仕組まれた再会
今回の教会バザーへは、いつもより多くのハンカチを持って行くことが出来そうだ。子供の好む鳥や猫などの生き物を中心に刺繍を施した大判のハンカチ一枚一枚を、丁寧に畳んで袋に詰めていく。
先月は、6歳くらいの女の子に「がっこう、いけるようになりました。ありがとう」と、覚えたてなのだろう大きな字で書かれた手紙を貰った。
今まで貰った子供たちからの手紙は、全て大切な宝物として寝室の文箱に保管してある。王女としての自分の存在に自信が持てなくなる度に、取り出して一通一通を読み返しているのだということは、マアサにさえ内緒にしていた。
「姫様がそこまでご自身でされなくても、よろしいのでは?」
居室の花瓶に新しい花を活け替えながら、モリーが不満げな声を漏らした。私は、にっこり微笑んで首を振った。
「あら、好きでやっているのよ。こうして手を動かしていると、心が落ち着くのだもの」
「本当に姫様は、昔から変わっていらっしゃる」
モリーは呆れたように私を見つめた。
だがその声色には、小さな娘に対するような慈愛の響きが混じっていたので、私をますます微笑ませた。
モリーが12歳の時に奉公に上がった貴族のご夫人は、自分を飾り立てることと、使用人を苛めることにしか興味がなかった、とだいぶ前にポツリとこぼしていたことがある。王宮に上がれたのは幸運だった、と続けたモリーに、その時の私は胸を痛めることしか出来なかった。
12といえば、まだ守られるべき子供なのに。
苦労話を誰かから聞くたび、安穏と贅沢な環境の中で暮らしている我が身が、恥ずかしくなる。その負い目から逃れる為に、必死に慈善事業に取り組んでいるのかもしれない、と自分の偽善に嫌気がさす日もあった。
兄様に一度、そう打ち明けたことがあるのだが
「やらない善より、やる偽善だと私は思うよ。実際、ナタリーのおかげで助かっている民が一人でもいるのなら、それは誇りに思うべきじゃないかな」
と諭された。
そうかもしれない、と納得し、私は今でも欠かさず毎月教会に通っているのだ。
続きの間からマアサが現れ「姫様、そろそろお時間ですわ」と教えてくれた。
控えていた数名の侍従達が、ハンカチの紙袋を一つにまとめた。私の趣旨に賛同してくれている貴族の方々から届けられた品物もあるから、かなりの量になっているのだけれど、やすやすと運び出していく。
「では、参りましょうか」
顔をまっすぐに上げ広い廊下に一歩踏み出すと、両壁に控えた騎士たちが一斉に胸に手を当てた。
バザーは今回も大盛況のうちに終わった。
教区長のお年を召した乾いた頬が、バラ色に染まっているのを嬉しく思いながら見つめる。
サリアーデでは、6歳から12歳までの子供は、希望すれば教会の敷地にある校舎で、読み書きと計算を学ぶことが出来る。
王都には、南北東西に分かれて四つの教会があるのだが、校舎の机はいつも余っている、と耳にした。
学費はかからないはずなのに、といぶかしく思い、近習の文官に調べさせると、「文房具や教科書代を工面できない親が多いようです」との報告が上がってきた。
すぐに、私は王太子である兄様にこの話をし、バザーを開く許しを兄を通じて、陛下から頂くことが出来た。
それから、三年が経つ。
今では、どの教会の校舎にも少しずつ子供が増えてきた、と教区長は教えて下さった。
「姫様のなされている事は、地方にまで伝わっているようで、最近では、領主自らがバザーを行って貧しい子供たちを支援している土地もあるそうですぞ」
「それは素晴らしいわ! 神の慈悲深いご加護に感謝しなくては。国中の子供たちの識字率が上がれば、我が国の産業もますます栄えていくことでしょうね。国民が自らの生活の安定を手に入れられないのなら、心の平安も遠いままでしょうし」
「仰る通りでございます、王女殿下!」
教区長が大げさなほど喜ぶので、少々くすぐったくなる。
私は、名残惜しそうにこちらを見送る子供たちに手を振り、本教会の敷地を後にしようとした。
その時。
「待ってくれ!!」
大きな張りのある声が、辺りに響いた。
反射的に、護衛の騎士たちが剣の柄に手をかける。
私のすぐ後ろに付き添っていたマアサが「あの方は、まさか……」と息を飲んだ。
すぐには自分の目が信じられない。
誰も周りにいなければ、行儀悪かろうが何だろうが、ごしごし瞼をこすりたいところだ。
教会の敷地と街の境目にある大きな門の近くに、彼らは立っていた。
隣で頭を抱えているのは、側近なのだろうか。
たった一人しかいない供を連れ、隣国の第二王子は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、私に向かって手を振っていた。
「ここ!! ここだよ、ナタリア姫~!!」
何とか立ち直ったらしい連れに、頭を叩かれて、飛び跳ねるのは止めたようだが。聞こえているに決まっているのに、何度も私の名前を連呼している。
騎士たちはどう判断するべきなのか迷って、私の方を注視したままだ。
「姫様。あの無礼者をいかがされますか」
第一王女付きの筆頭騎士であるカイトにそう問われたが、返事をかえす余裕がない。しばらくの沈黙の後、ようやく口を開き、かすれた声を押し出すことが出来た。
「マアサ、私の目がおかしいのかしら。あそこにいらっしゃるのが、クリストファー王子に見えるの」
「――いいえ。間違いないかと。あの方の軽薄そうな、美しいお顔は、わたくし、心に刻んでおりますので」
ドスの聞いた低い声で、一節一節に憎しみを込めながらマアサが答えた。彼女の後ろに紅蓮の炎が見える。
正直、怖い。怖すぎる。
後ろをあまり見ないようにしながら、私は片手をあげ騎士たちを下がらせる合図をした後、すっと息を吸った。
「ここで何をなさっているのです、クリストファー殿下」
みるみるうちに、彼らの周りの人垣が崩れていく。
大勢の民が遠巻きに彼らを取り囲む中に、2人だけが、ポツンと取り残されていた。
「クリストファーって?」
「あ、あの方じゃないかい、ほら」
「ああ、姫様の昔の……」
「この人が!?」
ざわめき声が膨らんでいき、クリストファー王子はようやく私の名を呼ぶのをやめてくれた。そのまま、何食わぬ顔でこちらに近づいてくる。
猛獣のような唸り声を喉から漏らしているマアサを右手で押さえ、私は必死に笑顔をこしらえた。
「久しぶりだね、姫。こんなところまで、わざわざやってくるなんて、俺はツイてたな」
こんなところ呼ばわりされた教会の神父さま方が、今度はざわつき始める。口の悪さは、一年成長されたところで変わるものではないらしい。
クリストファー王子の後ろを覚束ない足取りでついてきたお供の方は、先程から何か言いたげなのだが、主に紹介されないうちに王族に対して口をきくのは不敬にあたる、と弁えているようだった。
「ラヴェンヌから使者が参ったなどと、誰からも聞いておりませんでしたので、驚いてしまいましたわ」
扇で口元を隠しながら、控えめに突飛な王子の行動を非難すると、彼はあっさりと首を振った。
「使者なんて送ってないからな。俺は、お忍びでここまで来たんだ」
全く忍んでいないではないか。
喉元まで出かかった言葉を、何とか飲み込んで
「なぜ、そのようなことを? 王宮を訪ねて下されば、儀礼に乗っ取り丁重におもてなしさせて頂きましたのに」
と言葉を紡いだ。
「いや、堅苦しいのは、もう懲り懲りだよ。それに、クロがまだ怒ってたらやばいな、と思ってさ」
クロ、というのは兄様のことだろうか。
頭がくらくらする。
眩暈を感じ、一歩後ずさった私をマアサが慌てて支えてくれた。
「お気を確かに、姫様!」
小声で囁いたマアサに気づいたのか、クリストファー王子は私の腰に両手を回し、少し持ち上げるようにして自分の前にまっすぐ立たせた。
「胸の割に案外、腰は細いんだな。もっとしっかり食べないから、倒れそうになるんだぜ?」
「姫様になんという真似を!!」
衆人環視の中でのあまりの所業に我慢が出来なくなったのか、カイトが彼を私から引き離そうと足を大きく踏み出したので、慌ててそれを制する。
「なりません!」
「しかし!!」
「下がりなさい、カイト。他国の王族に対して、無礼は許しません」
こいつは思いっきり無礼を働いているではないか、という顔つきのまま、カイトはそれでも黙って下がってくれた。あとで、しっかり労をねぎらってやらねば。
「なんでそんなにピリピリすんだろ。俺、なんか悪い事言った? ミケ」
クリストファー王子が首を捻りながら、供の殿方に声をかけた。
ミケ、と呼ばれたその男性は「恐れながら、悪い事しかおっしゃっていないかと」と答えている。
こちらの方とはまだ話が出来そうだ。
すがる思いで見つめていると、彼は恭しく礼を取り、私の前に跪いた。
「わたくしは、ミカエル=ラジェットと申します。王女殿下のご尊顔を拝することができ、恐悦至極にございます。ラヴェンヌ王国では、クリストファー殿下付きの文官を勤めてさせて頂いております。この度は、大変な無礼を主がしてしまいました。どうか、お許し願いたい」
私は、右手を伸ばし手袋越しの接吻を許した。
ようやく馴染みのある挨拶を受けられ、ホッとする。
「どうかお立ちになって、ラジェット様。はるばるのご来訪、大変嬉しく思いますわ。ここでは何ですので、王宮にご案内いたしましょう」
「なんと寛大なお言葉でしょう。王女殿下の優しいお心遣いに、感謝いたします」
王子といえば、やれやれというように軽いため息をつきつつ、私たちのやり取りを見守っていた。
――ああ、兄様。
この度し難い殿下との接し方を、私に教えて下さいませ!
そこからどうやって馬車までたどり着いたのか、あまり記憶はない。
二台の馬車で来ていて、本当に良かったと神に感謝したのも束の間「俺、こっちがいい」と王子が言い、返答も待たずサッサと私の馬車に乗り込んできたので、マアサは額に青筋を立てた。
「恐れながら、未婚の姫様を殿方と2人きりで、馬車にお乗せするわけにはいきませんわ!」
マアサのきつい物言いにも動じず、クリストファー王子はにっこりと笑った。
「結婚ならちゃんとするよ。それなら文句ないよね」
私は、気が遠くなるのを必死でこらえた。




