おまけ小話(サリアーデ王国編)
その日はとてもいいお天気になった。
私は朝からそわそわと落ち着かない気持ちで、マアサの後ろをついて回ってしまい、「姫様。まだお時間ではございませんわ」と何度も窘められていた。
「分かってるのよ。でも、久しぶりにお目にかかれるから嬉しくって! ねえ、どこもおかしくないかしら? 頬紅の色が濃すぎはしない?」
「いいえ。いつもに増してお美しいですわ。そんなに興奮して動かれているので頬が上気されたのでしょう。さあ、お茶などいかがです?」
美しいというのは完全にマアサの贔屓目なのだけれど、素直に賛美を受け取っておく。
最近では自分でも、前より見られる容姿になってきたのでは? と疑っている。
私の居室の鏡を、兄様たちが『特別製』に替えたのではなければ。
フィンに試しにそう打ち明けてみたら、
「ナタリーも恋の魔法にかかってんじゃないの?」
とからかわれた。
「確かに、前よりうんと綺麗になったよ」
とも請け負ってくれたので、嬉しくなってしまう。
会うたびにどこかにふわふわと飛んで行ってしまいそうになるくらい、甘い言葉を囁いて下さるあの方のお蔭なのかもしれない。
もうじき、ラヴェンヌ王国の王太子様ご一行がこの王宮へご到着になられる。
父王陛下の即位記念式典へご参加頂けるというのだ。
そこで、私は愛しいあの方にまた会える!
ここは謁見の間。
広長く敷かれた赤い絨毯の両脇には、我がサリアーデの重臣や大貴族たちがずらりと並んでいる。階段を数段昇った一際高い奥の場には、様々な宝石で豪華に彩られた玉座が二席設えられていた。
同盟を結んでいる隣国の王位継承者であられるアゼル王太子殿下に敬意を表して、父も母も今日はそちらには座らず、階段を下って私達と同じところで、彼らが来るのをお待ちになっていた。
「ラヴェンヌ王国より、アゼル王太子殿下、並びにシャルロッテ王子妃殿下、並びにクリストファー王子殿下のご到着でございます!」
侍従長がよく通る声でそう告げると、壮麗かつ巨大な扉が2人の近衛騎士の手によって重々しく開かれる。
ここにいる全ての者の視線が、扉から現れた人物に一斉に注がれた。
「この度は、お招きありがとうございます。 国王陛下と正妃殿下におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう。若輩もののわたくしが、拝謁を賜ることが出来ましたこと、深く感謝しております」
ほっそりとした顎に涼しい目元のあの方が、アゼル様なのね。
クリストファー様と似ているのは、眩いばかりの黄金色の髪だけなのだけど、温和な面差しに賢明さが滲み出ているのが一目で見てとれる。
落ち着いた優しげな声で挨拶を述べる彼に、私はすぐに好感を持った。
そのすこし後ろで優雅な一礼を取っていらっしゃるのが、シャルロッテ様みたい。茶色の髪は私と同じだけど、透き通るような美しい肌、けぶるような物憂げな瞳は長い睫毛にびっしりと取り囲まれていて、まるで物語に出てくる囚われのお姫様のよう。
思わず守って差し上げたくなってしまうのだ。
リセアネの人間離れした妖精のような美しさとはまた違うけれど『可憐』という言葉がぴったりの非常に可愛らしい方だった。
そして。
そんなに長くは離れていなかったはずなのに、こうして同じ場所にいるだけで胸の高鳴りが抑えられない。
王太子殿下方の護衛を務めてきた為だろうか、彼は黒の騎士服に身を包んでいた。ここ最近は、剣を帯びた姿さえ見たことがなかったので、久しぶりの凛々しい姿に目が奪われる。
「ごほん。ミカ……私の気のせいかな。リアのつぶらな瞳に全く私が入っていないようなのだが」
「恐れながら殿下。間違いなく、王女殿下はあなた様の後ろに控えていらっしゃるエドワルド様だけをご覧になっているかと思われます」
「……暴れたい。今すぐ暴れだしてリアの気を惹きたい」
「では、その前に気を失って頂きますが、手刀と薬品の染み込ませたハンカチとどちらがお好みでしょうか?」
「どっちもヤだ! 俺はリアに会いにきたのにっ……ぐっ!!」
王陛下が歓迎のお言葉を述べ、その後にアゼル様がご一緒においでになられた奥方様と弟であるクリストファー様を改めて紹介しようとしたのだが、肝心の彼は何故かぐったりと、側近であるミカエルの胸にもたれかかっていた。
アゼル様とシャルロッテ様が、彼らを隠すようにさりげなく立ち位置を変えておられるように見えるのは、気のせいかしら?
「まあ、あの方どうかなさいまして?」
クリストファー王子の様子に驚いたのか、母様が小さく声を上げた。
母様を宥めるように、傍にいた兄様がそっと腕に手をかけ「大丈夫ですよ、母上。クリス王子は持病の癪が出たのでしょう。緊張すると昔からああなるのです」などと言っている。
つい先程まで、とてもお元気そうに見えたのだけれど。
首をかしげていると、エドワルドが大きくため息を吐いているのが視界に入ってきた。
サリアーデに入国されてからこの王都に来るまでの護衛役として、何でもクリストファー王子直々にご指名を受けたのだとか。そこまでエドワルドの剣の力量を買って下さっているのね! と私はいたく感激したのだけれど、エドワルドは「絶対に違う。ただの嫌がらせだ」と断言していた。
「私の仕事の邪魔をして、公爵位を継ぐのを遅らせようという魂胆に決まってる」とも言っていた気がする。どうしてそんなことをわざわざクリストファー殿下がなさるのか、意味が分からない。
キョトンとしていると、エドワルドは「君は分からなくていい」と微笑み、力強く抱きしめてくれたので、何を考えようとしていたのかすっかり忘れてしまった。
ああ、エドワルドのことを考えるだけで、胸が苦しくなってしまう。
普段は仕事が忙しく、滅多に領地を出ない彼なのだが、王太子殿下ご一行が王宮に滞在されている間はずっとこちらに居て下さるとのことだった。
婚約してからでもあまり頻繁には会えない彼に、こうして一緒に居られる機会を与えて下さったクリストファー王子には、改めてお礼を申し上げなくては。
私は、彼の持病の癪というものが早く治まります様に、と心の中で祈りを捧げた。




