86話 引っ越し作業
僕たちは、家を買って同居することになった。
9月頭の土曜日。
僕たちは新居にて、引っ越し作業をすることになった。
「荷物……多いね」
リビングスペースには大量の段ボールであふれている。
さっき引っ越し業者の人が来て、おいていったのだ。
「へー引っ越し屋さんって、荷解きまでしてくれないんだー」
声優の由梨恵が、ほぉーと驚いていた。
「そーよ。当り前じゃない。知らないの?」
幼馴染のみちるが、あきれたようにため息をつく。
だが由梨恵は笑顔でうなずく。
「うん! 引っ越しって今までしたことなくって、だから楽しみ!」
「そういえばあんた金持ちだったわね……引っ越しなんてしたことないか」
「そー! みちるちゃん、ごしどーごべんたつ、おねがいします!」
むぎゅーっと由梨恵がみちるに抱き着く。
ちょっと嫌がっていたけど、でもなすがままになっているみちる。
「勇太、本当にぼくらは、手伝わなくていいのかい?」「遠慮しなくても構いませんぜ。」
父さんとアリッサのお手伝いさんの贄川さんが、気づかわしげに言う。
「うん。だいじょーぶ。家電は運んでもらったし、後は荷解きくらいだから」
「ゆーちゃん。遠慮しなくてもいいのよ~お母さんたち、全然手伝うわ~」
母さんがすごい手伝いたそうにしている。
「いいんだ。これから僕らで一緒に暮らしてくんだから。僕らだけでやりたい」
「あらそう~。えらいわ~」
母さんは微笑むと、むぎゅうーと僕を抱きしめる。
『わぉビッグボイン。勇太ままは巨乳……つまり息子のかみにーさまは潜在的に巨乳を求めるかもしれない……く! ひんぬーのこうちゃんに勝ち目はあるんかい!?』
ロシア系美少女にして、神絵師のこうちゃんが、何か真剣な顔で言っている。
でも僕は知っている。
こうちゃんがロシア語で何かをぼそっという時は、たいてい、意味のないことであることを。
「それじゃあ勇太。ぼくらはこれで家に戻るけど、何かあればすぐ連絡するんだよ。すぐ来るから」
父さんが笑顔で言う。
「ごめんね父さん、仕事あるのに運ぶの手伝ってくれて」
「わはは、いいんだよいいんだよ。うちのレーベル、たくさん優秀な編集さんいるし。副編集長の岡谷くんって子がいて、そりゃー優秀でねぇ」
「あらまぁ、下剋上されないように気を付けないとですね」
「だ、大丈夫だよ! ぼ、ぼくだってそれなりに優秀なんだから!」
「「「…………」」」
「みんな無言止めてぇえええええええええ! きょん!」
母さんが父さんの股間をけとばし、気を失わせる。
「それじゃあゆーちゃん、それにみんな、あとがんばってねぇ~」
「ばいばいおにーちゃーん!」
父さんは母さんに首根っこつかまれて、ずりずりと引きずられていく。
「ゆ……うた。最後に……おまえに、いっておくことが、ある……」
「な、なに?」
父さんは親指を立てて言う。
「美少女クリエイターに囲まれてのハーレムライフ……正直、かなりうらやましいぞ……ぎゃふん!」
母さんは父さんのみぞおちにブローをたたきこんで、完全に黙らせた。
「ごめんなさいねぇ、美少女でもクリエイターでもなくて~」
母さんが笑顔で言う。……めっちゃ怖かった。目が笑ってないよ!
沈黙した父さんをひきずりながら、母さんたちは去っていった。
「はいはい、それじゃさくっと荷解きするわよ」
「「「はーい」」」
みちるが音頭をとり、僕らが返事をする。
「部屋数は人数分あるから、てきとーに部屋割り決めておいたから」
みちるは全体lineに、エクセルで作った図面を送ってくる。
2階に僕、こうちゃん、みちる。
1階にアリッサ、由梨恵の私室がある。
「……異議ありです!」
歌手のアリッサが声を荒らげる。
「……なぜわたしとユータさんが、階が別で、あなたが同じ階なのですか!」
アリッサはみちるに食って掛かる。
だがみちるは首をかしげる。
「なに、ご不満?」
「……部屋を取り換えなさい!」
「いやよ。アタシ勇太と同じ階がいいもん」
「……わたしだってそうですよ!」
「じゃあそこで寝てる子に部屋変えてって頼めば?」
みちるが、リビングのソファを指さす。
パジャマ姿のこうちゃんが、あおむけで眠っている。
『むにゃむにゃ……高級すし……うまうま……』
「こうちゃん起きて、みんなで引っ越し作業するよ」
ゆさゆさ、と僕がこうちゃんの体をゆする。
『うーばーいーつにたのめばいいよ……』
「こらおちび、さっさと起きる。ほら」
みちるがこうちゃんを、ソファからコロン、と落とす。
「ふぁ……お昼ごはん?」
「違うよこうちゃん、これから荷解き」
「……………………………………終わったらおこして」
「「だめ」」
「ちぇー」
みちるが吐息をついて、アリッサに言う。
「じゃアタシと部屋交換でいいわ」
「……いいのですか?」
「ん。ほら、さっさと面倒なこと終わらせるわよ。はい、動いた動いた」
みちるがてきぱきと、僕らに指示する。
段ボールを運ぶ係、荷解きする係、見張り役(指揮とこうちゃんがさぼらないように)。
みちるが適切に作業分担し、僕らに仕事を割り振る。
「勇太君、みちるん……すごいねぇ」
由梨恵の部屋にて、洋服をタンスにしまいながら、僕と由梨恵が話し合っている。
「みちるん、私たちに指示しながら、自分でも手を動かしてるし。器用だね!」
「昔からそーゆーの得意なんだ」
部屋の外からみちるの怒鳴り声が聞こえる。
「こらおちびー! またソシャゲして! さぼってんじゃないわよ!」
『ああん、スマホ没収らめぇ。ログボだけでも回収させてぇ』
「これ以上さぼると風呂場にスマホ投げ入れるわよ!」
『ひいいいん! それだけは! それだけはごかんべんをー!』
こうちゃんはホントさぼり魔だな……。
「みちるん、いい奥さんになるね! 私もみちるんを参考にして、いいお嫁さんになるぞ!」
由梨恵は今でも十分いい子だと思うけどね。
由梨恵の部屋が片付いたので、次はアリッサの部屋へと向かう。
「「oh……」」
ものであふれかえっていた。
段ボールがすし詰め状態だ。
そういえば、一番物を持ってきたんだっけ。
「す、進んでる……?」
「……さっぱり」
アリッサが弱弱しくいう。
片付けるのとか、苦手なのだろう。
「あんたまだ何もやってないわけ?」
ひょっこり、とみちるが部屋に顔を出す。
その手にはこうちゃん。猫のように、首根っこつかまれて、引きずられていた。
『ログボ……ログボ……回収しなきゃイベント……』
スマホを熱心に見てるけど、たぶんソシャゲだろう。
「ここ、アタシが片づけるから。あんたたちは1階の作業お願い」
こうちゃんを僕に押し付けると、みちるがてきぱきと作業し出す。
「僕らも手伝うよ?」
「ありがと。でもだいじょーぶ。一人の方が効率いいし」
みちるは驚くべきスピードで荷物を片付けていく。
中身を出して、段ボールをたたみ、外へ出していく。
……ほんとに、ひとりで大丈夫みたいだ。
でも……。
「由梨恵、こうちゃんをお願い」
「うん、任された!」
由梨恵がこうちゃんを子猫のように抱き上げる。
「さ、一階でお掃除するよーこうちゃん」
『くそ! またSSRでない……ガチャ回すか……10万円くらい……なに、金ならあるさ……』
こうちゃんはガンギまった目でスマホの画面をにらめっこしていた。
たぶんソシャゲだろう。
由梨恵はこうちゃんを連れてさっていく。
「みちる、手伝うよ」
「え、いいわよ」
「いいから。君一人にだけ負担かけたくないよ、僕は」
「…………」
みちるはうるんだ目で僕を見上げる。
立ち上がって、僕のことを正面からハグしてきた。
「勇太ぁ……すき……すき……だいすき……」
「うん、僕も好きだよ」
「にゃ……もっといってぇ……」
だが、その間に、アリッサが割って入ってくる。
「……人がいる前で発情するな。発情期の猫ですかあなたは?」
「あ、いたのあんた?」
「……ここは! わたしの! 部屋です!」
……結局3人で、アリッサの部屋の片づけをし、1時間くらいで全部終わった。
はぁ、初日から前途多難だなぁ。




