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ナタリア姫と忠実な騎士  作者: ナツ
番外編
32/36

おまけ小話(エドワルドの苦悩・前編)

 そんなに大仰なものにしないで欲しい。

 

 私はそう願ったのだけれど、父上も兄様も頑として首を縦には振って下さらなかった。

 結局カイトだけでなく、華の宮付きの近衛騎士全員が、この旅に参加することになってしまったのだ。


 「ごめんなさいね。兄様が無理を言ったのではなくて?」


 華の宮から出てすぐの場所に、騎士たちは集まっていた。旅支度を整えたカイトに謝ると、彼は笑って首を振った。


 「私達はみな、姫様付きの近衛騎士であることに誇りを持っています。旅のお供を仰せつかるのは、名誉なことです」


 続けて「まあ、エドワルド様の現在のご苦労っぷりを、その目で確かめたい、という者もいるようですが」と小声で言う。その茶目っ気たっぷりの表情に、思わず笑ってしまった。


 「姫様。僕たちがしっかり、見張ってますからね」

 「ええ、エドワルド様とはいえ、指一本触れさせませんよ」


 周りの騎士たちが口々にそんなことを言い出し、カイトは渋い顔になった。


 「そんなこと言って、あっさり返り討ちにされてくれるなよ」

 「わ~、それ洒落になってないです」


 中でも一番年若い騎士が、嘆くような声を上げ項垂れたので、みんなが一斉に笑い出した。


 先頭に、宿泊用の荷物を積んだ馬車。その後に、私とマアサを乗せた二頭立ての馬車が続く。それぞれの愛馬に跨った騎士たちに、両脇を守られ、馬車はゆっくりと進んでいった。あまりにものものしい行列に、道行く人は驚いていることだろう。


 「姫様、いよいよですわね。ほら、あちらに大きなお屋敷が見えて参りましたわよ! なんて、美しいのでしょう」


 旅行自体、初めてだというマアサの瞳が輝いている。小窓のカーテンを開けた彼女が声を上げた。指さす方向に目を向けると、ドレーサ館がその優美な佇まいをあらわしていた。


 ――もうすぐ、彼に会えるのだわ!

 

 私の我儘で多くの人を動かしてしまった、という申し訳ない気持ちが、抑えきれない喜びに取って替わる。婚約者のエドワルドに会うのは、二月ぶりになるだろうか。手紙のやり取りはしていても、やはり会えないのは寂しかった。


 エドワルドが暮らすドレーサ館の他にも、ここロゼッタ領には沢山の屋敷がある。どれもみなロゼッタ公爵の持ち物なのだが、それぞれの屋敷の管理はそこに住む当主に任されていた。


 大勢の使用人が屋敷の前庭で、出迎えの体勢を取っている。

 その先頭に立っているのが、家宰のブルックだ。今日も、鼻の下に蓄えられた髭は見事に整えられていた。元はロゼッタ公爵付きの秘書だった彼なのだが、その有能さを買われて、次期公爵の住む大きな館を全て取り仕切る仕事を任されたらしい。


 馬車から降りようとすると、すかさずカイトがやって来て、私の手を取ってくれた。慎重に階段を下り、前を向く。人垣の一番奥に、会いたくてたまらなかった婚約者の姿があった。黒のサーコートを羽織り、嬉しそうにこちらを見つめている。


 「ようこそいらっしゃいました、ナタリア王女殿下」


 大股でこちらに歩いてきたエドワルドは、片膝をついて私の手を取った。臣下としての接吻を手の甲に許し、私は軽く頷いてみせた。


 「ごきげんよう、エドワルド卿。しばらくお世話になるわ」


 婚約を済ませたとはいえ、私はまだこのサリアーデの第一王女なのだ。人目のある場所で、馴れ馴れしく彼に抱きつくことは出来ない。どんなにそうしたくても。


 「荷物はあとでうちの者に運ばせましょう。先に殿下をお部屋にご案内しても?」

 「ええ。参りましょうか」


 彼の差し出した腕に軽く手を添え、大きな玄関をくぐる。

 騎士たちは、まずは厩舎で馬の世話をするのだろう。カイトとマアサだけが、私の後に音もなく付き従った。


 案内された部屋は、豪華で広々としていた。

 調度品も洗練されたものばかりで、上品な小花柄の壁紙まで私の好みにぴったり合っている。ドレーサ館の女主人の為の部屋なのだと、一目で分かった。

 私を迎える為に、こうして愛らしくしつらえてくれたのだろう。花瓶に活けてあるのは、私の一番好きな薔薇だ。隅々まで行き届いた心配りに、胸が暖かくなった。


 「姫様。私たちも荷物を運んで参りますわ。御前を失礼致します」


 マアサはそう言うと、廊下を戻っていってしまった。カイトもその後に続く。

 部屋に残されたのは、私とエドワルドだけだった。


 「……どうやら、気を遣わせてしまったようだな」


 ぴったりと閉められたドアに、エドワルドが苦笑いを零す。

 未婚の男女が部屋に二人でいる場合、ドアはいつでも少し開けられておくべきだった。そんなことを知らないマアサではないので、明らかに何らかの意図を含んでいるのだ、と私も気がついた。


 「でも、これで少しの間、私は好きに振る舞えるのね」


 エドワルドに近づき、そっと彼の両手を取る。


 「挨拶から、やり直してはくれないの? エド」

 「はあ……参ったな。……無自覚な姫さまだ」


 エドワルドはついばむ様な小さなキスを、頬にしてくれた。妹にするような、優しいキス。

 そんなつもりはないと分かっていても、どこか満たされない。


 「エドは嬉しくないの? こうして二人きりになれたこと」


 嬉しい、と言って欲しくて、思い切ってそう口にしてみたのだけど、エドワルドは困ったように微笑むばかりだった。


 マアサは私の部屋の隣。そしてその向かいにカイトの部屋が取ってあった。

 エドワルドの私室は、この階の下にある。執務室は、別棟にあると聞かされた。


 「では、あまりお目にかかれそうにないのね。あ、もちろんお仕事の邪魔をするつもりはないのよ。ただ……」

 

 執務室もエドの私室も、私の部屋からかなり遠いことが不満だとも言えず、口ごもってしまう。


 「分かってる。すまないな、リア。でも、食事は必ず一緒に取ろう」


 宥めるようにそう言ったエドワルドは、私に手を伸ばしたが、すぐにその腕を脇に戻してしまった。


 なんだか、いつもよりそっけない気がする。

 もしかして、ご迷惑だったのかしら。


 マアサにこっそり打ち明けると「そんなことはありえません」ときっぱり断言されてしまった。



 結局、到着したその日は、荷ほどきで一日が終わってしまった。

 夕食の長テーブルには、エドとパーシヴァルがすでについている。私が向かうと、すぐに二人は席を立った。他の使用人たちが下がったのを見計らい、私はおもむろに口を開いた。


 「お願いだから、あまり畏まらないで頂戴。私達、いずれは家族になるのでしょう? よそよそしく振る舞われると、それが礼儀だと分かっていても、寂しく感じてしまうの」


 「王女殿下。恐れながら――」

 「よかった! こんなのが毎日続いたら、息が詰まってしまうところだったよ」

 

 堅い表情のエドワルドが何かを言いかけたのだが、それに被せるようにパーシヴァルが声を上げた。心からホッとした、と云わんばかりの無邪気な表情に、思わず噴き出してしまう。


 「わあ、笑った。王女様は、笑ってる方が、うんと素敵だね」

 「あら。ありがとう」


 エドワルドは険しい顔つきで下の弟を睨みつけている。


 「パーシー。控えろ」

 「いいのよ、エド。仲良くして頂きたいもの。私の弟になる方でしょう?」

 「姉さま、か。いいね! 男兄弟ばかりで、実はうんざりしてたんだ」

 「パーシヴァル!!」


 とうとうエドワルドは怒って席を立ってしまった。ガタン、と引かれた椅子の音に、手を止める。


 「食事が終わったら、私の部屋に来い。用件は、分かるな?」

 「……はい、兄上」


 エドワルドはきつい口調でパーシヴァルにそう告げた後、私に向かってうやうやしくお辞儀をした。


 「まだ仕事が残っておりますので、ここで失礼します、殿下。お許しが頂ければ、ですが」

 

 あくまで他人行儀を崩そうとしないエドに、内心がっかりする。ご家族ともっと仲良くなりたくて、急ぎ過ぎたのかしら? 出過ぎた真似をして、エドに呆れられてしまった。でも、これ以上嫌われたくはない。


 「――許します」

 「では、御前を失礼いたします」


 エドワルドはバンケットホールをそのまま真っ直ぐに出て行った。二人きりで食事をするには、あまりにも広すぎるその空間に私とパーシヴァルを残して。



 

 次の日、私はマアサだけを供に連れ、ドレーサ館の敷地内を散策することにした。

 季節の花が色とりどりに咲き乱れている。


 「姫様。あまり溜息ばかり吐いていらっしゃると、幸せが逃げていくといいますわよ?」


 マアサに指摘されるまで、全く気づかなかった。慌てて口を両手で押さえる。


 「夕食の席で、なにかございましたの?」

 「いいえ。ただエドワルドは本当は、この訪問を望んでいなかったのかもしれない、と思ったの」


 「それはないよ」


 突然、背の高い生垣の向こうから声が聞こえ、私とマアサは飛び上がってしまった。


 「だ、だれです!!」


 マアサが私を背中に庇うように立った。ここは完全な私有地。しかも、館のすぐ傍の庭園だ。


 「もしかして、パーシヴァル?」


 生垣の切れ目からそっと覗き込んでみると、ボーラーハットを顔にかぶせ、仰向けに寝転んでいるパーシヴァルの姿が見えた。どうやら、ここで昼寝を決め込んでいたらしい。


 「やあ、姫様。それにリカルド嬢。ごきげんはいかがですか?」


 片肘をついて身を起こし、人好きのする笑顔を浮かべてこちらを見上げてくる彼に、マアサまで頬を緩めた。


 「こんなところで過ごしていてよろしいのですか? パーシヴァル様。先程から、年配の殿方が探しておいででしたわよ」

 「もちろん、内緒にしてくれるよね。これ以上、一文字だって頭に入ってきやしないんだから、時間の無駄なんだよ」

 「まあ、ではあの方は家庭教師でしたのね!」


 婚約式で対面済みの二人は、前からの知り合いであったかのように和気藹々と話し始めた。パーシヴァルは立ち上がり、背中や腰についた草を払い落としている。

 男性嫌いのマアサにしては珍しい。こっそり理由を尋ねてみると「だって誰かさんによく似てるんですもの。慣れって恐ろしいですわね」などと笑っている。云われてみれば、外見はエドによく似てるのだけど、話し方や人懐っこさはフィンに似ていないでもない。


 「さっきの話だけど、姫様。兄上に、ちょっと一泡吹かせてみたくない?」

 「……それはどういう意味ですの?」


 エドになぜ、そんなことを?

 首を傾げると、パーシヴァルは嬉々として説明し始めた。


 「姫様の手紙が来てからというもの、兄上はそれはもう、張り切ってしまってね。姫様のあの部屋を整えるのだって、全部自分で手配したんだよ? 日付も数えてた。よくカレンダーを確認してたからね。それなのに、姫様が来た途端、あの体たらくでしょう。我が兄ながら、ちょっと頂けないかなあって」


 「では、私のことを呆れてしまっているというわけでは」


 「ないね。間違いない。多分、舞い上がり過ぎて、自分が何やってるか分かってないんだよ。それか、自分が何かしでかしてしまいそうで怖いのか」


 「……仰っている意味がよく」


 私はますます分からなくなって、眉をひそめた。訪問を喜ばしく思って下さったのなら、何故あのような態度を?

 マアサは、なるほど、と呟き、私の手を取った。


 「よろしいではありませんか! 姫様に浮かない顔をさせた罰ですわ!」

 

 嫌な予感がする。マアサとパーシヴァルはすっかり意気投合したようで、顔を突き合わせてヒソヒソ話を始めてしまった。



 

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