【悲報】 人類さん滅亡する
結局、執筆検証企画は1週間を費やす事もなく、スポンサーの全撤退という形で有耶無耶になった。
俺としてもこれ以上筆を執る義理はないのだが、丸川がブース撤収に来るまでは滞在する事にする。
(一人では搬出不可能な量の私物を丸川側が運んでくれる約束なのだ。)
「独野先生、まだ粘るんですか?」
『え? 何が?』
「あ、いや。スポンサーが全撤収した今、もう書かなくてもいいじゃないかと。」
『一応、漫画版のおまけSSの依頼を受けてるんだよ。
もうギャラも貰っちゃったしな。
自宅に戻ってから書いてもいいけど、それだと後でゴチャゴチャ言われるだろ?』
「漫画版、出るんですか?」
『いやあ、出ないでしょ。
俺が丸川なら絶対に出さないよ。
作画のウリエル山下先生には悪いけど、確実に出ないと言い切れるね。』
「じゃあ、書かなきゃいいのに。」
『他にやる事もないしな。』
「暇ならファンの一問一答に応えてあげてくれませんか?
折角同接数1位なんですか。」
『1位? へえ、企画ポシャったのに今日もバズってるんだな。』
「いえいえ! そういうレベルじゃないです。
世界2億6千万同接。ギネスですよ?」
『え? 2億? 何で?』
「いやいやいや! 先生は昨今のAI不況を象徴する人物ですから。
そりゃあ注目されて当然でしょう。」
『んー? 不況を俺の所為にされても困るよ。
いやリストラされた連中は気の毒だと思うよ?
でも、それが俺の責任みたいに言われるのは…ちょっと釈然としない。』
「まあ、仰る事はそうなんですけど。
先生の場合はなまじアニメが世界中でバズった直後ですからね。
有名税、的な?」
思わず溜息が漏れる。
アホらし。
確かに俺はAI執筆で大儲けしたよ?
でもさあ、リストラまで責任負わされるのはおかしいでしょ。
『……んで?
その2億6千万の視聴者って、いったい何を見てるんだ?』
「え? そりゃあ“炎上の後始末”ですよ。
世界中の人が、これから独野先生がどうするかに注目してるんです。」
『俺、そこまで重要人物か?』
「世界的炎上の主役ですよ?
今や独野先生はAI不況のシンボルマークですからね。」
『おいおい、責められるべきは開発したエンジニアだろ!』
「え?
だって先生はこの業界じゃ珍しいエンジニア出身者ですし…」
『…えー?
もはや、それは言い掛かりだろ。』
「AIって抽象的な存在でビジュアルイメージがないでしょ?
それがバッシングの難しさに繋がってた訳で。
でも今回の炎上で、AIに【独野屑男】というシンボルマークが誕生した訳です。
ほら、画像拡大しますね。
昨日ロンドン市内で行われたラッダイトデモです。」
『え?
何でロンドン?
そんなの俺に…』
「ほら、画像右下をよく見て下さい。」
『え?
うおっ!!
俺の顔写真が燃やされながら投石されとる!!!』
「他の地域のデモも概ね先生の顔写真が登場しますよ。
ソウルのデモでは御丁寧に先生を模した人形が逆さ吊りにされて焼き尽くされましたから。」
『おいおい!
俺の所為にすんなよ!!』
「いや、国際世論も分かってますって。
ただ、何かを憎む時って象徴が必要じゃないですか?」
『それが…
俺か?』
「まあ、コメント欄を翻訳する限りは。
漢語圏やスペイン語圏は特にキツいですね。」
『アイツら何て言ってるの?』
「先生の精神衛生上、あまり宜しくない発言をしています。」
『マジかー。
俺、殺されるんじゃないか?』
「うーーん。
日本国内は多分大丈夫だと思うんですけど、海外には行かない方が無難だと思います。」
『怖くて行けねーよ。』
執筆を終えた俺は椅子にもたれ掛かって糸斗と雑談に興じる。
タイピングさえ止めれば同接数が減るかと思ったが…
駄目だ増加が止まらない。
聞けば、世界各国で俺の発言が翻訳・歪曲・切り抜きされて拡散されているらしい。
いや、俺だって現代人だからさ。
バズるのは夢だったよ?
でもコメント欄に【Kill】とか【执行】とかの文字列ばっかり見える訳じゃない。
ヤバいなあ、完全に詰んだ。
「先生、食事とかちゃんと取ってます?」
『糸斗さんとの会話が終わったら食べようと思ってたんだよ。
そっちは?』
「あ、いえ。
こっちも似たような物です。
食べるタイミング逃しちゃって。
いつもはオニギリ位なら配信中に食べてるんですけど。
まさか先生と話している最中に食べる訳にはいかんでしょ。」
『いやいや!
気を遣わなくていいよ。
普通に食べて。
アンタ、全然食べてないだろ。』
「あー、でも。」
『じゃあ、俺も食べるからさ。
お互い遠慮はなしってことで。』
俺は配信を切らないことに決めた。
何故なら、ヘイトが頂点に達している今の時点で配信を切ってしまうと、それが俺の評価として固定されてしまう。
無論、続ければ好感度が稼げるという訳ではないのだろうが、露出し続ける事によって印象を好転させるチャンスを探りたかった。
糸斗にだって無理をするメリットはある。
チャンネル登録者数があり得ない伸び方をしているのだ。
今のアイツ、普通に日本ランキングに入っている筈だ。
それが男同士でオニギリを喰ってる様を眺め合っている理由。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
糸斗と話し合って、休憩中もカメラを回し続けることになった。
今、画面には俺も糸斗も映っていないが、コメント欄だけは恐ろしい速度で流れている。
『チラシの裏にでも書いてろよな。』
「まあまあ先生、有名税ということで。」
『高い税金になっちまったなぁ。』
寝室で江井とボヤき合う。
コイツも災難だよなあ。
『なあ、江井さん。
MARUKAWAって年内もつの?
違約金エグいって聞いたよ。』
「そうですねえ、外資は訴訟額が一々天文学的ですから。
相手が日本企業だと滅茶苦茶な判決も出ますしねぇ。」
『なんかゴメンな。
倒産しても江井さんは逞しく生きてくれよな。』
「あー、また他人事みたいに言う~♪ (ぽかぽか)」
『痛たた。
ゴメンゴメン。』
「でも、大丈夫です。」
『ん?』
「さっき帰社した時に聞かされたんですけど、弊社から一発逆転の公式発表があるらしいですよ。」
『へー。
まあ、あれほどの大企業なら違約金封じもちゃんと考えてるだろうしな。
とか言って倒産発表だったら爆笑だよな。』
「もー!
すぐに酷いこと言うんですから!
…それが、妙に華やかな感じなんです。
赤絨毯とか、ライトとか……まるで記者会見というより“イベント”です。」
『……嫌な予感しかしねぇな。』
俺達は交代でシャワーと着替えを済ませて、この時間をリフレッシュに充てる。
例によって江井が嬉しそうにベッドを占領。
いや、オマエの所為で俺はソファーに追いやられてるんだけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、20時になった。
江井のスマホからアラーム音のような物が聞こえた。
社員は発表の視聴を義務付けられているらしいので、2人で見守る事にする。
MARUKAWAのロゴ。
赤い絨毯。
背後に光り輝くステージ。
司会の女(AI合成っぽい)が満面の笑みで叫ぶ。
「弊社の新事業発表をご覧頂きありがとうございます!
まずは概要から♪
株式会社MARUKAWAは──
本日、本時刻より新しいAI事業に参画致します!!」
『え!?
嘘だろ!?』
思わず画面に食い入る。
馬鹿かコイツら。
これだけAI不況の元凶みたいに言われてる今、それは流石に悪手だろう。
ただでさえ出版業は人気商売。
本業捨てる気か?
案の定、コメント欄に罵詈雑言が溢れかえる。
うわあ、火に油を注ぐなよなあ。
<は???>
<炎上真っ最中にAI事業とか正気か?>
<マジで火に油で草>
<これが企業広報の限界かぁ…>
<不買運動せなアカンな!>
<もう人間切り捨てる宣言やん>
<AI使って大儲けした側が何イキってんねん>
<被害者感情まるで理解してなくて草も枯れる>
<言うに事欠いて「AIは希望です!」wwww>
<ほんま呆れるわ、もはや人類の敵やろ!>
<これでスポンサー戻ってくると思ってるの逆にすごい>
<現場の人間がどんだけ首切られたと思ってんねん>
<あの笑顔が余計ムカつく>
<炎上マーケ、雑すぎやろ…>
<これが企業の“誠意”っすかw>
<被害者の声ガン無視で草>
<信頼を自ら焼却処分するスタイル>
<もう終わりやね、この会社>
<丸川焼き討ちじゃ!!!>
当たり前だが、一瞬にして憎悪が頂点に達する。
ったく馬鹿かよ!
前から空気の読めない会だとは思っていたが、ここまでとはな!
「……皆さまの不安も、ご不満も、全て理解しています。
AIの所為で仕事や夢や愛するものを失った人々がいることも。
だからこそ、我々は全ての人々が幸せになる方法を選びました。」
コメントの流れが、刹那だけ停まった。
俺も江井も、思わず息を呑む。
嫌な予感しかしない。
「今から発表するのは……
“誰もが望んでいた”夢のサービスです。
あなたの心を、AIが満たします。
この瞬間、世界は変わります――」
コメントの流れが止まった。
文字列達が視界の次の言葉を凝視している。
「せ、先生…
ち、近いです…」
江井の弱弱しい声に我に返る。
興奮のあまり身体を抱き寄せてしまっていたようだ。
『あ!
ゴメン、そんなつもりじゃ。』
「いえ…
私は嫌じゃないです…」
俺はわざとらしく深呼吸をすると、何事も無かったように手を離す。
危ない危ない。
コイツ可愛いから理性を保つのが大変なんだよな。
「弊社が始めるのはAI婚活マッチングサービスです。
その名も【ニコニコ婚活】
AIの技術力で皆様1人1人に理想の伴侶をお届けします。
しかも無料!
画面右下のQRコードからご登録下さいねー。」
俺と江井は顔を見合わせる。
え?
前から突飛な会社だと思ってたが…
巨額の違約金請求にパニクったか?
「登録して、好みの異性を入力しただけで
3営業日以内に貴方の理想の恋人が御自宅に届きます。
固定費、追加料金一切掛かりません!!
無料で永遠純愛! これが令和の常識♪
びっくりするほどユートピア!!
びっくりするほどユートピア!!」
<ちょ、待てよ!?>
<ワイにも彼女来るんか!?>
<登録したでー♪>
<丸川さんならやってくれると信じてました!>
<AI最高!!!!!!!!!!>
<手のひら返し選手権2025>
<いや、ワイはまだ許してへんからな…(登録ポチー)>
<いや〜AIって素晴らしい技術ですねぇ(ニチャア)>
<え、何? え、何?>
<アンチ共、今どんな気持ち?wwwww>
<これは革命(真顔)>
<いやいやいや、今までの怒りどこいったんやw>
<炎上の原因:嫉妬 解決策:全員に配る>
<オラオラ、アンチ共! はよ丸川様に謝罪せんかい!!>
コメント欄が反転し、別の異常さが頂点に達する。
俺や丸川出版の公式アカウントはとっくの昔にバースト済。
『…江井さん。
アンタら何がしたいんだ?』
「私、平社員ですぅーッ!」
俺はただ呆然と、反転したコメント欄を眺めていた。
憎悪も怒号も完全に消え去っている。
『…オマエらAI嫌いだって言ってたじゃねーか。』
「…あ、あの!
先生もAIは嫌いですか?」
『ん?
いや、好き嫌いも道具だろ。』
「…そ、そうですよね。」
この日、人類の滅亡が決定した。




