76話 一方その頃ご両親は
勇太が友達と夏祭りを楽しんでいる一方その頃。
勇太の両親、雪と庄司もまた夏祭り会場へとやってきていた。
「いやぁ2人でお祭りなんて久しぶりだねえ母さん!」
「…………」
雪は赤い顔をしてうつむいている。
浴衣を着て、髪の毛をアップにし、そうして恥じらう姿は、遠目に見ると女子大生のようであった。
「どうしたんだい、母さん?」
「……あなた、その、手」
「手? どうしたんだい?」
庄司はナチュラルに、妻の手を握っていた。
恐らくは迷子にならないよう、気を遣ってのことだろう。
「きゃっ」
「おっと」
躓いて転びそうになると、庄司が彼女を支える。
「人が多いからね。ほら、もっと近くに寄りなよ」
ぐいっ、と庄司が妻を抱き寄せる。
「あ……ぅ……」
普段の穏やかで、しかし夫に対して攻撃的な彼女。
だが今はおとなしく、夫の後に付いていく。
「何食べる?」
「……な、なんでも」
「じゃ君の好きな広島風お好み焼きにしよっか」
夫は妻の好みをちゃんとわかっていた。
好きなものを憶えてくれているのがうれしかった。
夫は次々と妻の食べたいものを買い、飲み物にビールをもって、近くのテントへと向かう。
地元の商工会が設置した飲み食いようのテントに、庄司たちはやってきた。
「はい母さん。お疲れ様」
「……どうも」
プラカップに入ったビールを2人は飲む。
「じゃんじゃん食べて! いつも母さんには料理作ってもらって、負担かけてるからね。こういうときは楽してよ」
「そう……。じゃあ、遠慮無く」
夫と二人きりで食事をするのが久しぶりだった。
この間の結婚記念日以来だ。
雪はお好み焼きを口にする。
甘しょっぱいソースを苦いビールで流し込む。最高の組み合わせだ。
酒が進むと当然、酔いが回ってくる。
雪は夫の肩に頭を載せて、頬ずりする。
「……最近、忙しそうですね、庄司さん」
「んー、まあね。新レーベル立ち上げたし。発売日はもうすぐそこだからさ。人も少ないしね」
現在、編集の佐久平 芽依と2人で、新レーベルを回している。
「普段の業務に加えて、新人賞も設けるし、新しい人材を確保のためにネット小説もチェックしなきゃだし」
「…………」
雪は目を閉じて夫によりかかる。
「あなたが家のために一生懸命働いてくれるのはうれしいです……けど、もう少し、余裕を持った方がいいと思いますよ」
雪は潤んだ目で夫を見上げる。
「あなたに倒れられでもしたら、ゆーちゃんや詩子が困ります」
「おや? きみは困ってくれないのかい?」
「困りますよ。……それに、悲しいです」
庄司は微笑むと、妻の頭を優しくなでる。
「大丈夫さ。君に悲しい思いは絶対させないさ。君は昔から泣き虫だからねぇ」
くつくつ、と庄司が笑う。
雪は夫にからかわれて、不満げに唇をとがらせると、脇腹をつねる。
「痛い痛いってやめてって」
「……わたしが泣き虫だとかいうそれ、ゆーちゃんたちには言わないでくださいね」
「えー、どうしよっかなー。ちゅーしてくれたら言わないであげるけどー……なんちゃって……って、むぶっ」
雪は無理矢理夫を抱き寄せると、その唇に自分のものを重ねる。
「か、母さん……?」
「……おかえし、ですよ」
ふんだ、と雪がそっぽを向く。
「最近妻のことより仕事を優先させた罰です」
「ははっ。ごめんって。夏が終われば少し楽になるから、そのときはどっか出かけよう」
雪はジッ、と夫を見据える。
だがうれしそうに口元をほころばせる。
「約束、ですよ♡」
「ああ、約束」
そんなふうに、2人は笑って、また唇を重ねるのだった。




