85話 お引っ越し
僕たちは、家を買って、そこで共同生活を送ることになった。
……とは言っても、色々面倒なことは多い。
家を買うとなると、税金のこととか、というかまずどこに行けばいいのかすらわからなかった。
……けど、その辺父さんが全部なんとかしてくれた。
「まさかこんなスピードで家が手に入るなんて……」
今は2学期がスタートしてほどなくした、土曜日のある朝。
新居となる家に僕はいた。
「父さん、ほんと……ありがとね」
玄関先にて、隣に居る父さんを見上げて言う。
「謝ることないよ勇太。子供のワガママをかなえてあげるのも、親の仕事だからね」
「あらあら、あなた、珍しく父親みたいなこというじゃないの~」
妹の詩子と、母さんが実家の方から歩いてくる。
そう、僕んちからここ徒歩で数分の距離にあるのだ。
「ちょっ!? 母さん、ぼく一応、勇太の父親なんだけど!?」
「…………」
「母さん!? なんで黙るの!? ねえ、ぼくらの子だよね!?」
「……エリオット」
「誰!? ねえ母さんその人誰!? まさか浮気相手!? うわぁアアアン! いやじゃぁあああ! 母さんぼくを見捨てないでぇええええええ!」
父さんが情けなく涙を流しながら、母さんの脚にすがりつく。
良かったいつもの父さんだ……。
「おとーさん、途中までかっこよかったのに。おにーちゃんのためにお家の手配やら税金の関係やらのこと、ぜーんぶやってくれて、あとは住むだけにしてくれてさ」
「頼れる人だったのにねぇ」
「だったってなにさ! ぼくはいつでも頼れる大黒柱だろう!?」
「「…………」」
「黙らないでよふたりともぉ! わーん、勇太ぁ。母さんと詩子がいじめるよぉう」
今度は僕の腰にしがみつく父さん。
普段は情けないけど、でも家族のために働いてくれて、しかも子供のわがままを笑顔で聞いてくれる。
「僕は父さんを尊敬してるよ」
「うぉおおおおお! ゆうたぁあああああああああ! あいしてるぅううううううううううう!」
よしよし、と僕は父さんの頭をなでる。
と、そのときだった。
「何やってるのよあんたら……」
「あらあら、みーちゃん」
みちるが呆れた様子で、僕らを見ている。
「こんにちは、おばさん」
「お荷物それだけなの?」
みちるはキャリーケース1つで、新居の前まで来た。
確かに、荷物が少ない気がする。
みちるは呆れたようにと息をつく。
「だってここ、アタシんちからも近いじゃない。必要なものは取ってくればいいわけだし」
「あ、そっか……」
僕とみちるはご近所さんだったのだ。
そこへ……。
白塗りのリムジンと、黒塗りのリムジンが、僕らの家の前に泊まる。
「わわっ! な、なになに!? やーさんでもくるの!?」
がちゃり、とまずは白いリムジンが開く。
「はっはー! 久しぶりだね我がライバルよ!」
「白馬先生! と、由梨恵!」
声優の駒ヶ根 由梨恵。
そして、そのお兄さんである、ラノベ作家の白馬 王子先生が、白リムジンから降りてくる。
「どうしたんですか、先生?」
「いやなに、マイシスターを送り届けるついでに、君に引越祝いを持ってこようと思ってね」
「ありがとうございます! わざわざすみません!」
白馬先生が真っ赤なバラに、引っ越しそばセット。
そのほか、消費できるタイプの色んなものを大量にくれた。
「それと我がライバル……いいやちがうな。上松 勇太くん」
「あ、はい」
白馬先生は微笑むと、僕の前で、スッ……と頭を深々と下げる。
「どうか我が妹を、よろしく頼むよ。あの子は私の大事な大事な妹なんだ」
「そ、そんな! よろしく言われるまでもないですよ! もちろん、大事にします!」
先生は頭を上げて、ニコッと笑う。
「もちろん、我がライバルはできた人間だからね、信頼しているよ」
ぽん、と白馬先生が僕の肩を優しく叩く。
「それじゃあまり長居していると、道路の邪魔になってしまうからね。これで失礼するよ。さらばだ……! 何か困ったらいつでも私を頼りたまえよ! ふーーはっはっはっはぁ!」
先生は颯爽とリムジンに乗り込むと、車を発進させた。
「ごめんね、遅れちゃって」
「ううん、今みんな来たところだし」
次に、黒塗りのリムジンから現れたのは、アリッサ・洗馬だ。
お手伝いの贄川さんとともに、僕らの元へやってくる。
「……おはようございます、ユータさん」
「うん。おはよ、アリッサ。それに贄川さんも」
ターミネーター風の大男がぺこり、と慇懃に頭を下げる。
「引っ越しの荷物は?」
「……リムジンに積んであります」
「「「積んでる?」」」
贄川さんがドアをがちゃりと開ける。
長い車体の中に、びっしりと、段ボール箱が詰め込まれていた。
「「「…………」」」
「……こ、これでも荷物は減らしたのですが、その……あれもこれもと思ったら……」
「え、えっと……お、音楽の機材って、かさばるもんね!」
「……あ、機材はあとから、業者の人が持ってきます」
……じゃあ、何をこんなに持ってきたんだろうか……。
「あんた、旅行の時めっちゃ荷物持ってくタイプね」
呆れた調子でみちるがため息をつく。
「……い、いいではありませんかっ!」
……うーん、まだどうにも、この二人は相性が良くないみたいだ。
一緒に住むうちに、仲良くなってくれると良いんだけど。
「勇太。うちの荷物車から降ろそうか?」
父さんたちが待っているのは、僕の荷物を下ろすためだ。
「あ。待って、あとこうちゃんが来るはず……」
そこへ、軽自動車が排気音を鳴らしながら、僕らの元へやってくる。
「「やっほー!」」
「こうちゃんの、お姉さんたち」
こうちゃんの双子のお姉さん、大学生のふたりが、助手席と運転席から降りてきた。
「「ごめんねー、遅れちゃって」」
「あ、いえ……こうちゃんは?」
お姉さんズが車の扉を開く。
『ぷひー……ぷひゅ~……ぐー……ぐー……』
「「「「…………」」」」
パジャマ姿のこうちゃんが、後部座席で眠っていた。
「え、えっと……荷物は?」
「「昨日になっても荷造りしなかったから、身一つで持ってきたわ」」
こうちゃんぇ……。
ま、まあ……必要なものはあとで取ってくれば良いか。
「こ、こうちゃん起きて……朝だよ?」
『ふぁ……? かみにーさま……?』
こうちゃんが目を覚ます。
眠たげに目をこする。
「引っ越しだよ、今日」
『……………………終わったら起こして』
こうちゃんお姉さん達が、妹の頬を引っ張って起こす。
「「うちのバカ妹をよろしくー!」」
こうちゃんを僕に押しつけて、お姉さんズは去って行った。
……まあ、何はともあれ、全員集合した。
「えっとそれじゃ……引っ越し作業、しよっか」
「「「おー!」」」




