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クリストファー王子の事情その2

 

 クリストファー王子とお供のラジェット様は結局あの後、父王陛下に謁見することになったらしい。

 曲がりなりにも隣国の王子であるということと、実は内密にユーシス国王陛下からの親書が送られてきていたことなどを鑑みて、多忙な父王が急だったにも関わらずすぐに時間を作ったのだ。


 流石に陛下の前では、あのような人を食った態度ではなかっただろうとは思うものの、心がザワザワと落ち着いてくれない。


 外出用のドレスとコルセットから解放され、部屋着に着替えた後も、彼らがどうなったのか気になって仕方なかった。

 


 夕食を済ませ、居室から更に奥に進んだところにある書斎で読書でもしてから休もうかと思ったのだが、気が昂ぶっているのだろう、背表紙のタイトルが頭に入ってこない。

 うろうろと書架の前を彷徨うばかりの私を見て、マアサがむくれた顔で「落ち着いて下さいませ」と声を上げた。


 「あのような無礼者がどうなろうと、姫様がお気に掛けることはありませんわ!陛下の怒りに触れて国外追放になったとしても、自業自得、いい気味です!」


 「マアサ、あの方はそれでも王子でいらっしゃるの。ここには私しかいないけれど、外では気をつけないと駄目よ」


 やんわりと戒めるが「でも私、悔しくて!!」と気が収まらない様子だ。


 「本当に姫様に求婚されるおつもりなんでしょうか? 一年前ああまで言って断ったのはあちらなのに、図々しくもやっぱり姫様が欲しいなどと言われたら、どうするおつもりですの?」


 言ってるうちに興奮してきたのか、マアサの大きな瞳にはうっすら涙が溜まっている。

 

 「貰って頂けるのなら、嫁ぐつもりよ。私に結婚を申し込む初めての方に、本気でなって下さるつもりがあるのならね」


 マアサは、何度もかぶりを振って、震え声で「まさか、本気ではございませんでしょう? 姫様の伴侶となられるべきなのは、あのような方ではないはずですわ」と言い募った。


 どうして私の周りの者はみな、私自身をありのままにみようとしないのだろう。

 

 「私をよおく見て、マアサ。どこにでもあるこの茶色い髪を。大きくもなく睫毛だって短い一重の目を。小さいだけの鼻と、特に魅力のない唇を。……ねえ、私は兄様やリセアネとは違うの。器量望みして下さる方など現れはしないわ。だったら、少しでもこの国に利点のある方をお相手に選ぶのが、賢いやり方だと思わなくて?」


 なんとかマアサに分かって欲しくて、懸命に説明する。

 言いながら自分がみじめになったが、本当のことなのだから仕方ない。

 マアサは驚きに目を見開き、黙って最後まで聞いていたが、私が言い終わると、ゆっくりと一度瞬まばたきをした。拍子に、ポツリと涙がこぼれる。

 薔薇色の美しい頬を伝う涙に、胸がきつく絞られた。

 悲しませている。私のせいで。


 ああ、どうか泣かないで。

 そして分かって。

 私に選択肢など初めからありはしないのだと。


 「姫様はお美しいですわ」


 マアサは、ぐいと頬を手の甲で拭うと、挑むように私を見つめた。

 その瞳の奥に、微かな怒りがたゆたっている。

 私は、息を飲んだ。


 「マアサ。――どうして分かってくれないの?」


 「分かっておられないのは、姫様です」


 ここまで頑として譲らないマアサを見るのは、初めてだった。


 「人の美しさとは、その造作だけでしょうか? 私はそうは思いません。姫様の繊細で思いやり深い優しさが、その目に現れていることに、何故お気づきにならないのです。慈しみ深く微笑む姫様の唇が、人を惹きつけてしまうのだと、どうして自覚なさらないのですか? ご自身をもっと大切になさって下さいませ! そうでないと、姫様を愛する私達皆が、あまりにみじめでございますっ!!」


 叩きつけるように言い切ると、マアサは咽び泣きながら書斎を飛び出していった。

 茫然と、彼女の背中を見送る。

 マアサに言われた言葉の一節一節が、痺れたままの感情に鋭く突き刺さった。



 

 よく眠れないまま、次の日の朝が来てしまった。

 着替えの手伝いに現れたのは、瞼を泣き腫らして酷い顔をしたマアサだった。

 

 もしかしたら私を避けるためにモリーに代わりを頼んで今日は休みを取るのではないか、と心配していただけに、心からホッとした。


 マアサは何事もなかったように、いつもの支度を始めた。

 毅然とした態度で振る舞っている彼女に、感謝の思いがこみ上げてくる。

 私に昨夜の言動を咎められたとしても、マアサは決して謝らないだろうと予想していた。謝れば、自分の言葉が間違いだと認めることになる。


 私こそが、どうか謝らないで欲しいと強く願っていたのだと、彼女の顔を見て初めて気が付いた。


 「今日は、こちらのドレスにいたしましょうよ。少し肌寒くなって参りましたから、長袖ですけれど、袖口に向かって広がっているラインが綺麗でしょう? 紗のかかったクリーム色が姫様の肌によく映りますし、襟ぐりのレースなんて、もはや芸術品ですもの」


 「ちょっと大仰過ぎないかしら? 今日は特に外出の予定があるわけではないのだし……」


 「いいえ。王太子殿下とリセアネ姫が、昼食をご一緒されたいと仰せのようです。朝一番に伝令が参っておりますの。光の宮まで足を運ぶように、とのことですわ」


 光の宮で?


 3人で昼食を取ることはよくあるが、王宮の食堂に集まるのが慣例となっていた。もちろん各々の宮にも食堂はあるのだから、支障はないのだけれど、いつもと違うことに若干の不安を覚えた。


 「そう……ではそのドレスでいいわ」


 「はい、姫様」


 てきぱきとドレスを着つけていくマアサのつむじを、ぼんやり眺める。綿でも詰まっているかのように、寝不足の頭が重かった。


 その時の私は、クリストファー王子のことなどすっかり忘れていた。



 約束の時間になったので、マアサとカイトだけを供につれ、光の宮へと向かう。宮に入り兄様への取次ぎを頼んだところで、後ろの二人に声を掛けた。


 「ここまでで大丈夫よ。終わったら知らせを送るから、それまで華の宮で、自由に過ごしていてちょうだい」


 「御意」

 「分かりました」


 そうは言っても、私がいなくなるまで見送るつもりなのだろう、二人ともその場を動かない。そう時間を置かずに、兄様が現れてくれたので助かった。

 カイトは腫れぼったい目の主人とそれより酷い顔の侍女を一目見てぎょっとし、その後ずっと何か言いたそうに、こちらをチラチラ見てきていたのだ。

 事情を上手く説明する自信がなかったので、悪いとは思うが早く彼から離れたかった。


 「よく来たね、ナタリー。さあ、奥までおいで。今日は、私の居室に席を設けてあるからね」


 「ごきげんよう、兄様。お招きありがとうございます」


 型どおりの挨拶をした後、妙に上機嫌の兄の後を追うように奥へと向かう。王太子の居室ともなれば、広さは充分だろうが、個人のプライベートスペースでもあるその場所で食事を取るなんて、思いもよらなかった。

 

 誰にも聞かれたくない話がおありになるのかしら?

 

 自分と王子との話ではなさそうだ、と素早く判断してこっそり息をつく。

 もしそうであれば、兄があれほど上機嫌なはずはない。

 

 「給仕の者以外、みな下がるように。昼食会が終わるまで、誰の取次ぎも受ける必要はない。いいね?」


 兄様の側近たちが、その言葉で一斉に中の間から出て行く。私は、その中の間と続きになっている兄様の居室へと足を向けた。


 「どうぞ、私の可愛い姫」


 両開きの扉を押し開けて、兄様がわざとお辞儀をする。

 いつもの軽いおふざけに微笑みながら部屋に入った瞬間、私の笑顔は凍りついた。


 部屋の中央にしつらえられた大きな丸いテーブル。

 すでにテーブルいっぱいに料理が並べられている。

 そこで私を待っていたのは、リセアネだけではなかった。



 

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