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破れた求愛の真相その2

 嫌な予感は的中してしまった。

 

 妹のうるんだ大きな瞳や零れんばかりの華やかな微笑に、抗える人なんているのだろうか。

 美しいものとそれより見劣りするものが並べば、どうしたって美しいものに惹かれてしまうのが人のさがだろう。

 

 リセアネのことは大好きだ。――私の可愛い妹。

 でも今は、その背中に真っ黒な羽が見える。


 「庭に下りたいわ。せっかくのお天気なんですもの。どなたかご一緒して下さらないかしら?」

 「それならば、私が。どうかあなたをエスコートする特権を哀れなしもべにお与え頂けませんか? リセアネ姫の前ではどんな花も霞んでみえるでしょうが、あなたが庭の中で佇めばまるで春の妖精のようでしょうから」

 「なんて嬉しいお言葉でしょう。でも、サリム殿下は姉様をお連れしなくてよろしいのかしら。お二人の邪魔になってしまうかと思うと……胸がつぶれてしまいそう」

 「そんな! 悲しい顔は貴女には似合いません。では、みなで散策するのはいかがでしょう。――ナタリア姫もご一緒に」


 ようやく私の存在を思い出したのか、サリム皇子はこちらに向き直った。

 が、どうしてもリセアネが気になるらしく、視線はすぐに私の隣へと戻っていく。隣のリセアネはといえば、テーブルの下で恐ろしい力を込めて、扇を握りしめていた。手の込んだ細工の綺麗な扇だったのに、あれではもう開かないだろう。


 つい先ほどまで私に甘い言葉を囁きかけていたのと同じ口で、妹を口説こうというのだから、怒りの感情がこみ上げてきてもよさそうなものなのだが、いたたまれない恥ずかしさだけが胸に広がった。

 サリム皇子が悪いのではない、と弁えているだけに猶更なおさらみじめさが募る。

 

 後ろに控えているエドワルドやフィンは、このやり取りをどんな顔で眺めているのかしら。――お願いだから、憐れまないで。

 

 

 「今日は少し喉が痛むのです。あまり外気に触れると良くないかもしれないわ。私のことは気にせず、お二人で行ってらして?」

 

 無理やり口角を上げ、気もそぞろなサリム皇子に微笑んでみせる。

 みじめな姿を晒すわけにはいかないから、背筋は伸ばしたまま。何も気にしていない、という風を装って。


 付添の侍女と騎士を従え2人が部屋を出ていくとすぐ、兄は近衛騎士やマアサ、他の使用人たちを皆下がらせてしまった。

 茶器は片づけられ、広いテーブルに私と兄だけが残される。黙ったまま、テーブルの中央に据えられた花瓶だけを眺めている私に、兄は優しく声をかけた。



 「ナタリー」

 「…………」

 「私たちを怒っている?」

 「いいえ。少し疲れてしまっただけよ。――でもこれで、サリム皇子も不合格というわけかしら?」

 「あんな男に本気で嫁ぎたいというのではないよね?」


 兄は信じられないというように柳眉を逆立てた。

 怒りを滲ませた声で「ありえない」と呟く。


 「リセアネに対するあの態度を見ても、ナタリーは何とも思わなかったっていうの? お前を正式に娶ったとしても、あの手の男はすぐよそに目移りするだろう。遠い国で一人、私のナタリアが寂しい思いをするなんて、想像するだけで我慢ならないね」

 「大切にはして下さるはずよ。お飾りの妃だとしても、私はサリアーデの王女なのだから、無下には扱えないはずだわ」

 「……そんな話をしているんじゃないよ、ナタリー」

  

 悲しげに瞳を伏せる兄を見て、私は深い自己嫌悪に陥った。

 愛し合う両親の元、まっすぐに育った兄にとってみれば、利害だけで結ばれる夫婦など痛ましいものでしかないのだろう。

 私が嫁ぐまで兄も妹も結婚しないと言い張っているのは、周知の事実だ。

 兄妹の重荷になっているという強迫観念から逃れたい気持ちが、私のどこかにあるのも否定しない。

 ――王子であれば誰でもいいから結婚しなくては。

 いつからか、そんな風に思うようになっている自分に気づき愕然とした。

 

 昔は違った。

 いつか、こんな私が欲しいと愛をこいねがう方が現れるかもしれない。世界は広いのだもの、どこかに一人くらいはいるかもしれないと、儚い希望を持ち続けてきた。


 16歳のあの日まで、それがエドワルドならどんなにいいかと思っていた。

 

 私がもっと賢くて、彼を遠ざけるきっかけになったあんな出来事など引き起こさなければ。


 ――いいえ。結局は同じことだったのかもしれない。


 父王に呼ばれ、直々に『他国へ嫁ぐように』との言葉を賜ったのは、華の宮に移る準備をしていた時だった。

 政略結婚は、王族にとって珍しいことではない。

 我が国をより豊かにしてくれる国との結びつきを強めること。

 王女としての責務に、一つ項目が増えただけだと感じた。

 

 それからというもの。

 視察や勉強の合間を縫って、髪や肌の手入れやお化粧など、パッとしないこの器量が少しでも良くになるように懸命に自分を磨いてきた。

 

 いつか私が嫁ぐとき、エドワルドが誇りに思ってくれるといい。

 立派なナタリア王女の幼馴染で良かったと、一瞬でもいいから思ってくれたら、と夢想しながら。

  

 「お兄様たちは、私の結婚にないものねだりをしてらっしゃるのよ。心から望まれた始まりではないとしても、共に過ごすようになれば少しでも心を移して下さるかもしれないでしょう?……私は努力するわ。それじゃいけないの?」

 「サリム皇子はお前に求婚しないと思う。リセアネがそれを許すと思うかい? あの子は、お前に心酔している。あの場で自分に目を向けた男を、本気で義兄と呼ぶと思うのかい?」


 20になった今、私には婚約者さえいない。

 大勢の王子がこの国を訪ねてきた、というのにだ。

 私に女としての魅力がないせいだと、今では王宮中の誰もが知っている。


 「――ごめんなさい、兄様」

 「どうしてお前が謝るんだ!」


 兄の声が悲痛さを帯びた。

 耳を塞いでしまいたい衝動に必死で抗って、私はただ首を振った。


 どうすればいいというの。

 これ以上、どうすれば。

  

 「……自分の宮に戻りたいわ」


 絞り出すようにそう告げると、兄は黙って頷いた。



 兄を置いて一人テラスを出ると、貴賓室の出口の脇にエドワルドが立っているのが見えた。思いつめたような表情で視線を落としていたのに、私に気づいた途端、姿勢を正し、何事もなかったかのような冷静な顔に戻ってしまう。


 一言声をかけようかと逡巡したが、先ほどドレスのことで注意されたばかりなので黙って隣を通り過ぎる。

 私の何が彼を苛立たせてしまうのか分からないのだから、口を噤んでいるのが一番いいように思えた。


 「――サリム皇子に、あなたはもったいない」


 彼とすれ違った瞬間、囁き声が小さく落ちた。

 昔に戻ったかのような、優しい声色が胸を刺す。

 

 聞き間違いかもしれない。

 そう言ってくれたらいいのに、と強く願った私自身が作り出した幻聴かも。

 それでもかまわない。


 「っ!!」


 我慢していた様々な感情が、堰を切ったように溢れてきた。

 こんな場所で、涙をこぼすわけにはいかない。


 私は歯を食いしばったまま、足早に部屋を後にした。

 

 

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