61話 親戚ご近所の間ではヒーロー扱い
僕は母方の実家である、長野県のじいちゃんの家に帰省していた。
「ゆう兄ちゃん帰ってきたのー!?」
玄関に入ると、ドタドタと足音を立てながら、廊下の奥から小柄な子供が現れる。
「ななおちゃん、久しぶり」
二重まぶたと八重歯が特徴的だ。
140センチくらい。
ショートカットに日に焼けた肌。
タンクトップにホットパンツを着ている。
「くぅ~~~~~~♡ ゆう兄ちゃああああああああああん♡」
バッ……! とななおちゃんが僕の胸に飛び込んでくる。
「久しぶりだに~! 元気だったかやー?」
じゃっかんの南信訛りを懐かしく思いながら、僕はななおちゃんを抱きしめる。
「うん、元気だったよ。ななおちゃんも?」
「うん! もう毎日野球野球フルパワー! って感じだにっ!」
にかーと笑うななおちゃん。
「……あの、ユータさんどちら様です?」
若干苛立ちげに、アリッサが言う。
「この子は【ななお】ちゃん。母さんの妹、のお子さん」
僕にとってはイトコである。
「……なんだ、イトコさんでしたか」
ホッ、とアリッサが安堵の吐息をつく。
「ねーねー! ゆう兄ちゃん! デジマス、映画見たよー!」
にかーっと笑ってななおちゃんが言う。
「もうね……さいっこうだった! イオンの映画館でもう10回はみたよ!」
「ありがとう、ななおちゃん」
むぎゅーっ、とななおちゃんが僕に抱きつく。
「やっぱゆう兄ちゃんは神だに! ものすんげぇ面白いモンデジマス!」
と、そのときだった。
「「「ゆーにーちゃんいるのー!?」」」
ででで、と廊下の奥からまた子供達が出現した。
「わー! ゆーにーちゃんだ!」
「おかえりおかえりー!」
あっという間にたくさんの幼い子供達に囲まれる。
「……この子達も、イトコさんなのですか? それにしては多いような」
「うん。母さん5人姉妹なんだ。で、それぞれの子供さん」
「なるほど……」
僕たちは玄関で靴を脱いで、客間へと移動する。
「ゆーにーちゃん! デジマスごっこしよーよ!」「ぼくリョウねー!」「あー、ずるいリョウはおれがやるのー!」
誰がデジマスの主人公、リョウ役をやるかで揉めている。
子供達に揉みくちゃにされながら、僕らは歩く。
「……ユータさんはどうしてこんなに、子供達に人気があるのですか?」
アリッサが詩子に尋ねる。
「みーんなデジマスファンなんだよ」
「……まあ。でもデジマスって原作はネット小説ですよね? こんな小さな子も読めるんですか?」
「デジマスはアニメもマンガもやってるからねー、小さな子でも楽しめるんだよ」
「なるほど……さすがユータさんの神作品ですね」
ななおちゃんが僕の背中に乗ってくる。
「ねーねー! デジマス、二期はいつやるのー?」
「来年の冬くらいかな」
「えー! まちきれなーい! まちきれないよぉう!」
ぎゅーっと抱きついて、ななおちゃんが僕を揺すってくる。
「……離れなさい、ユータさんが困ってるでしょう?」
「えー? 困ってるのかや?」
ななおちゃんが僕に問うてくる。
「ううん、別に」
「ほらー! というか……お姉ちゃん誰?」
ふん、とアリッサが胸を張る。
「……わたしはユータさんの婚約者です」
「「「えー!?」」」
子供達がびっくり仰天している。
「こんにゃくしゃー?」「ばか、こんやくしゃだよ」「けっこんあいてかっ」「ついにゆーにーちゃんに春が!」
キラキラ、とした目をアリッサに向ける子供達。
「どこまでやったのー?」「ちゅーは?」「いっしょにねたのー?」
ボッ……とアリッサが耳の先まで赤くする。
「……あ、いや、そこまでは」
子供達の好奇の目にさらされる。
「ねーねー!」「ゆーにーちゃんとやったのー?」
「……やっ!? は、ハシタナイ!」
「「「やったのー?」」」
あうう……とアリッサが顔を赤くして言う。
「はいはいみんな、アリッサが困ってるからやめてね。あと彼女は僕の友達だから」
「「「なんだぁー……」」」
ちぇ、と子供達がつまらなそうに言う。
「うたこ姉ちゃん、実際のとこどうなの?」
ななおちゃんが詩子に尋ねる。
「え、つきあってるんじゃないのお兄ちゃん達って?」
「「つきあってませんっ」」
「じゃ、おらがゆう兄ちゃんとつきあっても問題ないだに? なぁ!」
にかーっと笑ってななおちゃんが言う。
「問題あるよ」
「えー、どうしてー?」
「だってななおちゃん……男の子じゃん」
アリッサが目を丸くする。
「……お、男の子、なのです? こんな、可愛らしいのに?」
そう、ショートカットに円らな瞳、肌もすべすべもちもちで、どう見ても女の子……。
なんだけど、男なんだよねぇ。
「おうよ! ちゃんとゾウさんついてるよ! みるみる?」
ななおちゃんがホットパンツをズリ下ろそうとする。
「やめなさいって」
「ゆう兄ちゃん! 暑かったでしょ? 一緒にお風呂入ろうお風呂ー!」
むぎゅーっとななおちゃんが僕に抱きついてくる。
男の娘……否、男の子なので背中に当たるのは、ごりっとした感触だ。
「はいはい後でね。まずはみんなにあいさつしなきゃだし」
「「「ぶーぶー!」」」
僕らは大所帯で客間へとやってきた。
「「「ゆうちゃーん! 久しぶりぃー♡」」」
きゃー! と黄色い声を上げながら、僕に近づく美女が4人。
みんなどことなく母さんの面影を残している。
「ゆうちゃん読んだわよデジマス♡」
「毎回とっても面白いわね! さすがゆうちゃん!」
きゃあきゃあ、と僕は美女達に囲まれてもみくちゃになる。
「……詩子さん、どなたですか?」
「お母さんの姉妹ちゃんズ」
全員とっても若いふうにみえる。
20代でも全然通用する。
けど……子供がいるし、母さんの姉妹なのでさんじゅ「ゆーちゃん♡」
にっこりと笑って母さんが言う。
「それ以上は……ゆーちゃんでもダメよ~♡」
凄い笑顔の母さん。
けど背後に般若の姿が……!
「そうだぞ勇太! 母さんに歳の話題はNGワードなんだ! そう、たとえ全員さんじゅうぐふぅううううううううう……」
母さんがミゾオチに一撃、おばさんたちが連続でコンボを決める。
「と、父さん……大丈夫?」
「なに……大丈夫さ。美女のパンチは……ご褒美だぜ……」
がくん、と父さんが倒れる。
「あらあらあなたお疲れなのね。長野まで長かったものね。こっちでねましょうねー」
ずりずり、と母さんが父さんを引きずっていく。
「ゆーちゃん♡」
がばっ! と抱きついてきたのは、母さんの妹【月子】さんだ。
ちなみにななおちゃんのお母さん。
さらに言うと、母さんの姉妹は、
雪(母さん)、月子(次女)、花鶏(三女)、風香(四女)、水鳥(五女)の5人。
「おっきくなったわね~!」
「少し見ない間にかわいさに磨きが掛かってるわねー♡」
ぎゅーっ、とおばさんたちが抱きついてくる。
母さんの妹も、母さん同様に巨乳なので困る。
「こっちもおっきくなった?」
「せ、セクハラですよっ! もうっ!」
「かーちゃんずるーい! おらもー!」
むぎゅーっ、とななおちゃんが抱きつく。
そこからもう誰が抱きつくかで揉めていた。
「……本当に大人気なのですね、ユータさん」
ちょっと離れた場所でアリッサが目を丸くしている。
詩子は両足を投げ出してアイスバーを食べていた。
「まー、おにーちゃんって地元じゃヒーローだからね」
「……ヒーロー?」
くいっ、と詩子が客間の奥を指さす。
そこには本棚やカラーボックスなどがたくさん置いてあった。
そして、デジマスの……というか、カミマツ作品の本やグッズが、山のように置いてあった。
「おじーちゃんがもう近所中に、親戚中にお兄ちゃんの作品広めまくったの」
「……なるほど、それでこの大人気っぷりなのですね」
がらり、とガラス戸が開かれる。
「勇太くん帰ってるってほんとかやー!?」
「ほんとだ勇太くんだにーー!」
ぞろぞろと入ってきたのは、じいちゃんの友達の農家さんだったりお隣さんだった。
1人2人ってレベルじゃない。
もう凄い大人数で押しかけてきた……!
「いさみさんから聞いたよぉ! アニメのでーぶいでーが、ものすんげえうれたってなぁ!」
「……いさみ?」
はて、とアリッサが首をかしげる。
「うちのおじいちゃん。上松いさみ」
わらわらともう、収拾がつかないレベルで近所のじいちゃんばあちゃんが押しかけてきたー!
さらにその子供や親も連れてきて……訳わかんないレベルで大人数になってるし!
「……みなさん、ユータさんのファンなのです?」
「そー。いい年こいたじいちゃんばあちゃんもカミマツ作品の大ファン。はーすごいよねぇおにいちゃん」
集まっているみんな、デジマスのシャツやらグッズやらをみんな身につけている。
身動きできないレベルでじいちゃん達に囲まれる僕……!
「勇太ちゃんは本当に天才だに!」
「むかしっから勇太ちゃんは神がかってたからなぁ!」
「おらたちにとっちゃイチローや大谷選手より勇太ちゃんのがヒーローだになぁ!」
そこへ子供が無邪気に、デジマスグッズを持ってやってくる。
「「「ゆーにーちゃん! グッズにサインしてー!」」」
「ああもう……! ちょっとみんな離れて! 動けないよー!」
けれどみんな僕を離そうとしてくれない。
「写真とろー! クラスのみんなに自慢するんだー!」
「あーずっるぅい! おれもー!」
子供達がスマホを取り出して、僕と記念撮影をしようとする。
「子供達も野球選手やサッカー選手より、みんなお兄ちゃんに憧れてるのよね、この村だと」
ぺろぺろ、と詩子が二本目のアイスバーを食べる。
「……本当に大人気なのですね。すごいです、勇太さん」
結局じいちゃんがその場をおさめてくれるまで、僕は揉みくちゃにされまくっていたのだった。




