72話 浴衣に着替えてお祭りへ行こう
八月下旬、声優の由梨恵たちとともに、夏祭りに行くことになった。
僕はリビングで彼女たちを待つ。
「勇太くん! お待たせっ!」
和室のふすまを開けて入ってきたのは、由梨恵だった。
「どうかな、似合うかなっ?」
彼女が来ているのは浴衣だった。
桃色の可愛らしい浴衣をきて、長い髪の毛をアップにまとめている。
「わぁ! すごい……似合ってるよ!」
「えへへっ♡ やったぁ。勇太くんにそう言ってもらえるとうれしいよっ」
由梨恵の後ろから、歌手のアリッサ、神絵師こうちゃん、そして幼馴染みのみちるが、ぞろぞろと出てくる。
みんな浴衣を着ていた。
「みんなスタイル良いから浴衣似合ってるね!」
「……ありがとうございます。ユータさんにそう言ってもらえると……うれしいです」
「ふ、ふんだっ。べ、別に褒めてもなにもでないわよ……その、あんがと」
照れるアリッサとみちる。
そして……。
「…………」
こうちゃんが暗い表情で、自分の胸を触っていた。
「どうしたの?」
『ふっ……いいんですよぉ。どーせあたしゃぺちゃぱいですよー……』
ロシア語で何かをつぶやくこうちゃん。
『いーですよぉ。ロリキャラって、貧乳となる運命なんですからぁ。つまりぃ、こうちゃんがひんぬーなのは、神に定められし運命なのだから……』
「こうちゃんもすっごく似合ってるよ。やっぱり美人だから何着ても似合うね」
『ひゃー! かみにーさまにほめられたー! うれぴー! ひゃっふー!』
暗い表情から一転して、こうちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「うん、こうちゃんとぉっても似合ってるよー♡」
ニコニコしながら由梨恵が褒める。
『胸の大きさなんて関係ないってこったな! 貧乳はステータスだ、希少価値だって神もおっしゃってたしな!』
こうちゃんがハイテンションに、由梨恵のおっぱいをぺちぺち叩く。
「どう、ゆーちゃん。みんな美人でしょ~♡」
母さんが和室から出てくる。
ちなみに母さんも浴衣に着替えていた。
黒い大人な浴衣だ。
「うん、とっても似合ってるよ。けど……浴衣なんてこんなに家にあったの?」
「お母さんと詩子の浴衣があったから、それを仕立て直したのよ~」
なるほど……。
「ちなみにこうちゃんの浴衣は、詩子が小学生の頃のものを使ってるわ~」
『しょ、小学生!? 小学生の浴衣なのこれぇ!? うう……残酷ぅ……!』
またしょんぼりするこうちゃん。
「おっほー! みんなすんげえ似合ってるよー!」
父さんが地面に転がりながら言う。
さっき浴衣を着るってなったとき、母さんが邪魔しないようにって、父さんをロープで簀巻きにしていたのだ。
「あらあら、あなたってば……そんなに若いこの浴衣がお好きなんですか?」
母さんが笑顔のまま……しかし冷気を発しながら言う。
「ん? 何を言ってるんだい。みんなって言ったろ? 君も凄い似合ってるさ」
「………………………………」
「やっぱり母さんは昔から美人だからなぁ……」
「………………………………ゃ、めて」
「ん? どうしたんだい母さん?」
母さんは無言で部屋から出て行った。
「ぼくなにかしちゃったかなー?」
父さんが首をかしげる。
『あーなるほどねぇ』
こうちゃんが一人、何かに納得したようにうなずく。
『かみにーさまが無自覚たらしなのは、お父さんの血を受け継いでるからか。よっ、親子二代鈍感ラブコメ主人公!』
ひゅーひゅー、とこうちゃんがはやし立てる。
ロシア語で何言ってるかわからないけど、たぶんあまり意味は無いと思う。
「まぁ勇太、気をつけて行ってくるんだよ。あそこのお祭りってこの辺の人みんなくるし、混むからね」
「うん、わかったよ父さん」
僕はふと、思ったことを口にする。
「ね、父さんもお祭りいかないの?」
「えー、ぼく疲れちったよ~。おうちでゴロゴロしたーい」
「でも……母さん、父さんといっしょに行きたがってるんじゃない? ほら、自分も浴衣に着替えてたし」
そうでなきゃ、自分も着付けしないかなーって思った。
「あーなるほどねぇ。そうだね、久しぶりに母さんを誘ってデートしようかな」
「それがいいよ。鍵もって家出るから、ふたりで楽しんできて」
「ん、おっけー勇太。じゃ、みんな、気をつけるんだよぉ」
「「「「いってきまーす!」」」」
僕ら五人は、連れだって玄関の外に出る。
時刻は18時。
まだまだ外は明るく、そして蒸し暑い。
『かあさーん。お祭りいこうようー』
『………………………………はい』
『あれ、素直? わははどうしたんだい顔真っ赤にして! もしかして照れてるのー? なーんちって!』
『………………………………はい』
ドアの向こうで父さんたちの会話がぼんやり聞こえた気がした。
うちはいつでも仲良しなのである。
「じゃいこうか」
「うんっ!」
その瞬間、僕の右腕を、三人が掴んだ。
「「「え……?」」」
由梨恵、アリッサ、そしてみちるが……僕の腕を掴んでフリーズする。
「「「…………」」」
無言で彼女たちがお互いを見ている。
な、何この状況……。
『修羅場きたー! 手をつないでお祭りデートしようとしている三人の女のどろどろバトルぅ! 実況はわたくし、みさやまこうちゃんがお送ります』
こうちゃんが鼻息をふがふがさせながら言う。
ちゃっかり逆側の手をこうちゃんが握っていた。
「離しなさいよ」
みちるが二人をにらんで言う。
「それは嫌っ! 私、勇太くんと手つなぎたいもん!」
「……承服しかねます。ユータさんはわたしといっしょにデートしたがってます」
「はぁ? なにそれ、アタシらがおまけっていいたいわけ?」
「……そう受け取ってもらっても結構です」
「なんですってー!」
みちるとアリッサがバチバチにケンカする。
「ふ、ふたりともケンカはよくないよ……」
「そうだよ、みんな仲良く! とゆーことで、私が勇太くんと手をつなぐから、アリッサちゃんはみちるちゃんと手を」
「「却下……!」」
結局ジャンケンで、交代制で僕と手をつなぐことになったのだった。
別に手なんてつながなくても……別に混んでるわけでもないし、って思ったけど、みんなにすんごいにらまれたのだった。




