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ナタリア姫と忠実な騎士  作者: ナツ
番外編その2(リセアネ姫~&エレノア~後の時間軸)
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エドワルドの災難

 王太子夫妻の初めての外遊は大成功のうちに終わった。

 半年をかけて同盟国全てを巡り、各国の王族や代表と歓談し、友好関係を深めて戻ってきたクロードとパトリシアは、旅立つ前より一回りも二回りも大きく成長したように見える。

 彼らの護衛を務めたのは、フィン・パッシモをはじめとする近衛騎士達だ。

 結婚二年目に突入したばかりのフィンは、半年も愛妻と引き離されることを嘆いていたが、職務はしっかりとこなしてきたらしい。

 

「ご苦労だったな、フィン」


 王宮で盛大に催された帰国パーティの最中、エドワルドはフィンを見つけ労った。


「ほんっと疲れた。あと寂しかった。二回は無理」


 フィンは同伴のマアサを抱き寄せ、ひと目も憚らず彼女の艶やかな髪に口づける。真っ赤になりながらも不躾な夫を引き剥がさないのは、マアサの方も同じ想いだったからだろう。

 仲睦まじい二人を見て、ナタリアは嬉しそうに微笑んだ。


「姫様、今日はアリスティド様はぐずられませんでしたか?」


 一児の母となったナタリアを、今でもマアサは昔の敬称で呼ぶ。他の人が同席している時は別だが、ここにはフィンとエドワルドしかいない。

 王宮で暮らしていた頃の思い出が、マアサの脳裏にはありありと浮かんでいた。


「タウンハウスで最近子犬を飼い始めたの。アリスは彼に夢中よ。今夜も一緒に眠っているのじゃないかしら」


 ナタリアも特に咎めようとはせず、親密な口調で返す。

 この四人が旧知の仲であることは皆が知っている。彼らが談笑しているところへ割って入ろうとする無粋な輩は誰もいなかった。


「そうだ。すごく面白い寸劇の脚本を土産に持って帰ってきたんだ。後でやろうぜ」


 外遊中のあれこれを話して聞かせていたフィンが、突然瞳を輝かせそんなことを言い出したものだから、エドワルドはまず警戒した。ところが――


「寸劇? 楽しそうね!」


 カードルームは紳士専用だが、ジェスチャーゲームやボートゲームなどに興じることは淑女にも許されている。若い頃ならばもっと踊りたいと思ったかもしれないが、そろそろ大広間から移動し、談話室で寛ぐのも良さそうだ。そう考えたナタリアが賛同の声をあげたので、話はすぐに決まってしまった。

 

 

 談話室へと移動する途中、彼らは広間を出てすぐのところで主賓の王太子夫妻と出くわした。

 聞けば一通りの挨拶を済ませたので、休憩の為光の宮へ一旦引き上げるという。


「談話室はどこもいっぱいだと思うよ。それにそんな面白いことを私抜きでやろうとするなんて酷いな」


 クロードは人の悪い笑みを浮かべ、フィンに向かって片眉をあげた。

 普段の貴公子然とした表情を崩しても、彼の美貌は少しも損なわれない。むしろ悪魔的な魅力が増すのだから手に負えない。偶然を近くを通りかかった貴婦人は足を止め、うっとりとクロードに見入った。


「ここで立ち話を続けていたら、そのうち身動きが取れなくなりそうですが」


 王太子夫妻の姿をみとめ、こちらへやってこようと動き出す客が現れる前に、とエドワルドは声を低めて警告した。クロードは頷き、隣のティアを守るように立つ位置を変えて「行こう」と促す。


「行こうって、まさか光の宮へですか?」

「この賑わいだ。私たちがしばらく戻らなくても皆気にしないよ」


 クロードは答え、軽く咳払いをした。それからおもむろに声を張り、少し離れたところで待機している近衛騎士に声をかける。


「ここまででいいよ。あとはフィンとエドワルドについてきて貰うことにする」

「え……しかし、殿下」

「大丈夫、任せて。剣帯はしてないけど、俺たち体術もかなり得意だから」


 上役でもあるフィンに言われては引き下がるしかない。近衛騎士は一礼し、その場を立ち去った。


「久しぶりだね。四人揃って宮へ来るのはいつ以来だろう。昔はよくエドとフィンの三人で飲んだんだ。ナタリーもリセと一緒に遊びにきてくれたし――」


 移動中クロードは上機嫌で、パトリシアに昔話を聞かせている。

 マアサは本当にいいのか、というように無言で夫を見上げた。

 夫は伯爵家の総領息子だし、近衛騎士筆頭でもある。エドワルドとナタリアは言うまでもない。自分一人が酷く場違いな気がしてならない。


「大丈夫だよ、愛しい人」


 フィンは片目をつぶり、マアサの手を握った。


「陛下に叱られるとしたら、王太子殿下だけだ。俺たちはパーティの途中で無理やり宮まで付き合わされてる被害者なんだから」

「まあ」


 目を丸くしたマアサの隣に、ナタリアが並ぶ。

 マアサの気後れを敏感に感じ取ったティアまでが夫の腕から離れ、マアサの隣に来たものだから、フィンは弾き出される形になった。フィンは苦笑しながらも、温かな眼差しで三人のレディをしげしげと見つめる。


「俺たちの奥さんは、最高だ。そう思わない?」


 フィンの問いかけに、クロードもエドワルドでさえも間を置かず「そう思う」と声を揃えた。

 マアサは胸をいっぱいにしながら、ナタリアを、そしてパトリシアを見遣る。ナタリアはティアと目配せを交わし、マアサの腕にするりと自らの腕を絡めた。

 夜は更け、暗闇を照らすのは月と星、そしてまばらに置かれた外灯だけだ。

 それでも六人の歩む道は明るかった。三人の纏う明るい色のシルクドレスが、ほのかな明かりを反射している。彼女たちが一歩、そして一歩と足を進める度、きらきらと辺りは輝いた。


 光の宮に到着した主一行を見て、侍従はやれやれと首を振った。


「さっそくいつもの面子で飲み直しですか。深酒はなりませんよ、殿下」

「いつの話をしているの。レディ達の前で暴飲する筈ないだろう」

「それが抑止になりますかどうか。殿下は妃殿下の前では、大層な甘えん坊ではありませんか」


 クロードが十五でこの宮の主となって以来の付き合いである侍従は、疑わしげに目を細めた。

 クロード一人の時は良いのだが、この三人が集まると時折ハメを外して大変なことになるのだ。

 侍従がさらに口を開く前に、とクロードが歩みを早めたので、残る五人は浮かんでくる笑みを噛み殺し、至って真面目な顔で侍従の前を通り過ぎた。


 クロードの自室へ入った途端、フィンは言った。


「妃殿下の前では」


 続けてエドワルドが引き取る。


「大変な甘えん坊」


 クロードは旧友二人の肩を順番に殴ることで、彼らを黙らせた。




◇◇◇◇◇



 フィンの土産だという寸劇は、フェンドル王国の属州ダルシーザで人気の脚本家が書いたという。


「確かダルシーザへは二日しか滞在しなかったんだよな」


 いつの間にそんなものを手に入れたのか、と暗にエドワルドが問うと、フィンはその時のことを思い出しのかくつくつと笑い始めた。


「二日目の昼かな。ちょっと息抜きに街に下りたらさ、建設途中の大劇場があったわけ。そこで現場監督みたいにあれこれ指図してる男がいてね。なんと劇場の出資者だって言うんだよ」

「オーナー自らが、現場へ?」


 マアサが驚いた口調で合いの手を挟む。


「うん。俺と目が合うなり、じろじろ見てきてさ。サリアーデの方ですね? って言うわけ。あくまでお忍び訪問中だから、もちろん隊服なんて着てないし、地味な平服を着てたんだぜ。それで気になって突っ込んで聞いてみたら、襟の形で分かるとか言い出してさ」


 劇場のオーナーは相当の変わり者だったらしい。

 フィンはすっかり彼を気に入り、近くの食堂で共に昼食を取ったのだという。

 

「その時に『サリアーデの第一王女は近衛騎士の元に降嫁されたそうですね。その話を元に作った寸劇があるので、ぜひお持ち下さい』って言ってさ。後で城まで届けてくれたんだ」


 黙ってフィンの話に耳を傾けていたエドワルドは、いきなり耳に飛び込んできた逸話に咽せこんだ。

 ナタリアも大きく瞳を見開いている。


「私たちのお話が、ダルシーザまで?」

「彼の趣味らしいけどね。王族のロマンスは格好のネタになるから、収集してるって言ってたよ」

「悪趣味だ」


 エドワルドはすかさず断じた。

 クロードは先ほどの仕返しとばかりにニヤついている。


「ナタリーとエドワルドのロマンスが寸劇になってるのか。それは面白い。もちろん本人役は本人がするんだろう?」

「じゃなきゃ面白くない。あ、殿下は二人の仲を引き裂こうとする兄役ね」

「は!?」


 今度はクロードが咽せる番だった。


「寸劇では、兄王子が二人の恋の障害として立ちはだかるんだよ。苦悩する第一王女を、近衛騎士が口説くんだ。一緒に逃げようと」

「そんな不敬な真似をする近衛騎士がいるものか」


 エドワルドは我慢しきれず、筋書きにケチをつけた。クロードも渋面で「悪役なんて嫌だな」とぼやく。

 ナタリア達はフィンが渡した脚本を覗き込み、小声で感想を言い合っている。彼女らがあまりに楽しげなものだから、やがてエドワルドもクロードも観念した。


「それぞれの台詞は確認したよね? じゃあ、始めよう」


 フィンは周到に人数分の写本も用意してきていた。各自が脚本を持ち、自分の台詞の順番を待つ。

 ティアはト書きを読む役で、マアサはエドワルドの婚約者。フィンは隣国の王子役だった。

 

 荒唐無稽ではあるが娯楽的なシナリオに、六人は笑いっぱなしだった。

 ともすれば台詞が笑い声で途切れてしまう。

 ティアがわざとしかめつらしい顔を作り、「そこは泣きながら言う場面ですよ?」などとダメ出しをしてくるものだから、余計に可笑しい。

 エドワルドは羞恥に耐えながら、エドワルド役を演じた。

 いい年をして何をやっているのだろうと我に返りそうになるたび、うっすらと涙さえ浮かべて笑っているナタリアを見て、たまには悪くないと思い直す。

 結婚して何年経とうが、子供が出来ようが、ナタリアがエドワルドの唯一であることに変わりはない。彼女の笑い声はエドワルドにとって福音以外の何物でもなかった。


 そしてやってきたクライマックス。

 クロードはすっかり開き直っていた。


「好きにすればいい。だが覚えておけ。お前はもう私の妹でもなんでもない。王女でもない。それでもいいんだな? ……分かった。私は二度とお前とは会わない」

「兄様……ごめんなさい」


 ナタリアが言うと、エドワルドが続ける。


「行こう、姫。もうここに用はない」


 それから次の台詞に視線を走らせ、グッと喉を詰まらせる。


「二人きりになった王女と騎士。騎士は王女に永遠を誓う」


 ティアは容赦なく話を先に進めようとした。


「騎士様の番ですわ」

「分かっています」


 エドワルドは長い溜息をつき、ようやく観念した。

 クロードとフィン、マアサの期待に満ちた眼差しが煩わしい。

 ナタリアは頬を上気させ、夫の愛の言葉を待っていた。


「お前の悩みなんて吹っ飛ぶほど……俺が愛してやる」


 エドワルドの無駄に良い声に、ナタリアを除く全員が噴き出した。

 あまりにも平素のエドワルドとはかけ離れた口調、そして彼が決して言いそうにない俺様台詞。

 何かもかもがちぐはぐで、可笑しくてたまらない。フィンはテーブルを叩いているし、マアサとティアは扇で顔を隠してしまっている。クロードは文字通り腹を抱えていた。


 ナタリアだけが「とても新鮮で、素敵な言葉だわ」と夫の腕を撫でながら慰めてくれたので、エドワルドはかろうじて面目を保つことが出来た。






「お前の悩みなんて吹っ飛ぶくらい…愛してやるよ」という台詞を使ってエドワルドの小話を書きましょう、というお題チャレンジでした。

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