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永遠の約束 後編


婚約式は、それからあっという間にやってきた。


 その前に私が、ロゼッタ公爵領を視察の一環として、護衛を引き連れ訪れた時には、エドワルドはしばらく口もきけないほど驚いていた。

 私だって会いに来たかったのだもの、と正直に打ち明けると、君には敵う気がしない、と言って笑ってくれた。少し痩せたエドワルドをぎゅっと抱きしめる。

 ――ああ、早くあなたの傍で暮らしたい。

 そう呟くと「私の理性を試すな」と何故か叱られた。


 そして、待ちに待った婚約式当日。

 これが終われば、私は何の名目もなくとも、堂々と婚約者であるエドワルドの元を訪れることが出来る。


 モリーに手伝ってもらい、白のシフォンドレスに着替えた。

 仮縫い中のウエディングドレスのような手の込んだ豪華さはないが、社交界にデビューした16歳の時に着たものによく似ていたので、選ぶことにしたのだ。

 本当はあの日もエドワルド、あなたの隣で笑っていたかった。

 そんな思いを込めて。


 マアサには、真紅のドレスを着せてみた。

 ガーネットの首飾りをはめれば、まるで薔薇の精のようだ。

 いつもの団服姿のカイトとおめかしさせたマアサを引き連れ、華の宮を出る。

 出てすぐの場所から、麗々しい大きな両開き扉を振りかえった。

 ここでの生活の残り時間は、そう長くない。


 「姫様。……淋しくなります」


 カイトが私の気持ちを読んだように、そんなことを言うものだから、手に持った扇で軽くぶつ振りをした。


 「まだしばらく追い出さないでちょうだい」


 冗談にしてしまわないと、涙が出そうだった。


 王宮内に入ると、聖堂までの廊下に大勢の使用人たちがずらりと並び、両脇に立っていた。


 「姫様、ご婚約おめでとうございます!!」


 「姫様、どうかお幸せに!」


 私が通る道に、口々に寿ことほぎを述べながら、薄桃色の薔薇の花をまいてくれる。花言葉は『愛情』。どうやら王宮の人間が皆、私をどうしても泣かせたいようだ。

 鼻がツンとするのをこらえ、まっすぐに歩いていく。

 

 王女の結婚式は、国の公式行事のようなものだから、こんな時間はもう持てないだろう。私は、皆に手を振り一人一人に「ありがとう」と答えながら、ゆっくりと聖堂に向かった。


 聖堂には、もう全員が揃っていた。

 お父様、お母様、近衛騎士団団長のナイジェル伯爵。

 お兄様、リセアネ、フィン。

 今にも踊りだしそうなほどはしゃいでいるリセアネは、兄様にしっかりエスコートされていた。

 それに、ロゼッタ公爵、もちろんエドワルド。半月ほど前に領地で紹介してもらった、彼の二人の弟さんも参加してくれている。

  私と同い年のナイジェルとその二つ下の弟パーシヴァルは、初めて引き合わされた国王夫妻に声をかけられ、緊張のあまりガチガチに固まっているのが微笑ましい。


 

 「お待たせしてしまってごめんなさい」


 最後になってしまったことを詫びると、父上が「気にすることはない。女性の支度は時間がかかるものだ」と微笑んでくれた。母様は、総レースのハンカチを目元にあてながら、黙って頷いている。


 フィンはといえば、カイトの隣からマアサを引きはがし、自分の傍にちゃっかり移動させていた。マアサは緊張しているのか、珍しく素直にフィンに従っている。

 

 「どうぞ、こちらに。姫」


 エドワルドが眩暈がするほど魅力的な微笑を浮かべ、私に手を差し伸べた。

 

 愛情に満ちた甘い低音に、胸がいっぱいになる。

 エドワルドとの約束を思い出し、再びぐっと涙をこらえた。

 ここで私が泣いてしまったら、兄様とリセアネに離してもらえなくなりそうだもの。

 

 結婚式では白い儀礼服を着る予定のエドワルドだが、今日は黒の礼服に身を包んでいた。漆黒の美しい瞳と、艶やかに整えられた黒髪とが相まって、兄様が『白の王子様』だとしたら、まるで『黒の王子様』のよう。

 場所を忘れ一瞬、うっとりと見惚れてしまう。

 彼の方も私のドレス姿をまじまじと見つめ「よく似合ってる」と小声で褒めてくれた。


 「……お姉様、エド義兄様。お互いから目を離したくないお気持ちは分かりますけど、神父様が待ちくたびれて帰ってしまわれるわよ」


 わざと呆れたような口ぶりでリセアネが私達をからかったので、その場にいた全員が笑い声をあげた。


 和やかな雰囲気の中、エドワルドに手を引かれ、祭壇の前で待っている神父さまの元に進んでいく。

 それからのことは、夢の中の出来事のようにふわふわと、私の中を通り過ぎて行った。


 神父さまのお祈りが終わり、祝福を受け、誓約書にサインを交わす。

 婚姻の約束を確かに交わす、という文面の最後に自分の名前をサインする時には、感極まって羽ペンを持つ指が震えた。

 それに気が付いた隣のエドワルドが、そっと手を重ねて力の入らない私を支えてくれる。


 ナタリア=キャロライン=サリアーデ


 王女としての私の名前。

 結婚式での誓約書のサインは、最後をロゼッタに変えて行うことになるだろう。


 記念品としてエドワルドが用意したのは、金剛石ダイヤをぐるりと散りばめた細工の細かい美しい指輪だった。

 私が準備したのは、純銀の懐中時計。「金でなくてよろしいのですか?」とマアサに念を押されたが魔を祓うという銀を選んだ。心臓に一番近い場所でいつも持っていてもらえるものなので、お守りがわりになれば……と思ったのだ。


 長い手袋を外し、脇に付き添ってくれたリセアネに渡す。

 私の手を取り跪くと、エドワルドはそっと薬指にひんやりとした唇を落とした。感嘆のため息がリセアネの口から洩れる。すすり泣いているのは、あれはお母様?


 「私の忠誠心はすでにこの国と王陛下に捧げておりますが、私の愛情は、ナタリア、永遠にあなた一人のものです」


 エドワルドがそう言ってから、指輪を私の薬指にはめた。

 もう無理、我慢できない。


 「私の愛も、あなた一人のものですわ、エドワルド」


 途切れ途切れにそう答え、溢れる涙を止めようと唇を噛み締める。

 ポトリ、と頬に落ちたその涙を、立ち上がったエドワルドが優しく拭ってくれた。


 「泣かせてばかりだな、私は」


 かすれた声で呟いて、そっと私を引き寄せる。

 引き締まった固い腕で守るように私を囲い、覆いかぶさるようにしてエドワルドが「でも泣き顔も可愛い」と私の耳元で囁いたので、リセアネはやっていられない、とばかりにエドワルドの脇を細い指でつついた。


 「その続きは、誰も見ていないところでお願いしますわ、エド義兄様!」


 途端に、父上と兄様が声を上げる。


 「見ていないところでも、結婚式が終わるまでは絶対に許さん!」

 「何を言ってるの、リセアネ。私も許さないよ。ほらいい加減、妹から手を離せよ、エドワルド」


 息もピッタリに二人がそんなことを言うものだから「やれやれ、ナタリア姫様も苦労されますな」とナイジェル伯爵が同情してくれた。


 

 これで私の話は、おしまい。


 不器量に生まれたお姫様が、永遠の愛情を彼女の忠実な騎士に誓ってもらえました、というありきたりなお話。

 「ナタリアは不器量なんかじゃない!」とエドワルドが怒ってきそうなのでここまでにしておこう。


 物語ならば「そして二人は幸せに暮らしました」で終わるけれど、私たちがこの先どうなっていくかは、まだ分からない。

 けれど私は、このまま二人で努力を重ねていけば、最後までありきたりなお話の登場人物として生き、そして生涯を閉じられるんじゃないか、と期待している。



初めての投稿作品なので、お見苦しい点が多々あったかと思います。

それでも、ここまで目を通して下さった皆様。

お気に入り登録や評価ポイントで、応援して下さった皆様。

何より、感想やメッセージや活動報告へのコメントで

へたれそうになる私を励まして下さった心優しい方々に

感謝の気持ちでいっぱいです!!


本当にありがとうございました!!

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