89話 それぞれの朝
僕、上松 勇太。
高校二年生の2学期。
無事引っ越しも終えて、いよいよ今日から、学校が本格的に始まる。
「勇太ぁ~。朝よー」
幼馴染みの大桑 みちるが、外でノックしながら、僕を起こしてくれる。
「はーい」
扉を開けると、制服姿のみちるがいた。
2学期は衣替えがまだなので、半袖シャツにスカートという出で立ち。
「おはよ、みちる」
「……ん。おはよ」
みちるが唇をとがらせ、そっぽを向く。
「……あんたほんと、朝早いわよね」
むすっ、と拗ねたようにみちるが言う。
「うん。朝は小説書いてるから」
僕のルーティンは、0時に寝て6時に起きる。
起きたらストレッチして、1時間くらい小説を書く。
これが毎朝。
「朝の日課しないともう気持ち悪くって」
「ふーん……読んだわよ、デジマス。今日の更新分」
デジマス。
デジタルマスターズ。僕がウェブに投稿してる小説のことだ。
「どうだった?」
「……朝から泣いちゃったじゃないの、ばか」
よく見ると目元が赤かった。
みちるはデジマスのファンで、毎話楽しみにしてくれる。
僕たちは1階に降りて、朝食の準備をする。
エプロンを着けて、ならんでキッチンに立つ僕たち。
「…………」
みちるはその場にしゃがみ込んで、頬を抑える。
「……新婚さんみたいじゃない、これ」
「ど、どうしたの、みちる?」
ぶるぶる、とみちるが首を振って立ち上がる。
「な、なんでもないわ。ほら、5人分の朝食なんだから、ぱぱっとやっちゃいましょ」
「そうだね」
僕たちは無言で、それぞれの作業をする
みちるが手を伸ばしてきたので、卵を手に載せる。
「なんか最近更新頻度多いわね」
「うん。書籍の作業、一旦ストップしてるから、暇になっちゃって」
みちるが片手で卵を割って、フライパンに落とす。
割れた殻を受け取って、今度はベーコンを渡す。
「あー……なんかレーベル移籍するんだっけ、デジマスと僕心」
「うん。TAKANAWAブックスが……なんか休刊することになったみたいでさ」
僕はみちるに塩とこしょうを渡す。
「そう……残念ね」
「あ、でもね。SR文庫で、つまり、文庫版で1巻からでるんだよ。イラストレーターさんもそのまま」
「そっか。それは……楽しみね」
みちるがフライパンを持ち上げ、僕がそこにお皿を出す。
ぽんっ、とお皿の上にベーコンエッグが乗っかる。
「じー……」
カウンターキッチンの向こうから、黒髪の美少女が、こちらを見ている。
「なにやってるのよあんた……」
「由梨恵、おはよ」
声優の駒ヶ根 由梨恵。
僕らと同じ17歳。
「おはよっ! ふたりとも!」
屈託のない笑みを浮かべる由梨恵。
彼女もまた、制服を着ていた。
「いやぁ、ふたりとも、朝から仲良しさんだったから、邪魔しちゃ悪いかなーって」
てててっ、と由梨恵が僕たちの元へやってきて、目を輝かせる。
「朝食の準備のヤツ! あれとって、とか言わないで、お互いわかってる感! すごい、まるで夫婦みたいだったよ!」
「や、やめてよ……はずい……ねえ勇太?」
「え? そう? エプロン付けたみちる、新妻みたいで可愛かったよ」
「に゛ゃ……! やめなさいよぉ~……」
みちるは頬を緩ませ、ぺんぺん、と僕の肩を叩く。
だが全然痛くない。
「みちるん、勇太くん、ありがと! 朝ご飯の準備、ごめんね」
もうしわけなさそうに、ぺこりと由梨恵が頭を下げる。
「気にしないでいいわよ、別に。ね、勇太」
「うん。好きでやってることだし」
由梨恵が顔を上げて、うんっ! とうなずく。
「明日からは、私も参加します!」
「え、別にいいよ」
「いいの! 私も料理勉強したいし……ね、アリッサちゃん!」
由梨恵が振り返ると、歌手のアリッサ・洗馬が、憮然とした表情で立っていた。
ふわふわの髪質の金髪に、大人の体つきが特徴の彼女。
「……おはようございます」
寝癖がついてるのか、少々髪の毛がぼさっとしている。
「うん、おはよ」「おはよー!」「あんたちょっと寝癖ついてるわよ」
みちるがハンカチを水道で濡らし、それをアリッサの髪の毛に当てる。
「……い、いいです。じぶんでやりますので」
「はいはい、動かないの。うん、良い感じ」
みちるが離れると、アリッサは顔を赤くして「……ど、どうも」とお礼を言う。
「……ねえねえ勇太くん!」
由梨恵が嬉しそうな顔で、俺に耳打ちする。
「……ふたり、少し仲良くなったね!」
「……そうだね。壁が薄くなってきた、かな?」
アリッサは顔を赤くして、ふるふると首を振る。
「……私も朝は手伝います。というか、教えてください」
「ん。いーわよ。じゃ当番制にしましょうか」
「さんせー!」「僕もそれが良いと思うよ」
僕らは手分けして、朝食を用意する。
リビングの大きなテーブルに、【5人分】の朝食を用意した。
「あとは……おちびー! 起きなさいよー!」
みちるが声を張り上げるけど、反応がない。
「まったく! あいつめ!」
みちるがプリプリ怒りながら、リビングを出て行く。
ほどなくして……。
『ふぁ……むにゃむにゃ……』
みちるに首根っこを捕まれて、やってきたのは、神絵師の【みさやまこう】ちゃん。
「あんたいつまで寝てるのよ!」
『……まだ、朝の8時じゃん。よい子は寝てる時間ですよぉ』
銀髪ロシア系美少女が、実に眠そうにそうつぶやく。
パジャマ姿で、寝癖ボサボサ、寝ぼけ眼の彼女を、みちるがしかる。
「あんた学校あるんでしょ!」
そう、こうちゃんは高校1年生(15歳)。
実は学校に通っているのである。
「もう着替えないと遅れるわよ!」
『……だいじょーぶ、休むから今日』
「ロシア語でなに言ってるかわかんないけど、サボる気でしょ! そうはさせないわよ! こっちこい!」
みちるがこうちゃんを引っ張って、洗面所へと向かう。
こうちゃんはまるで人形のように、なすがままになっていた。
『ふぎゃーーーーーーーーーー!』
こうちゃんの叫び声があったあと、彼女が洗面所から出てくる。
寝癖は直っている。
黒いセーラー服を身に着けていた。
『かみにーさまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
こうちゃんが泣きながら、僕に抱きついてきた。
子リスのように、ぷるぷる震えながら、僕にしがみつく。
『みちる姐さんが! 朝から水攻めの刑に! ひどいよぉ!』
「はいはい。昨日遅くまでゲームしてたこうちゃんが悪いね」
『えーぺっくすが悪いんです! こうちゃん悪くないんです! えぺが面白すぎるのが悪いんです!』
えぺ、えぺ、とこうちゃんが繰り返す。
たぶんゲームの名前だと思われる。
「みんな揃ったね」
こうちゃん、僕、由梨恵、みちるは学生服。
アリッサは今日スタジオ収録があるらしく、朝からお化粧をしていた。
僕らはテーブルを囲んで、座る。
そして……僕は言う。
「じゃあ……いただきます」
「「「「いただきまーす!」」」」




