82話 こうちゃん大勝利!
みちるの家で一泊した翌日。
僕はイラストレーターの、みさやまこうちゃんの家にやってきていた。
彼女の家には一度、夏コミの時に訪れている。
「「いらっしゃーい!」」
僕を出迎えてくれたのは、金髪碧眼の美人大学生。
こうちゃんの双子のお姉さんたちだ。
「こんにちは、【そう】さん【よう】さん」
双子姉の蒼さんに、妹の陽さんだ。
とても仲の良い双子で、いつも一緒にいるんだってさ。
「「ゆうくんおひさ~。こーと遊びに来たの」」
「はい。あ、これお土産です」
僕は水ようかんを渡す。
ふたりはきゃっきゃ、と嬉しそうに笑った。
ほんとそっくりだな、そうさんとようさん。
「「きてもらって悪いけど、こーのやつ、ずっと引きこもってるわよ?」」
「ひきこもってる? どうして?」
「「さー? 仕事が終わらないとかって」」
「ああ……」
こうちゃんは僕の2シリーズ目【僕心】のイラストレーターさんだ。
僕心はすでにアニメ化まで決まっている。
で、今度3巻が発売される。
その絵を描いているのだろう。
「「それとー、なんか先週くらいから、様子が変でさー」」
「変?」
「「ぼーっとしたり、赤くなったりして……まっ、おもしろいからいいんだけどっ!」」
僕はようさんそうさん姉妹と別れて、こうちゃんの部屋の前までやってきた。
こんこん……。
『こうちゃんは不在です!』
「僕だよ、こうちゃん」
『かみにーさま!』
ばん! と扉が開かれる。
そこにいたのは……。
冷えピタを張って、目の下に隈ができた、みさやまこうちゃんだった。
小動物系。ショートカットの銀髪に、緑の瞳が特徴的だ。
『うわーん! かみえもーん! 宿題おわらないよぉー!』
こうちゃんはロシア語でしゃべることが多い。
会話の内容は、日本人の僕には理解できない。
けど最近わかったのは、ロシア語でつぶやいてるときは、たいてい、ロクデモナイことが多い。
ややあって。
「うわぁ……部屋が、ぐちゃぐちゃ」
『いま修羅場なもんで……』
あちこちにマンガだったり洋服だったりが散乱している。
こうちゃんはベッドの上で布団をかぶり、液タブ? とやらを握りしめている。
この部屋しかも、めっちゃ寒い。
「冷房19度って……こうちゃん風邪ひいちゃうよ」
「北国女子です、から……!」
「ようそう姉さんズが、育ちは東京だって聞いたよ」
『姉めぇ! こうちゃんから個性をうばいよってー! きー!』
しかしこうちゃんの仕事姿か。
そういえばイラストレーターさんってどんなふうに仕事しているのか知らないや。
僕が振り返ると、こうちゃんは寝そべってスマホゲーしていた。
「スマホ没収」
「あーん、鬼~」
「イラスト終わってないんでしょ? 締め切りは?」
「……7月」
1ヶ月もぶっちぎってた!
いや、え? 締め切り過ぎてるのに、コミケとか夏祭りいってたの?
『ふっ……照れる』
「たぶんだけど、感心はしてないよこうちゃん。仕事しないと」
『うわわーん! ずるいよ! かみにーさまだって仕事たくさんかかえてるのにっ。すぐに終わらせるなんてどんなチートだよ! こんなんもうチートやチーターや!』
ぶーぶー、とこうちゃんが文句を垂れている。
イラスト完成させるまでスマホをあずかることにした。
しぶしぶ、こうちゃんが仕事している。
「かみ、にーさま。なんの、ご用……?」
「あ、うん。まあその……仕事終わってからで良いよ」
「ほぅ、気になるワード。仕事、手がつきませんな」
「単にやりたくないだけでは……?」
こうちゃんがこっちにチラチラと視線を送ってくる。
黙っていると逆に集中できないか。
「あのねこうちゃん。実は僕……君が好きなんだ」
「……………………………………ぱーどぅん?」
「なぜ英語……えっと、だからこうちゃんのことが好きなんだ」
「……………………………………ほわっつ!?」
だからなぜこうちゃん英語なの……?
あわわ、とこうちゃんが顔を赤くして慌てふためく。
『お、落ち着け……こういうときは素数を数えるんだ。1,2……2? 2って素数だっけ?』
「こうちゃん落ち着いて」
ふーふー、とこうちゃんが深呼吸をする。
やっぱ邪魔になっちゃうから後にすればよかったかな。
「えと……かみにー、さま。好きって……好き? Like? Love……?」
「Loveのほう、かな」
「~~~~~~~~!」
こうちゃんはバッ……! と両手を挙げる。
立ち上がって、おたけびをあげる。
『勝った! こうちゃんヒロインレースに勝利しました! 正直、最近は色物マスコットキャラポジションだったから、恋愛レースにからめないかなーってさみしかったんだよぅ。けど! そこからの大・逆・転! きちゃ~~~~~~~~! ほほーーーーーーーーーーう!』
こうちゃんがずんずん、とベッドの上で謎の踊りをする。
けつまづいてぽてっ、とベッドの上に倒れ込む。
ころころころころころ、とベッドを行ったり来たりと転がる。
『ハッ! まって……待てよ。かみにーさまのことだから、トラップが仕掛けられてるに違いない。ぬか喜びは禁物じゃ!』
よいしょ、とこうちゃんが立ち上がる。
正座し、手を上げる。
「かみにー、さま。ほかに、なにか……言うことある?」
「あ、うん。実はね……」
僕はこうちゃんに告げる。
由梨恵をはじめとした、4人の女の子を、同時に好きになってしまったことを。
こうちゃんは神妙な顔つきでうなずく。
『ほーらねっ。わかってるんだからこうちゃん! 鈍感系ラブコメ主人公のパターンは、すべてこのIQ5兆の頭脳にインプットされてるのだよ』
つんつん、とこうちゃんが自分の頭をつつく。
たぶんそんなに意味はないと思う。
「みちるに話したら怒られちゃってさ。由梨恵はウェルカムみたいな感じだったけど」
『そらそーだ。みちるの姐御……不憫……由梨恵ねえさんぱねーっすわ』
「それでその……こうちゃんは、どう思ってるかなって。やっぱり……いや?」
ふぅ、とこうちゃんが吐息をつく。
ふるふる、と首を振るった。
「いや……じゃ、ない……です」
「ほんと?」
こくこく、とこうちゃんがうなずく。
彼女は微笑みながら、自分の胸に手を当てる。
たどたどしい日本語で、語り出す。
「ワタシ……かみにーさま、好き。ゆりえ……みちる……アリッサ、好き。みんな……みんな……好き」
「こうちゃん……」
「だ、から……だからね、いいよ。ワタシ……みんな、いっしょ、が、いいっ!」
こうちゃんは肯定派みたいだ。
良かった……。
「ありがとう、こうちゃんっ」
『わわっ。急に抱きつかれてこうちゃんこまっちゃう~。おいおいこのままベッドにインしちゃうかー!』
「邪魔してごめんね。さっ……宿題やろっか」
『ふぬー……せっかくストロベリィな雰囲気だったのに~』
こうして僕は、こうちゃんの許可をもらったのだった。




