90話 神絵師が同じ学校に通ってた件
9月第一週。
月曜日の通学路。
僕はみちると供に、学校へと向かう。
とても久しぶりの学校な気がした。
「大丈夫かしら……アタシたち、ほら……」
「ああ、一学期に、結構色々あったからね」
クラスメイト中津川による暴走とか。
「…………ごめんね」
みちるが立ち止まって、ぽつりとつぶやく。
「アタシのせいで、変なことに巻き込んじゃって」
中津川はみちるを狙っていた。
そのせいでみちるが強姦未遂されたこともあった。
「気にしてないよ」
「……けど」
「本当に気にしてないって。だから、ね? いこ、学校にさ」
「うん……」
みちるは、色んなことを悔いてるんだ。
彼女は自分の失敗を結構引きずる。
僕を振ったことも、ずっとずっと胸に秘めていた。
……僕が、支えてあげないと。
「ほら、いこっ」
「えっ? ゆ、勇太っ?」
僕はみちるの手を引いて歩き出す。
そうだ、決めたじゃないか。
大好きなみんなと、ともに歩んでいくんだって。
みちるもその中の一人だ。
彼女が落ち込んでいたら、僕はその手を引いて前を歩く。
彼女が、また前を向いて、笑えるように。
「ところでほかのみんなって、今頃どうしてるんだろうね」
気晴らしになればと思って、僕はみちるに尋ねる。
彼女はというと……。
「ふにゃ……♡」
「みちる?」
「な、なんでもないわ……えへへ……♡」
きゅっ、とみちるが僕の手を握り返す。
何度もきゅっきゅっ、と掴んでくるのが愛おしく、僕も握り返す。
「あ、えっと……なに?」
「だからほかのみんなはどうしてるのかなって」
「由梨恵は別の女子校。あの女……アリッサは学校には通ってないみたいね。おちびも学校には通ってるらしいけど、どこかは知らないわ」
みちるは由梨恵と仲が良い。
由梨恵は協調性が良く、みんなから色々聞き出しているらしい。
「思えば知らないことって多いね」
「当たり前じゃない。この間まで他人だったんだし」
「そっか……僕、みちるのこと、いっぱい知りたいな」
「そ、そう……あ、アタシも……ね。勇太に……アタシのこといっぱい、知って欲しいな」
僕とみちるの目が合う。
彼女を見ているだけで、頬が緩んで、幸せな気分になるんだ。
「こうちゃん、ちゃんと学校行ったかな」
「あのおチビ、学校にタクシー使おうとしてたわね」
「混んでる電車に乗りたくないし、歩きたくないんだってさ」
「なんで高校生やってるのかしらね。あいつ結構有名なイラストレーターなんでしょ?」
「うーん……その、はず……だけど……?」
いかん、こうちゃんがイラストを描いてる場面、最近見ない。
あ、あれ……? こうちゃんって神絵師さん、なんだっけ?
「今度聞いてみよっか、こうちゃんに」
「そうね。家に帰ってから」
と、そんなふうに、僕たちは教室へと向かうのだった。
★
さて、学校へやってきた僕ら。
始業式は先週の金曜日に終わっている。
二学期最初の日は、式と避難訓練だけで終わって、終了だった。
今日から本格的に授業が開始される。
学校での、クラスメイト達の、僕らの扱いは……スルー。
一貫してスルーだった。
僕は元々、教室では空気のように目立たない男。
しかしみちるは、少なくとも友達がいた。
けど、その子たちからは、スルーされていた。
みちるはどこか悲しそうだったけど、この方が気楽といって、寂しそうに笑っていた。
……彼女が落ち込まないように、支えてあげないとな。
そんなこんなあって、昼休み。
みちるとお昼ご飯を食べようとした、そのときだ。
「おい上松」
クラスメイトの一人が、僕に声をかけてきた。
「どうしたの?」
「【白銀の眠り姫】がお前を呼んでるぞ」
「は、白銀の……眠り姫?」
「だれよそれ?」
みちるが首をかしげる。僕もそんな人に心当たりはない。
「あの子だよ、あの子」
「「あ……」」
入り口に立っていたのは……みさやまこう、ことこうちゃんだった。
「え、ええ!? あ、あいつ……うちの学校だったのー!?」
「びっくり……」
みちるが目を剥いて叫ぶ。
こうちゃんが着てるのは、確かに、僕らの学校の制服だった。
「上松、白銀の眠り姫と知り合いなんて、すげえな」
「その白銀なんちゃらってなに?」
「1つ下の学年に、美人が4人いてよ。その中のひとりが、三才山 鵠嬢なんだよ」
「「まじか……」」
こうちゃん、学校の有名人だったのか。
『あ、かみにーさま!』
こうちゃんが僕に気づいて、手を振る。
「おい上松のやつ、眠り姫と親しげだぞっ!」
「くそっ! 羨ましい……!」
こうちゃんは僕の元までやってきて、ニコッと笑って言う。
『お昼ご飯めぐんでください!』
「おお! 眠り姫が、上松に握手を求めてる!」
「すげえ! お嬢様っぽい!」
クラスメイト達が、なんだか勘違いしてる。
こうちゃんは確かに、ロシア語で何を言ってるのか、わからない。
けど、僕にはわかる。
こうちゃんは、ロシア語を使うとき、だいたいロクデモナイことを言ってる。
『こうちゃんお腹空いちゃって~。昼ご飯なくってさー』
「えっと……とりあえず、ちょっと教室でようか」
「アタシも行くわ」
僕、みちる、こうちゃんの3人で、廊下を歩く。
とりあえず人気の無い屋上へと向かう。
「おい、眠り姫だぞ!」「ほんとだー!」
クラスメイト達の注目が僕ら……というか、こうちゃんに集まる。
「相変わらず美人よねー!」「いつも教室では寡黙で、愁いを帯びた翡翠の瞳がグッド!」
僕もみちるも戦慄する。
なんか知らないけど……こうちゃん、すごい有名人だ。
ほどなくして、屋上へとやってきた。
「うみゃーい!」
こうちゃんは、みちるの持ってきたサンドイッチを、子リスのようにかじりながら笑う。
「なんだ、お腹空いてたんだ」
「それならそうと早く言いなさい……ああ、言ってたのね、教室で」
こくこく、とこうちゃんがうなずく。
「あれ? でも今日、みちるがこうちゃんの分のお昼ご飯、作らなかったっけ?」
『お腹空いちゃって、つまみ食いを少々』
てへへ、とこうちゃんが頭を照れくさそうにかく。
「もしかして食べちゃったの?」
「眠り姫とか言われてるのに、早食いなんてできるの?」
さっ、とこうちゃんが目をそらす。
「……便所飯」
「「なんか、ごめん」」
『ふっ……こうちゃんはさぁ~……陰キャでぼっちなんですよ。教室でご飯食べられなくって、いつもトイレでご飯たべてますよ……ふっ……』
何を言ってるのかわからないけど、こうちゃんが強烈な陰のオーラを感じる。
「でも知らなかったわ。あんた、うちの学校の生徒だったのね」
「しかもすごい有名人じゃん」
「知らぬ、間に……」
こうちゃんの拙い説明を統合すると……。
彼女は日本語があまり上手でないプラス口下手。
だから黙っていたけど、その外見の良さもあいまって、寡黙な美少女と、勝手に周りが勘違いしてるらしい。
「まー、確かにおちびは、黙ってりゃ美少女だものね」
『みちる姐さん!? ひどくない!?』
「ゲームしてないで絵を描いてたら神絵師だもんね」
『かみにーさままで!?』
うう……とこうちゃんがしょぼくれる。
「そーいえば、こうちゃん。最近絵書いてるとこみないけど、ちゃんと仕事してる?」
さっ……。
「こうちゃん? なんで目をそらすの?」
さっ……。
たらり……と額に汗をかく。
「まさか……サボり?」
『ち、ちがうもん! サボりじゃないもん!』
くわっ、とこうちゃんが目を見開く。
『最近忙しかったんだもん! えぺとか、マイクラとか、ウマ娘とかで!』
ロシア語で反論するこうちゃん。
けど、意味は伝わらずとも、ロクデモナイ弁解してるのは確かだろう。
『それにそれにっ、最近は引っ越しで忙しかったじゃん! こうちゃん悪くないもん!』
「おちび。あんた家でずーーーーーっとゲームしてるじゃない。仕事してないでしょ」
「にゅふん……」
こうちゃんが、犬が降参するように、その場にぺたんとうつ伏せになる。
『我は悪くない……労働を強いるこの現代日本の政治構造が悪い……』
「こうちゃん、仕事しよ?」
『うう……しゃーない』
こうちゃんが体を起こす。
シャツの下から、アイパッドを取り出す。
「タブレットPCなんて取り出して、何するのよ?」
「……お絵描き」
こうちゃんは三角座りすると、絵を描く画面を起動させる。
スカートのポケットからペンタブを取り出す。
シュバババババッ……!
「「早っ!」」
恐るべき速さで、こうちゃんが絵を仕上げていく。
「な、なんかこいつ……下書きしてなくない?」
「下書き無しの一発書き! しかもカラーを、こんな巧みに!」
ものの数分で、こうちゃんはカバーを完成させる。
「これって……【開田るしあ】先生の、新作の表紙?」
「いえーす」
「だれよ、開田るしあって?」
みちるが首をかしげる。
「ラノベ作家だよ。今凄い人気あるんだ」
「ふーん。おちびって勇太以外の人の絵も描くんだ」
『こうちゃんクラスの神絵師になると、引く手あまたなんですよ。かーっ、人気者は辛いわー。かーっ!』
こうちゃんがどや顔でロシア語で何を言ってる。
「色んなシリーズ掛け持ちするのは、珍しくないんだよ」
「へー。でも……見事な表紙ね。なんて作品なの?」
「たしか開田先生の、SR文庫での作品だから……【きみたび】、かな。あ、略称ね」
「きみたび……ラノベって変な略称の作品多いわね」
みちるはさして興味なさそうにつぶやく。
「あんまラノベって興味ないの?」
「そーね。勇太の書くお話は好きだけど、別にラノベに興味があるわけじゃないし」
一方で、こうちゃんはというと……。
「あ! こらおちび! ゲームしてんじゃないわよ!」
こうちゃんは腹ばいに寝そべると、タブレットでソシャゲをやりだした。
「没収!」
『ふっ……甘いぜ』
にゅっ、とシャツの下から、もう1台のタブレットを取り出す。
そして何事もなかったかのように、ソシャゲを起動した。
「こうちゃん、どうしてそんなソシャゲばっかするの?」
『ソシャゲがなくなると死ぬからです! 泳ぐの辞めたら死ぬマグロのような! そういうやつ!』
「没収!」
「あーん……らめー……」
学校で白銀の眠り姫なんて言われてる神絵師が、僕らの前ではダメ女だなんて……。
学校の誰も、知らないことなんだよなぁ。




