88話 後片付けと新たな一歩
「「「ごちそーさまでした!」」」
新居に越してきた僕たち。
お昼ご飯のおそばを食べ終えたところだ。
「はー! ちょーおいしかったー……さすがみちるんっ♡ お料理上手!」
由梨恵がみちるの腕に抱きついて、笑顔で言う。
「そりゃどーも、おそまつさま」
「うん、すごい美味しかった。やっぱりみちるは料理上手だね」
「そ、そう……えへへっ♡ 勇太に言われるとうれしいなっ」
「みちるんリアクション差別だよぅ!」
ぎゅーっ、とさらに強く、由梨恵がみちるの腕にくっつく。
「暑いわよ。ほら、空いた食器片付けるから手伝って」
「あいあいさー!」
由梨恵とみちるは、お皿を持って、台所へと戻っていく。
『さてこうちゃんは食後のガチャを引くか』
いつの間にか取り出したタブレットPCを手に、こうちゃんがソファに寝そべって操作する。
「…………」
「アリッサ? どうしたの?」
人気歌手のアリッサ・洗馬が、実に悔しそうに歯がみしていた。
「おそば嫌いだった?」
「……そうじゃないんです。ただ……悔しくて」
「悔しい?」
「……あの人、わたしと年も変わらないはずなのに、こんな美味しいもの作れるなんて……やっぱり、才能の差でしょうか……?」
アリッサが勘違いしてるようなので、僕がフォローを入れる。
「違うよ。みちるは努力してたよ」
「……え?」
「というか、せざるをえないっていうか」
僕はみちるの簡単な経歴を告げる。
お母さんが早くに死んだこと。
お父さんが家に寄りつかないこと。
「だから、料理は自分でしなくちゃいけないことだったんだ。才能なんかじゃないよ」
「……勇太さん」
「アリッサだって、その歌唱力は、天賦のものじゃないでしょ? 才能だけでプロやってる人なんて、どこにもいないよ。ね、こうちゃん?」
僕はこうちゃんに話題を振る。
『うひょー! SSRキタコレ! このイラスト! えちえちの水着! ひゃー! たまりませんなぁ!』
こうちゃんがロシア語で何かをつぶやいている。
「ほら、こうちゃんも言ってるよ。【わたしも努力したから神絵師やってるって】」
『なぬー! このえちえち衣装のフィギュアも出るんだってー! 予約するしかない、このびっぐうえーぶにー!』
「ほらこうちゃんも言ってるよ、【アリッサもがんばれば料理上手になれるよ】って」
「……そう、ですね」
アリッサが小さくつぶやく。
「……上手い人はみんな、努力している。なんで忘れてたのでしょう、そんな……当たり前のこと」
「天才って言葉は、努力を語るよりも、お手軽だからね」
何でも才能があるから、と理由付けで済ますのは、僕はあんまり好きじゃない。
誰だって、血のにじむ努力や、昔から努力を積み重ねてきたからこそ、今強い力を発揮できているんだ。
こうちゃんだって……こうちゃんだって…………………………
『がーちゃ! がーちゃ! あともう100連! こいこい……! かー! だめかー! くっそもう100連! もう100連! かー!』
……多分、こうちゃんも、あるだろう。
その……すごい、積み重ねとか、努力とか……苦労とか……うん。
「アリッサ。上達したいなら、努力するべきだよ」
「……でも、努力の仕方、わかりません」
「すぐ近くに、良い先生がいるじゃないか?」
台所では、由梨恵とみちるが、並んでお皿を洗っている。
アリッサは、露骨に嫌そうに顔をしかめる。
「嫌ってたら前に進めないよ? 大丈夫、みちる、そんなに君のこと嫌ってないから」
「……なんでわかるんですか?」
「わかるよ。幼馴染みだもん」
アリッサは迷っているみたい。
みちるに何か教えを請うことを。
でも、僕にはわかった。
彼女は前に進もうとしているって……。
「さ、おいでアリッサ。一緒にいこう?」
僕は彼女に手を伸ばす。
アリッサはその手を掴んで、立ち上がる。
「みちるー」
僕らは台所へとやってきた。
「なに? 勇太…………とあんたも?」
僕はみちるに言う。
「実はアリッサが料理教えて欲しいんだって」
「ふーん……」
みちるは洗い物を止めて、アリッサを見上げる。
みちるの方が背が小さいので、どうしても見上げる形になる。
「で?」
「アリッサ。ほら」
僕は彼女の背中を押す。
アリッサは前に出ると、素直に頭を下げた。
「……お願いします。料理、教えてください」
「え……?」
みちるが、目を丸くしていた。
アリッサが素直に願い出るとは、思ってなかったのかもしれない。
「……料理、美味しかった、です。わたしも、ユータさんに、こんな美味しい料理……食べさせてあげたいのです」
「そ、そう……」
みちるは自分の頬をぽりぽりとかく。
僕は知っていた。あれは、みちるの照れてるときの癖だ。
「みちる。どうかな?」
「うーん……。でもなぁ」
「意地張らないの」
「………………わかったよ」
はぁ、とみちるがため息をつく。
「いいわ、教えてあげる」
「……いいのですか?」
アリッサが意外そうに目を丸くしていた。
多分断られるとでも思ってたのだろうな。
「か、勘違いしないでよね。食事当番、1人で5人分作るの、疲れるから。アタシが楽するために、あんたを鍛えてやるだけなんだからねっ」
……はは。
本当に、みちるは、素直じゃないなぁ。
「みちるんありがとー! だいすき!」
由梨恵が笑顔で、みちるに抱きつく。
「ば、ばかぁ! なんであんたが抱きつくのよっ!」
「だって2人が仲よくしてて、私うれしーんだもーん!」
「僕もうれしいよ」
僕らが笑うと、みちるが顔を赤くしながら「も、もう……」とどこかまんざらでもない様子で言う。
アリッサは一歩引いたところで、微笑んでいた。
うん、こうやって、少しずつ仲良くなれていけば良いな……。
『あー!』
ロシア語で、こうちゃんの悲鳴が聞こえた。
「ど、どうしたのこうちゃん?」
冷凍庫を前に……こうちゃんが、絶望の表情を浮かべている。
『食後のアイスが……ない!』
「「「「…………」」」」
『やっぱこの時期デザートってアイスだよねー?』
ロシア語で何かをつぶやいているけど……たぶん、うん、意味はないんだと思う。
「こうちゃんがアイスないから、みんなでコンビニいこうだってさ」
「「「さんせー!」」」
僕たちは外出の用意をする。
こうちゃんはきょとん、と首をかしげる。
「ほら、こうちゃん。外いこ?」
『うぇー……暑いから外行きたくなーい』
「ほら、アイスクリーム買ってあげるから」
『なぬっ? もー、仕方ないな……こうちゃん……外に出ちゃうか!』
こうして、僕らは5人で、近所のコンビニに、アイスを買いに行ったのだが……。
「に、人気声優の駒ヶ根 由梨恵!? 人気歌手のアリッサ・洗馬!? なんだこの組み合わせは!?」
「「「しまった、変装わすれてた!」」」
『こうちゃん顔出ししてないのでモーマンタイ。かみにーさま、われアイスの実しょもー』
……その後慌てて家に帰って、そのコンビニには近寄らないようにしたのだった。




