仕組まれた再会~SIDEミカエル~
息を飲んで、まじまじと見つめる。
編み込んである髪の色は、栗色。控えめに施された化粧と簡素なワンピースに外套を纏っただけの恰好だが、見間違えるはずはない。
もしやと思ったが、近づいて正解だった。
あの日零れそうな涙をたたえていた灰黒色の瞳は、見違えるほど嬉しそうに輝いていた。
三人の供を連れ、たった今店を出て行ったあの女性こそが、今回の旅の目的であるナタリア王女だ。
混雑した店内をすり抜け、一番奥の席で待っていた主の前に腰を下ろす。周囲の娘達が、ちらちらとこちらを伺っている。
太陽のように眩しい金髪と、晴れた空のように真っ青な瞳の我が主は、素知らぬ顔でグラスを傾けていた。
幼い頃からその美貌で周囲を圧倒してきた彼にとって、憧れや感嘆の視線など、空気のようなものなのだろう。華やかな造作に、年を重ね色気を増し加えた彼は、同性の私から見ても、魅力的な雄だと言うほかない。
そう、少なくとも外見だけは。
「どうだった、ミケ」
「ミケはやめて下さい。何度も言うようですが、私の名は、ミカエル=ラジェットです」
「じゃあ違ったのか? ミカ」
「もうミケで結構です。……いえ、やはりそうでした。ナタリア王女殿下に間違いないかと。あの恰好からして、お忍びの視察でしょうか」
「いや、あれは逢引だろ。あんなに主人と距離の近い護衛がいるか」
主は、面白くなさそうにぼやいた。
無駄足だったかな、と小声で呟き、トン、とグラスをテーブルに戻す。
「向こうに男がいたんなら、黙ってやられなきゃ良かったな。クロのやつ、思いっきり打ち込みやがって。模擬戦用の剣じゃなかったら、一撃目で死んでたぜ」
「恐れながら、クリス様の腕前では、本気で抗ったとしても一方的にやられていたかと」
「ほんとに恐れ多いな、お前」
呆れたようにくつくつと笑い、主はそのまま席を立った。
「荒事はお前にまかせるさ、ミケ。俺はただ、謝りに来ただけなんだから。何とか姫をつかまえて許してもらいたいが、アイツらが邪魔過ぎる」
伝票を掴み、慌てて私は彼の後を追った。
気ままな主は、目を離すと糸の切れた凧のように、すぐに姿が見えなくなるのだ。
急いで会計を済ませ、うっとりと主の背中を目で追っている店の女から無理やりお釣りをもぎ取って、外に出る。主は店の外壁に背中を預け、思案気に空を見上げていた。
「ねえ、見て!」
「はぁ~。素敵。どちらの御子息でいらっしゃるのかしら……」
「声をかけてみたら?」
「ばかね、私達みたいな庶民を相手にされるような身分の方にみえるの?」
案の定、まずい事態になりかけている。
早く別の場所にお連れしなければ。
大勢の娘たちに取り囲まれて身動きが取れなくなるようなことは、一度で沢山だ。
若い女は、みな噂話が好きだ。まかり間違って、その噂話が広まり、万が一、王城のクロード王太子殿下の耳に入ってしまったら――。
『金髪碧眼の尊大な態度の外国人らしき若い男が、城下にいるそうです』
『ふうん。どんな素性の男なのかな。もっと詳しく調べてみて』
素早く脳内でシュミレーションしてみようとしたが、悪寒がしたので止めておいた。クロード王太子殿下だけは、絶対に敵に回したくない。
第二王子付きの文官として働いている私だが、剣の腕にもそれなりの自信がある。だからこそ、今回の旅の護衛に選ばれたのだ。その私にとっても、一対一で向き合いたい相手ではない。頭のほうもかなり切れる、と聞く。
昔我が国に留学されていた殿下に、何度かお目にかかったことがあるが、その当時から未来の王にふさわしいカリスマの片鱗をのぞかせていた。
天は二物を与えず、というがその文句は、クロード王太子殿下にだけは当てはまらないと思う。
あれは、我が主の為にある言葉だ。
「クリス様、参りましょう」
「ああ。しかし、どうしたもんかなぁ。王宮を直接訪ねたら、今度こそクロに抹殺されるよな、俺。かといって、会えなかったってすごすご国に戻ったら、父上に真っ二つにされそうだ。」
「弁えていらっしゃるなら、口に出さないで下さい」
まだナタリア姫との事を考えていたらしい。
彼が何かを考えると、いつでもロクでもない方向に話が進むのだから、常に無の状態を保っていて欲しいものだ。
こんなことになるのではないか、と危惧したからこそ、あの時も苦言を呈してお止めしようとした。
ありのままの事情を、ナタリア姫には打ち明けるべきです、と。
我が国には、2人の妃がいる。
一人が、正妃であられるクリス王子のお母上。
もう一人が、傍妃でありながら王陛下の寵愛をその身に集めていらっしゃるアゼル王太子殿下のご生母だ。
身分の高さでいえば、もちろん正妃であられるヴァイオレット様の方が上なのだが、先に男子をあげたのは傍妃のマリーン様だったものだから、話はややこしくなった。
並み居る大貴族達の進言を退け、現王であられるユーシス陛下が早々にアゼル王子をご自身の跡継ぎに定められたので、ラヴェンヌ王国の中枢はしばらく勢力争いで揺れることになってしまったのだ。
そんな中、クリストファー王子と隣の大国・サリアーデの第一王女であるナタリア姫の結婚話が持ち上がった。
クリストファー王子は、幼い頃から4つ年上の優しい兄を大変慕っていたので、王太子殿下の地位を脅かすような結婚は断じてしたくない、と激しく抵抗したのだが、王妃の凄まじい怒りに触れ、結局はサリアーデに送りこまれる羽目になった。
王太子殿下を擁護する一派は、流石に殺気立ってたようだが、当のご本人は「私のことは気にせず、楽しんでおいで」と穏やかに仰っていた。
我が国の王太子殿下は、温和で誠実な方なのだ。
ユーシス陛下に先見の明があったと、言わざるを得ない。
『兄の為に、この話は白紙に戻したい』
素直にそう伝えれば、賢明だと名高いナタリア姫のこと、事情を察して上手く取り計らってくれるのではないか、というのが側近の私の意見だった。
ところがクリストファー王子は、頑として譲らなかったのだ。
跡継ぎ問題で内政が揺らいでいることを他の国に知られるのはまずい、と王子殿下は主張した。彼が口にしたとはすぐに信じられない程、筋の通った意見だったので、私も退いてしまったのがいけなかった。
……まさか、あんな短絡的な手段に出るとは。
クリストファー殿下の問題を引き起こす潜在能力を、甘く見積もり過ぎていた。
ラヴェンヌ王家の恥を晒してどうする、などと、彼は珍しく自分の置かれた立場を自覚するようなことを言っていたというのに。
結果、王子自身が恥を晒したのだが、クロード殿下の剣試合の申し込みを甘んじて受けたのは立派だった。ユーシス王が怒りに打ち震えながら、国元で彼を待ち構えているとは、予想もしていなかったようなのが哀れだったが。
宿に戻り、一室にクリス王子を押し込めて、ようやく一息ついた。
決して外に出ないように、きつく言い含めておいたので、しばらくは大丈夫だろう。
しかし、これからのことになると頭が痛い。
とにかく情報を集めなければ、と決意して、外出することにした。
いろんな店を回り、ちょっとしたものを買うついでに、世間話の体を装って、王女の話題を振る。
王都見物に隣国から来た旅行者だと名乗ると、大抵、気持ちよく歓迎してくれた。
「あんな素晴らしい王女はいないって、あちこちで聞いてさ。一目拝んでから、国に帰ろうかと思ったんだが、そうそう上手くはいかないなぁ」
「なんだい、あんたはナタリア姫目当てなのかい?」
どの店のオーナーも従業員も、みな誇らしそうに表情を明るくした。
あんな姫様はなかなかいるもんじゃない、と口々に自慢してくる。ここまで民に慕われているとは、思っていなかった。少々面食らったが、そりゃすごい、という風に調子を合わせた。
何軒目かの店で、人の良さそうな老人が「ナタリア王女様なら、毎月十の日に本教会においでになるよ」と教えてくれた。
学校に通えない貧しい子供を支援するため、ナタリア王女が教会の名のもと、バザーを行っているらしい。王女自らが刺繍を施した美しいハンカチは、毎回あっという間に売り切れるという。
「へえ、そりゃいいこと聞いた。そこに行けば、ご尊顔を拝めるチャンスが俺にもあるってわけだ」
私がそう喜んでみせると、老人はふぉっふぉっと歯の抜けた顔で笑った。
「ほんとに遠くからなら、じゃがな。近衛騎士の皆様に、そりゃ大事に守られておるから、よほどの運がなくちゃ、お顔まではみられるかどうか……」
顔ならついさっき拝んだばかりだ、と内心一人ごち、店に置いてあった煙草を買って、そのまま外に出た。
宿に帰ってみると、王子がなぜか怒っていた。
私の手にぶら下がっている買い物袋を指さし、「俺も出歩きたかった!!」と怒鳴ってきたので、思いっきりその顔めがけて、袋を叩きつけてやった。
「いてっ! 何するんだ、ミケ!」
「失礼。仕事のストレスで錯乱してしまいまして」
王子のやらかした不始末のせいで私の出世が遅れたら、どう責任を取るつもりなのか、今度じっくり膝づめで聞いてみなければ。




