74話 祭りをたのしむ
僕たちは近所のお祭りにやってきている。
「勇太くんっ。何食べるー?」
声優の由梨恵が笑顔で僕に聞いてくる。
普段変装していることが多い彼女だが、この日は髪型をアップにまとめている以外に、外見に変化はない。
母さん曰く『まさかこんな小さな街のお祭りに、由梨恵ちゃんたちみたいな有名人が来るわけ無いってみんな思うわよ』とのこと。
言っていたとおり、周りは由梨恵たちが美人だから注目して入るが、超有名歌手やアイドル声優であることには、誰一人気付いていない様子だ。
「食べるって……あんた、夕飯たべたじゃないのよ」
みちるが呆れたようにため息をつく。
「だぁって……ねえ? お腹空くでしょう? ね!」
「そうだねー。お祭りってどうして食欲わくんだろう」
じゅうじゅう、と鉄板の上でお肉や焼きそばが焼かれている。
『おほー! ソースのにおいぃい。食欲がばく進! ばく進!』
こうちゃんがよだれをだらだら垂らしていた。
どうやら彼女もお腹空いてるみたい。
「じゃ、何か食べよっか」
「はいはい! まずはたこ焼きー!」
由梨恵の提案で僕らはたこ焼きの屋台へとやってきた。
大人数でまとまっていると迷惑になるので、僕が代表してたこ焼きを買って帰る。
「……ユータさん、ごめんなさい。お使いさせるようなことさせて」
「気にしないで。はい、どうぞ」
「「やっふー!」」
由梨恵とこうちゃんがもの凄い勢いで食べ出す。
「みちるたちは食べないの?」
「アタシは……パス」
「そんな、おいしいのにどうして?」
「そ、それは……その……」
むに……とみちるが自分のおなかを指でつまむ。
それを見ていたアリッサがフッ……と哀れむような眼を向ける。
「あ゛? なによ?」
「……いえ、胸以外にもお肉があるのですねと思いまして」
「太ってるっていいたいの? なに、ケンカ売ってるの?ねえ?」
みちるがアリッサにくってかかろうとする。
だがアリッサはどこと吹く風。
「まあまあ二人ともケンカしないで。ね?」
「「チッ……勇太がそういうなら」」
はぁ……ふたりはほんと仲悪いなぁ。
「ふたりとも仲いいね~」
由梨恵がニコニコしながらたこ焼きを食べている。
『由梨恵ちゃん正気か……? おぬしの眼は節穴アイなの?』
こうちゃんがロシア語で何かをつぶやく。
信じられないみたいな眼で由梨恵を見ている。
「仲いいかな?」
「そーだよ。だって本当に嫌いなら、お互い無視するでしょう? ケンカするってことは、意識し合ってるってことだと思うよ」
「な、なるほど……ケンカするほど仲が良いって言うもんね」
とは言え……。
「あ! ちょっと邪魔すんじゃないわよ!」
次に僕らがやってきたのは、金魚すくいのテント。
みちるとアリッサが並んで、金魚をポイで掬っている。
狙っていた金魚を、アリッサも取ろうとして揉めていた。
「……あなたが邪魔したのではありませんか。これはわたしの獲物です」
「はぁ? アタシが最初取ろうとしてたじゃん! 横取りするんじゃないわよ! 後から出てきたやつはすっこんでなさい!」
「……正妻気取りが」
僕らは2人が金魚を掬っている姿を、後ろから見ている。
『これほんとうに仲いいのかなー? ねー、かみにーさま?』
もふもふもふ、とじゃがバターを頬張りながら、こうちゃんが言う。
意味はわからないけど、たぶん2人の仲を言ってるんだろう。
『由梨恵ちゃんどう思う?』
「じゃがバターおいしいね!」
『おう……色恋沙汰より食い気。ま、こうちゃんもですがね』
ふたりともこんもりとバターをのっけたじゃがバターを食べている。
「あ! また邪魔したっ! またほらっ!」
「……あなたこそ、別の金魚を狙ったらどうですか?」
「いやですぅ! アタシは譲らないんだからっ!」
ばしゃばしゃ、とアリッサたちがポイを動かす。
『金魚をかみにーさまに見立てた、女子同士の高度な恋愛バトルが繰り広げられてますが、どう思います、解説の由梨恵ちゃん?』
「みてみてっ、じゃがバターに醤油かけるとね、ちょーおいしいよー!」
『あかん、このヒロイン、食欲の奴隷になっている……』
次にやってきたのは射的だ。
アリッサがとっても上手だった。
次々と置いてある的を落としていく。
「すごいねアリッサ。上手」
「……ありがとうございます、ユータさん♡」
「ぐ……」
一方でみちるは先ほどから一発も当たらず大苦戦中だ。
「……あらあら、お下手ですこと」
「うっさい! このっ、このっ、どうして当たらないのよー!」
ぱんぱん撃ってるけどみちるの弾はそれていく。
「駄目だよみちる。もっと狙って撃たないと」
僕はみちるの背後に回って、後ろから彼女の手を握る。
「ひゃっ♡ ゆ、勇太ぁ……♡」
「大丈夫、僕が支えてるから。ほら……撃って」
「う、うん……ひゃっ♡ 耳に吐息が……ひうっ……ぁん♡」
その様子をこうちゃんたちが後ろから見ていた。
「ふたりとも仲良しさん。さすが幼馴染みだね~」
『ちょ、えっちすぎひん? BANされないかこうちゃん心配や。なろうじゃえっちぃの厳しいやで?』
由梨恵達が焼きそばをずるずる啜っていた。
「……ゆ、ユータさんっ。わ、わたしも……アシストおねがいしますっ」
アリッサが自分も自分もと主張する。
「え、でもアリッサめっちゃ上手じゃん。僕のサポートなんていらないよね?」
「……………………そう、ですね」
『だめだめかみにーさま』
こうちゃんがくいくい、と僕の腕を引っ張る。
「え? なに?」
『男みせなきゃ……! ぐいっと!』
よくわからないけど……アリッサを手伝えってこと?
僕はみちるにしたように、後ろから抱きしめて支える。
「……あっ♡ あっ♡ そこ……んっ♡ 耳は……弱いんです……♡」
「ぐぬぅ……ちょっと勇太! 上手く当たらないわ! アシスト!」
そんなふうに僕らは仲良くお祭りを楽しむのだった。




