「……ああもう……何故この男は要らない事ばかり……」


 市村が額を抑えてぼやく。反対に渡辺は朗らかに笑っている。


「ただの独り言だ、大袈裟だぞ市村」

「もういいです。渡辺さんがその気なら、立場の低い私が何を言っても無駄でしょう。私は今から三分間、何も見ず何も聞きません。ご勝手にどうぞ」


 市村はつかつかと二人から離れ、数メートル先で軍人のように休めの体勢を取った。何も見ないと言っておきながら、顔は二人に向けられている。


「見るからに見張りだな」

「ウチで一番優秀な番犬だ、捕縛対象(きみ)から目を離したりしないさ」

「見張られてんのお前なんじゃねーの」

「だとしても何も困らない、俺の方が立場が上だからな。序列を固く守る人間は、組織に一人は必要だ」


 佐竹は片眉を持ち上げた。


「いや、一人じゃ困るだろ。つーかおっさん、無駄口叩いてねえでさっさと喋ったらどうだ、お前も暇じゃねーんじゃねえか」

「そうだな」


 渡辺は市村に視線を向けたまま話し出す。あくまでも独り言の体を崩さない。


「さっきも言った通り、協会内部に麻薬が流通している。簡単に言えば、人間の傀朧を無理矢理増幅させて引き出す薬だ。大抵の想術師は自分の傀朧をコントロールできるから、使ったところで大した効果は無い。ただ、一般人が使えば話は別だ。大体の人間にとってはただの強い麻薬、気狂いの麻薬中毒者になるのがオチだが……この薬に適合しさえすれば、本人の寿命と引き替えにかなり強力な脱法想術師ができあがり、って触れ込みだ。まだ成功例は聞かねえけど、にしてもいかがわしいよな。ま、その薬の流通ルートの本体を叩くために、法政局が秘密裏に動いてるって状況だ」

「……あたいも独り言を言うけどさ、そんな麻薬が流通してるなんて初耳だね」

「そりゃあ機密事項だからな。悪名高い特命係でも知らないはずだぜ、厳しい情報統制が敷かれている、いわばトップシークレットだ。協会内のごたごたは協会内で解決するのが妥当、というのが上の判断だ」


 厳しい情報統制が敷かれているトップシークレットの内容を、こんなにべらべら喋るのは如何なものか。佐竹は内心首をひねる。


(鵜呑みは危険だけど、とりあえず最後まで聞くか)


「……それをあたいに聞かせるのはなんでだ?」

「おっと、独り言だぜ? 俺達があの白髪の子供を追っていたのは、元々、血塗れオフィス殺人事件とは別件なんだよ。あいつは麻薬のルートに関わってる。そういえば、あの子供には逃げられる前に発信器を取り付けたんだったな。見たところ、行き先は恐らく、東京都――――」


 渡辺はすらすらと住所をそらんじる。


(嘘だろ、こいつ全部喋るじゃん)


「こいつ全部喋るじゃん、って顔だな? まだあるぞ」

「まだあるのかよ」

「お前が想術師協会に忍び込んだことも、法政局は掴んでいる」

「……」


 佐竹は閉口する。


「証拠は?」

「起訴して勝つには十分、程度だな。まあ待てよ、何もお前を突き出すつもりは無いんだ」


 渡辺はしゃがみ、佐竹のポケットに手を突っ込んだ。


「おい、手つきがやらしいぞ変態。何の断りも無くうら若き乙女のスカートまさぐるか、普通」

「お前も分かってるだろ、ここまでの独り言は全部これの対価だ」


 渡辺は、佐竹が採取した数多の血液サンプルを眼前にかざした。試験管の中で赤黒い液体がとぷんと音を立てる。


「血液だけに出血大サービスだ。今回については、これでトントンってことにしてやるよ」


 じゃあな、と手を振り、渡辺は市村の待つ方へ立ち去ってしまった。二人は二言三言交わしたのちに姿を消し、佐竹の拘束が解けた。


「……ったくよお!」


 謎ばかり深まる現状への苛立ちを吐き捨て、佐竹は電話を取りだした。

 一刻も早く、状況を特命係(みんな)に伝えなければならない。



「「デュアルカイロウウエーブ!」」

「協会の使者、ワタナベ!」

「同じく協会の使者、イチムラ……」

「「人呼んで、ふたりは法政局!!」」

「悪い想術犯罪者たちよ」

「とっととおうちに帰りなさい」


※発案、揺井。悪ノリ仕上げ、くろ飛行機。

パロディです。許してね

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