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ナタリア姫と忠実な騎士  作者: ナツ
番外編
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おまけ小話(ラヴェンヌ王国編)

 シッカの薄紅色の花が咲き誇る季節が巡ってきた。

 クリストファーは王宮の廊下をぶらぶらと歩いていた。

 兄である王太子殿下に呼ばれているというのに、ちっとも急ごうとせずに時折立ち止まっては溜息を漏らしている。

 

 後ろに付き従っている近衛兵は、またか、と倦んだ気持ちになったのだが、訓練された無表情のまま、足を止めて主が再び歩き始めるのを待っていた。

 隣国のサリアーデ王国からお戻りになられて以来、クリストファー殿下はますますおかしくなられたようだ、と仲間内では囁かれている。

 失恋したのではないか、と誰かが言ったが、サリアーデの第一王女のことをだいぶ前にこっぴどく袖にして陛下にボコボコにされたのは有名な話ではないか、では妹姫であるリセアネ王女に言い寄って振られたのだろうか、などと無責任に推測していた。



 「やっぱ、いかなきゃダメかな?」


 とうとう壁に両手をつき、無駄に麗々しい美貌を曇らせクリストファーがそんなことを言いだすものだから、若い近衛兵は直立不動の姿勢を取り「恐れながら、そうされるべきかと」と踵を鳴らした。


 「じゃあ代わりに君が行ってきてよ。クリストファーですけど何か? ってさ」


 胡乱な目付きで近衛兵を見据え、そんなことを言い始める。

 ぎょっと近衛兵が後ずさるのと、長い廊下の曲がり角からミカエル=ラジェットが姿を見せたのは、ほぼ同時だった。


 「やはりまだこんな所で、ぐずぐずしておいでだったのですね」


 文官の職務よりも、第二王子の守り役としての任務がすでに主な仕事になってしまっているミカエルは、すがるように自分を見つめてくる近衛兵に合図を送って下がらせると、彼の顔を見て逃げ出そうとした主人であるクリストファーの襟首をむんずと掴み、


 「さあ、参りましょうね。アゼル王太子殿下とシャルロッテ様がお待ちですよ」


 とにこやかに微笑み、返答を待たずさっさと歩き出した。

 片手で軽々と荷物袋のようにクリストファーを引きずったまま。


 「待て、ミカ!! 苦しい! おちる、おちるってばああああああ!!!!」


 第二王子の上げる悲鳴は、もはや王宮名物といえる。

 各部屋で掃除や片づけを行っていた使用人たちは、遠くから聞こえるその悲鳴に一瞬だけ手を止め、そして何事もなかったかのように仕事に戻るのだった。



 そして現在。


 大きなテーブルにお茶と焼き菓子が並べられている。

 が、誰もそれに手をつけようとしない。

 アゼルとその婚約者のシャルロッテは、ふてくされたようにテーブルに頬杖をつくクリストファーと、その後ろに監視役のように立っているミカエルを交互に見遣り、深いため息をついた。


 「どうして私たちがあなたを呼ぶ度、逃げようとなさるの? クリス」

 「そうだよ、そんなに避けられると兄さん、悲しいな」


 「うるさいな、そうしょっちゅう縁談を持ち込もうとしなければ、俺だって逃げたりしないんだよ! 自分たちが幸せだからといって、お裾分けとかホントいらないお世話!」


 幸せ、という言葉に、アゼルとシャルロッテは顔を見合わせ、どちらからともなくはにかんだ笑顔を浮かべた。そのままそっとテーブルの上でお互いの手を重ねる。


 「ほら! それも嫌なんだってえええ。傷心の弟の前でいちゃつくな! 幼馴染で政略結婚なんて……とか言ってたシャルはどこへいったわけ? 政情を安定させる為にはやむを得ない……とか悩んでた兄上は?」


 「昔の話だ」

 「そうね、遠い昔の話よね」


 「まだ二年前だろ!!」


 ぜえはあと肩で息をつき、クリストファーは諦めたように椅子に座り直した。


 「で、今日はなんです? 何度も言ってますが、俺はしばらく結婚したくありません」


 「あら、今日は違うわよ」


 シャルロッテは、じゃーんという効果音が聞こえそうな手振りで、一通の手紙をクリストファーの前に突き出した。

 手紙の封蝋のあの意匠は――。

 クリストファーは慌ててその手紙を取ろうと手を伸ばした。


 「サリアーデ国王陛下から、直々にお招きを頂いたのよ。アゼル様と一緒にどうかって。即位30周年の記念式典が行われるのですって。私、サリアーデに行くのは初めてなの!! すっごく楽しみだわ~」


 ひらひらと手紙を見せびらかすように振って、クリストファーに触らせてくれない。

 そうだ、昔からこの従妹は俺をからかうのが趣味だった、とクリストファーは地団駄を踏んだ。


 「俺も行きたい!」


 脳裏に柔和な灰黒色の瞳が浮かぶ。

 エドワルドと婚約中のナタリア王女なのだが、クリストファーがラヴェンヌに戻って以来、一通の手紙さえ寄越してこない薄情者なのだ。

 「ご自分からお出しになったらいかがです?」とミカエルは笑うが、それは癪だった。自慢じゃないが、クリストファーが真剣に口説いて落ちなかった唯一の女が、ナタリアだった。

 

 「どうしようかしら。公務をおろそかにされるような馬鹿王子を連れていくと、我が国の恥になるかもしれないわよね、アゼル様」


 行きたい、と言い募るどうしようもない従兄弟を見つめ、シャルロッテは目を光らせた。


 「ちゃんと頑張るから! 俺も連れて行ってよ、シャル!」


 「ふふ、そんなに弟を苛めないで、シャル」


 愛しさに溢れた眼差しで、アゼルがシャルロッテを見つめると

 

 「ごめんなさい、アゼル様。でも最近、貴方が特に忙しいのは、こちらのおバカさんが出るはずだった公式行事を肩代わりされているからなんですもの。私、アゼル様の体が心配で……」


 と答え、そっと手紙をアゼルに渡した。


 「ごめん! 縁談の話があんまりしつこいから、

  意趣返しというかなんというか――。」


 流石のクリストファーもしょぼんと項垂れる。

 幼い頃から、誰に怒られようがお構いなしに、子犬のように自分を慕ってついてまわってきた可愛い弟にそう言われてはどうしようもない。

 アゼルは、笑って「いいよ。陛下に頼んでみよう」と頷いた。


 行きとは打って変わった軽い足取りで、クリストファーは自室に戻っていった。

 

 「よろしかったのですか、殿下。」


 部屋に残ったミカエルが、やれやれというようにクリストファーが消えた扉からアゼルへと視線をうつす。


 「しょうがないだろう。もう一度きちんとナタリア姫に引導を渡してもらった方が、あの子の為だろうからね」


 アゼルは平然と茶器を持ち上げ、そのまま口元に運んだ。


 「それで諦めるような方であれば、私も苦労はしないのですが……」


 クリストファーがサリアーデを訪問するとなれば、必然自分もついていくことになるだろう。かの国で起こるだろう騒動を思い、ミカエルは深々とため息を吐いた。




 

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