63話 有名歌手と川釣り
母さんの実家の田舎へやってきている僕たち。
歌手のアリッサ、妹の詩子、イトコのななおちゃんとともに、山奥の渓流釣りができるところまでやってきた。
ここは実家がある場所から自転車で30分くらい山へ入った場所だ。
流れが非常に穏やかな、大きな川が流れている。
都会の川と違って、川底まで見える透明な水。
そして大きな魚があちこちで泳いでいた。
「ひゃっほーい! およぐぞーい!」
ななおちゃんが服を脱ぎ捨てて、全裸で川にダイブする。
川魚がいっせいに散る。
「ななおちゃん! せめて水着着てって!」
「だーいじょうぶだにー。だーれも見てないからー!」
じゃばじゃばとななおちゃんが全裸のまま泳いでいく。
まったく……昔と変わらず、羞恥心ってものを知らないんだからっ。
「詩子、ななおちゃん捕まえてきて」
「はいはーいっと」
詩子はいつの間にかスクール水着に着替えていた。
ぴょん、と川に飛び込むと、凄い速さでななおちゃんのもとへむかう。
彼を回収すると、詩子は川岸へと上がってきた。
「ほーら水着もってきたから着替えるよー」
「ちぇー、しかたないなぁ」
一方で僕たちは川釣りをしている。
アリッサと僕は竿を持って、魚が食いつくのを待つ。
白いワンピース姿の、どこぞのご令嬢スタイルの彼女。
こんな庶民の遊びをしている……。
すごいアンバランスさがあったけど、絵になるね。
「……えいっ」
アリッサが竿を引き上げる。
だが針には何もくっついていなかった。
「あはは、早いよ。お、釣れた」
僕は釣り竿を引き上げると、ぶくぶくに太った川魚がくっついていた。
「……また釣り上げてます。これでもう10匹……すごいです」
「小さい頃からよくここで釣りするからね。慣れてるんだ」
アリッサが釣り針を川に沈める。
浮きが沈んだ瞬間にまた引き上げる。
「……また逃しましたっ。もうっ。どうしてっ?」
「焦らない焦らない。あ、また釣れちゃった」
「…………」
アリッサがふくれ面して黙ってしまった。
「ふふ……」
「……なんです?」
唇を尖らせるアリッサが可愛らしい。
「いや、子供っぽいところもあるんだなって。アリッサいつも大人びてるからさ」
「……そうですよ。わたしだってまだ、18なんですからねっ」
1個しか違わないのに、彼女は大人のオーラを纏っている。
それはたぶん、小さいときから歌手として大人の世界に立っているからかな?
「確か、8才で歌手デビューなんだっけ?」
アリッサと知り合うようになって、僕も彼女のことを調べるようになった。
ウィキによると子供の頃から歌手として活動していたらしい。
「……ええ。途中で休止期間も挟んでましたけど」
アリッサは少し表情を暗くする。
どうしたんだろう……?
あんまり、昔のこと触れられたくないのかな……?
「……あっ、ひ、引いてます! すごい引いてるっ!」
釣り竿をにぎりながら、アリッサが興奮気味に言う。
竿の先端がぐいぐいとしなっていた。どうやら魚が食いついているらしい。
「……ど、どうすればっ」
「アリッサ落ち着いて」
「……で、でも、は、初めてでよくわからなくって」
最初は誰だってわからないよね。
よし、じゃあ僕が手伝おう。
「後ろごめんね」
「え……? ひゃあ!」
僕は後ろからアリッサを抱きしめるような格好で、彼女の竿を持つ。
「……あ、あのあの、えっとあの」
アリッサが目をぐるぐるまきにして、動揺しながら言う。
「いいかい、肩の力をまずは抜くんだ」
「……は、はひぃ」
なぜか顔を真っ赤にしてるアリッサ。
力を抜いて、と言った瞬間、ぐらり……と彼女の体が揺らぐ。
「ちょっ!? アリッサちゃんと竿を持って!」
ぱっ、と離れた竿を、アリッサが掴もうとする。
だが失敗して、彼女はバランスを崩す。
「アリッサ!」
「きゃああ!」
ざばーん! ……と音を立てて、僕らは川の中に落ちてしまったのだった。
★
「へくちっ」
「だ、大丈夫……?」
僕たちは川岸でたき火をしている。
火の周りには串に刺した川魚。
ついでに釣った魚をあぶっていた。
「……は、はい。その、タオルありがとうございます」
川に落ちてアリッサの服は濡れてしまった。
それを脱いで乾かしている。
その間に、アリッサは詩子のもってきたバスタオルを体に巻いていた。
……うう、タオルの向こうにアリッサの白い裸体が……いやいや! 邪念を振り払うんだ。
「な、夏場だし服すぐ乾くと思うよ。それまでちょっと待ってようね」
タオルは一枚しかなかったので、僕はぬれた服のまま火に当たっている。
「……ユータさんこそ、お風邪をひかれてしまうのでは?」
「大丈夫だって、僕男の子ですよ? ……くしゅんっ」
気まずい雰囲気になる。
アリッサは顔を赤くすると、タオルをぴらっとめくる。
「……隣、あいてます」
「いやいやいや!」
だって服脱いで、隣に座れってことでしょ!?
いや無理だってまじで!
「……ユータさん、あなたは神作家。風邪で倒れてしまっては世界の損失です。さぁさぁ、脱いで♡」
「な、なんか楽しんでない?」
「……はい♡ さぁお早く」
……ま、まあでも風邪引くのはダメだし、上のシャツだけ脱いで、彼女の隣に座る。
「……し、失礼しますっ」
彼女の肌と僕の肌がか、重なる。
あったかい……け、けど……心臓バクバクする。
だってすぐ隣に、世界的な美人歌手のアリッサの、全裸があるんだよ?
緊張するよぉ……。
僕らは同じバスタオルに身をくるんで、たき火に当たる。
ちなみに詩子達は、離れた場所で釣りを楽しんでいる。
「「…………」」
しばらく僕らは無言だった。
いや、それはそうでしょ。
裸で、肩を寄せ合って火に当たってるんだから。
なんだよこの状況……。
「……楽しいですね、ここ」
ぽつりとアリッサがつぶやく。
「そうかな?」
「……はい。美しい自然があって。それに釣りもできますし」
「田舎に来るの初めて?」
「……ライブでは何度か。でもお仕事で来てるので、観光は全然」
「そう……なんだね」
18年生きてきて、田舎で観光するって事はなかったのだろうか。
子供の頃なら……あ、でも仕事してたのかな。
「……ユータさんは、毎年ここへ来てるんですか?」
「そうだねー。物心ついたときには。ほら、母さんの実家だしさここ」
「……わたしは、家族と旅行したこと、一度もないです」
どこか寂しそうにアリッサがつぶやく。
「一度も?」
「……ええ。子供の頃はお稽古とお仕事ばかりでしたので。それにお母さんが……」
それきり、アリッサは黙ってしまう。
「お母さんが……どうしたの?」
そういえばアリッサの家族関係は不明な点が多い。
超高級マンションに、1人で住んでいた。
家事はお手伝いの贄川さんが、ずっと昔から代行していたって言っていた。
「……なんでも、ないです」
「そ、そう……」
正直不完全燃焼すぎた。
彼女もまた全てを口にできずもどかしそうにしている。
でも……僕は見てしまった。
彼女が、自分の過去を語ろうとしたときに辛そうにしていた。
何か、悲劇的なことが、家族に起きたんだろうか……?
それを無理矢理聞き出すことは僕にはできない。
興味本位で踏み込んで良い内容じゃない。
でも……。
「辛いことは、1人でため込まない方がいいよ」
「……え?」
アリッサが目を丸くする。
「……ど、どういう?」
「え、そのままの意味だよ。辛いこととか嫌なことがあったら、無理に言わなくてもいい。けど1人でため込むとさ、気持ちが落ち込んじゃわない?」
答えのないことをグルグルと考えていると、ドンドン思考がネガティブになるんだよね。
「そういうときはさ、相談に乗るよ。ほら、僕たち……友達でしょう?」
「……ユータさん」
彼女が目を潤ませて僕を見上げる。
夏空のようなその青い瞳に吸い込まれそうになる。
……顔を、どちらからともなく近づける。
「「じ~~~~~~~~~~~」」
……詩子達が、僕らをガン見していた。
「な、何やってるの?」
「「続けて、どうぞ……!」」
詩子たちはしゃがみ込んで、僕らを見ていた! わぁ……! は、はずい……。
ぱっ、と僕らは体を離す。
「なーんだもうやめちゃうの?」
「そのまま外でおっぱじめるのかと期待したのに~」
「……お、おっぱじ……きゅう……」
アリッサは顔を真っ赤にして、くたぁ……と体から力を抜く。
僕に寄りかかってきて、そのまま押し倒される形になった!
全裸のアリッサに、のしかかられてる!
「う、詩子たすけて!」
「えー、なんだってー?」
ぱしゃぱしゃ、とスマホで僕らを激写してる!
やめて! これ誤解生むから!
「良いから助けてって!」
「「はーい」」




