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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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甲斐忠勝の、溜息の多い一日。その②

大変お待たせいたしました。

雷音堂編の後編です!


「――――とまあ、脅かすようなコト言ったけども、傀異そのものがどえらい強くてヤバい! っちゅう訳やあらへん。ただ、武器には不釣り合いな傀異が憑いとるんは確かや」


 雷音堂の奥のカウンターに白と甲斐を呼び寄せ、二人に見えるよう依頼品の銃型傀具を置いて、店主はそう言った。


「武器自体のことは甲斐さんも分かっとるやろ?」

「ああ。虚空シリーズの弐-ξ(クシー)だろう? 虚言社の最初期からある量産タイプの、一番新しい型番だ」

「そうそう。言ってまえば、ありふれた武器や。グレードで言えば〈並〉っちゅうとこやな。あんまり強い傀異の容れ物には向かん」


 白は改めて、その傀具を見る。


「銀滝クン、目ぇは良い方か? あー、つまり、傀朧痕を読むのは得意か、っちゅう意味やけど」


 白はこくりと頷く。薄皮一枚を隔てて、濃い傀朧が蠢いているような気配が分かった。


「中に何かあるのは分かる。傀朧自体は濃いみたいだけど、概念がぼんやりしていてはっきりしない」

「そう。見たところ、この傀具に憑いとる傀異は休眠中や。傀異自体の意識がはっきりしとらんせいで、概念がぼんやりしとるんやろうな」


 休眠中。

 白は、その言葉に違和感を覚えつつも、その気持ち悪さを捉えきれずに押し黙る。目の前の傀具の中では、依然傀朧が緩く胎動している。


「……危険だね」


 甲斐は眉をひそめた。


「銃自体に傀異を支えるだけの耐久性がないのに傀異が憑いてるってことは、誰かが人為的に傀異を取り憑かせた可能性が高い。そっちもそっちで厄介だけど、問題はこの傀異が起きた時だ」

「せやねんな~。憑いとる傀異の詳細が分からんからなんとも言えへんけど、傀朧の濃度の測定値からして、ある程度強い傀異を想定しておいた方が良さそうや。そないな傀異が〈並〉レベルの傀具ん中で起きてもうたら――――」

「起きたら?」


 白の問いに、店主は苦々しい声で返した。


「確実に暴発する」


 その言葉に、白はなんだか拍子抜けした。白は、店主が言い渋るものだから、もっと重大な事態が起こるものだと思ったのだ。


「お、銀滝クン。その顔を見るに、武器の暴発の怖さを知らんな? 甲斐さん、出番やないの?」

「そうだね」


 甲斐は、売り物の陳列棚の中から拳銃型の傀具を手に取った。


「例えば、何も知らない想術師が、この傀具を使ったとする。この傀具が弾詰まりを起こしていた場合」


 顔の高さに拳銃を構えた甲斐は、片手を拳銃から離し、銃と自分の頭との間を指で示した、


「この距離で、この傀具の爆発を受けることになる」


 その言葉に、白はぞっとする。

 甲斐の仕草は、破裂した拳銃の欠片と爆風を、顔で受け止める事を示していた。


「想術で身体を強化していても、ダメージは深刻だ。不意打ちなら尚更ね。これが火薬じゃ無くて傀異による暴発だった場合、どうなるか想像がつくかい?」

「……最悪、自分の身体に憑かれる」


 顔には感覚器官が集中している。そんな場所で不意に高濃度の傀朧を浴びたら、ある程度訓練された想術師であっても、正気を保つのは難しいだろう。


「正解。怖さが分かったかな?」


 白はぶんぶんと顔を縦に振った。


「どちらにせよ、意志を持てる強さの傀異が憑いた傀具は、想術師協会の〈傀朧管理局〉に回収される決まりや。こいつはこっちでキッチリ協会に納めとくさかい、後はオレに任しとき」

「ああ、そうさせてもらうよ。ありがとう、店主」

「……待って!」


 まとまりかけた話は、白の鋭い一言によって制止された。

 白は手を伸ばし、店主から傀具を取り上げて後退る。


「なっ、どうした銀滝クン⁉ 反抗期か⁉」


 気のせいでは無かった、と、白は直感する。白の目には、強く脈打って今にもはち切れそうな傀朧が映っていた。

 この傀具の中身は、眠ってなどいなかった。

 否。

 大量の傀具に囲まれて、まさに今、意識を覚醒させたのだ。


暴発する(・・・・)! 二人とも、離れて!」


 白は傀具の回りに結界を張り、自分の身体に傀朧を巡らせて、踏ん張る脚に力を込めた。更に、己の顔を覆うように防御の想術を重ねる。甲斐はそんな白を尻目に、店主の背を力任せに押し、自分もろとも床に伏せさせる。

 破裂音が響いたのは、その直後だった。


「――――っ!」


 奇しくも、先程甲斐が説明したとおりの衝撃が白に襲いかかった。暴発の勢いは白の不完全な結界を易々と破壊し、強化した白の身体に降りかかる。


(強度が足りてない――――!)


 硝煙に似た火薬臭い傀朧が周囲に立ちこめる。そして次の瞬間、その匂いは――――むせ返るような植物の匂いに塗り替えられた。

 砕けて原型を留めない拳銃型の傀具を投げ捨て、白は背後の二人を庇うように後退(あとずさ)る。部屋中に充満していた傀朧が一つの傀具に収束する。ガラスケースに入れられた、一振りの小柄な黒い杖。


「あかん! 〈魔法使いの杖〉、等級は〈上〉や!」


 杖はみるまに膨れ上がり、ガラスケースを破砕して宙に躍り出た。しなやかなシルエットの上品な杖は跡形も無く、木の幹のように肥って節くれ立ち、その枝を、根を、空間に張り巡らせていく。


「木製の〈杖〉やから、植物系の傀異とは相性が最高にええ! 最悪なことにな!」


 店主は自分の頭を庇う甲斐の手を押し払い、店の奥に向けて駆け出した。


「奥の手取ってくる! 甲斐さん、銀滝クン! 店の傀具、どれ使こても構へん! 足止めしといてや!」

「承知だ店主! 手早く頼むよ!」


 甲斐も体勢を立て直し、白に並ぶ。その手には、いつの間にか日本刀型の傀具が構えられていた。


「白君! 片っ端から燃やせるか⁉」

「でも、そんなことしたら店が!」

「始末は僕がする! できるのか、できないのか!」


 甲斐とのやりとりの間にも、傀異の枝葉は店内を浸食する。

 白は、甲斐の吠えるような問いに負けぬよう、精一杯の大声で叫んだ。


「やってやるよ!」


 白の両手に青い光が灯る。傀朧を掌に収束させ、練り合わせ、炎の概念を与えていく。

 熱が空気を震わせ、白の両手に赤々と燃える炎が立ち上る。

 白は跳躍し、壁を蹴り、室内を飛び回りながら、すっかり枝や蔓に覆われた店内一面に火を振りまいた。

 白が火を点けて回る中、甲斐は静かに呼吸を整える。部屋をぐるりと見渡した後に、片足を引いて刀に手を掛けた。


「ふんッ!」


 抜刀。

 甲斐の振るう刃は、白が燃やして脆くなった傀異の一部を的確にそぎ落としていった。


(すごい……!)


 白は思わず目を奪われかける。


「集中!」


 甲斐の飛ばした喝に慌てて姿勢を正し、白は炎を一際大きくして足下の蔦を焼き払った。

 白の火力と甲斐の剣技は、みるみるうちに傀異の体積を削っていく。しかし、それを上回る速度で枝は伸び、蔦はうねり、一向に傀異の核へ辿り着く気配が無かった。


「ねえ、これ! どうすんの、甲斐さん!」


 白は息を切らして叫ぶ。


「どうもこうもないさ、店主が戻るまで続けるんだ! 気を抜くなよ、白君!」

「マジで、言ってんの⁉」

「マジだとも! 多分そろそろじゃないかな!」

「おう、そろそろやで! 待たせたな!」


 蔦に覆われて右も左も分からなくなった部屋の片隅から、くぐもった店主の声がする。白は声のする方角に、炎を纏った拳を振り切った。後方に飛び退く白に代わり、甲斐が一点をくり抜くように刀を振るう。


「ぅあっち~! 手加減してやあ、二人とも!」


 焼け焦げた蔦を押しのけ、ライオン頭がにゅっと現れる。


「遅い!」

「白君にしては加減効いてるよ。奥の手とやらは準備できたかい?」

「モチのロンやで!」


 店主は小脇に抱えていた薄水色のポリタンクを自慢げに掲げた。側面のラベルには『臨解(リンカイ) しつこい植物系傀異もイチコロ! 傀朧のこびりつきにも!』と書かれている。


「除草剤型傀具の王道にして頂点、〈臨解〉や! 植物以外にもえらい効くんやで? ホンマは自分用に、あんなもんやこんなもんを溶かしてゲフンゲフンするために買った……」

「その話今じゃなきゃ駄目⁉」


 言葉を交わす間にも増殖する蔦や枝を焼き払いながら、白は思わず怒鳴る。店主は気の抜けた声で「すまんすまん」と言いながら後退(あとずさ)り――――。


「うぉっ⁉」


 蔦に足を取られた。

 躓いたのではなく、文字通り、絡め取られた。


「店主!」


 甲斐が叫びながら刀を振るったときには既に遅く、店主は蔦によって身体を簀巻きにされ、逆さ吊りの格好で天井近くまで遠ざかっていた。


「ははは! 捕まってもうたわ!」

「笑い事かよ! ヘンな話してるから!」

「すまんな銀滝クン。堪忍したってや~」


 店主は身体を捻り弾みを付けて、片手に提げていた臨解のポリタンクを白の方へ放り投げた。


「本来は薄めて使うもんやけど、原液でかましたり!」

「投げっ……⁉」


 白は慌てて両手の炎を霧散させ、受け止める体勢を取る。ポリタンクは、飛沫をまき散らしながら、弧を描いて宙を舞う。

 飛沫。

 その場に居る誰より先に、目の良い白がそれに気付いた。

 ポリタンクの蓋が、今にも外れそうなほど緩んでいることに。

 ポリタンクの回転が増すごとに、漏れる中身は増えていく。臨解の飛沫を浴びた蔦が、抉れるように異様な早さで溶けていく。

 蓋が完全に外れた。

 白の背後には、白に背を預けて刀を振るう甲斐がいる。白が避ければ、ポリタンクの中身は甲斐に向けてぶちまけられるだろう。

 考えるより先に、白は床を踏み切って跳んでいた。

 零れ出た臨解を胴体で受け止め、ポリタンクを抱え込むようにキャッチする。付け焼き刃で体表を覆った傀朧は一瞬で溶け、皮膚を焼くような痛みが白の身体を襲った。


「白君!」

「甲斐さん! 雑魚お願い!」


 白はそう叫ぶと、ポリタンクを抱えたまま駆けだした。甲斐はすかさず白に追走し、白に向けて伸びる蔦を薙ぎ払う。

 白は走りながら体表に傀朧を巡らせる。

 溶けてしまうなら、溶ける前に浮かせれば良い。

 水上を走るには沈む前に足を出せば良い、という理屈と同程度には力業の暴論だが、白にはそれができる。大量の傀朧を蓄えられ、超能力の概念と親和性の高い白であれば。

 大量の傀朧で身体を伝う臨解をこそぎ、浮かせ、念力の想術で圧縮してひとまとめにする。


「喰、らえ――――っ!」


 白は己の身体ごと、傀異の守りが一番堅い部分に突っ込んだ。

 何層にも重ねられていた蔦や枝は見る間に溶け、傀異の核である杖が露わになる。その杖も、臨解の塊に触れて、氷が昇華するようにとろけて無に還った。

 核を失った傀異の蔦は、生気を失って萎れていく。力無く床に散らばったそれらは、やがて朽ちて跡形も無く消えていった。

 後には、嵐の後のように荒れきった店と、疲れ切った三人が()るだけだった。


「……おわった……」


 白は呟いて床に崩れ落ちる。


「……くくっ」


 静寂を破ったのは、押し殺した笑い声だった。白が顔を上げると、店主がライオン頭を揺らして笑っていた。


「……何なの、店主サン」


 白の疲れ切った声に、店主は指をもたげた。


「いや、す、凄い、溶けっ……っく、ぷくくっ……」

「?」


 店主は白を指している。白は素直に己の身体を見下ろし、声にならない悲鳴を上げた。


「~~~~っ⁉」


 白の服は、臨解によって溶けていた。

 局部に残った微かな布を除いて、全て。


「ばっ……なっ……!」


 馬鹿、とも、何コレ、とも言えずに言葉を彷徨わせながら、白は両腕で自分の身体を隠した。その動作がツボに入った店主が、堪えきれずに吹き出す。


「っは、あはははは! すまん! すまんけどこれはちょっと、あははははは! いや、わかっ、わかるんやけどっ! 今笑ろたらあかんのは、わかっ、ははははは!」

「――――っ、アンタの! せいだろ‼‼」

「あはは! ごめんて! ひーっ!」


 笑いすぎて涙目の店主を、羞恥で涙目の白が睨み付ける。甲斐は、白が癇癪を起こす気配を察して、大きくため息を吐いた。


「うん、これは仕方ない」


 数時間後。雷音堂には、着ていた服を白にぶんどられ、滅茶苦茶になった部屋を一人で片付ける店主の姿があった。

 特命係の事務所に戻った白は、しばらくの間、馬崎の言うことをよく聞いたという。


次回より、中編です。

一章の佳境に差し掛かります。どうぞお楽しみに!

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