59話 夏コミの終わり、打ち上げ
夏コミも無事終了し、僕たちみんなは、打ち上げにやってきていた。
「それでは……焼き肉ぱーちー、はじめますっ!」
主催者はもちろん、神絵師こうちゃん。
ここはお高い焼き肉屋JOJO苑。
上座に立つ彼女は、飲み物を片手に周りを見渡す。
「皆さまの……おかげで、大盛況! 売り上げ……がっぽり! なので、今日は……気にせずじゃんじゃん、食べてちょ!」
「「「いえーい!」」」
こうちゃんが手に持ったグラスを掲げて言う。
「じゃ……かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
参加者は僕、こうちゃん、声優の由梨恵、歌手のアリッサ、幼馴染みのみちる、そしてアリッサのお手伝いの贄川さん。
「あっしも参加してよかったんですかい?」
スーツを着たターミネーターみたいな巨漢が、申し訳なさそうに言う。
「よかと、です! 兄貴……世話になったのでっ」
こうちゃんは贄川さんとすっかり打ち解けたご様子。
「アタシもいいのかしら、そんなたいそうなことしてないけど」
みちるもまたそう言う。
「みちるの……姐御。朝から……がんばった! 食いねえ! 肉くいねえ!」
「あ、そ……あんがとね。チビ助……じゃなくて、こうちゃん」
にこーっとこうちゃんが笑う。
こっちも仲良くなったみたいだ。
「……ユータさん、お肉が焼けましたよ♡」
アリッサがカルビを焼いて、お皿に載せて僕に向けてくる。
「……はい、あーん♡」
「あ、えっと……自分でできるよ」
「……あーん♡」
「あ、あーん」
アリッサの圧に押されて僕は一口食べる。
相変わらずJOJO苑の肉は美味い。
油が、すんごい甘いんだよね。
しかもベタベタした甘さじゃない、こう……後を引かない甘さっていうのかな。
そして口の中で簡単に肉が解けていく……う、うますぎる。
「あ、ずっるぅい! 私も! はい勇太くんあーん♡」
由梨恵が同じく肉を食べさせてくる。
コスプレで身につけていたウィッグを、まだかぶっていた。
多分変装のためってのもあるけど、それ以上に……。
「気に入ったの?」
「うん! なんかコスプレ楽しくなっちゃって……! またやりたいなぁ」
きらん、とこうちゃんが目を輝かせる。
「こすぷれ……まだイベントありまっせ」
「ほんとっ? 出たーい! ねっ!」
なぜか由梨恵が僕を見てくる……!
「そ、そうなんだぁ……こうちゃん良かったね、コスプレ仲間ができて!」
『かみにーさま、新しいコスプレたくさん用意しておきますぜ。またイベントがあったときは無理矢理にでも参加させ……美少女コスプレ神作家カミマツとして世に名をとどろかせましょう……!』
こうちゃんがロシア語で何かを言っていた。
だが僕は学習した。
この子がロシア語をしゃべっているときは、自分にとって都合の良いことをしゃべってるときだと!
「また何か企んでるでしょこうちゃん……」
「オー、ソーリー。ワタシ、日本語ダメダメデース」
……そんな風に、時間は楽しく過ぎていった。
そして、お会計の段階になった。
「こうちゃん、本当に1人で全部払うの?」
「あっしも出しますぜ?」
レジまでやってきた僕たち。
贄川さんも僕も、こうちゃんが1人で全額出すことを気が引けていた。
「だい、じょーぶ! 今日の売り上げ……やばやば。金なら……ある!」
とは言っても年下の、しかも女の子におごってもらうのにはかなり申し訳なさがある……。
「出すって」
「だいじょぶです。お気遣い無用!」
こうちゃんがポシェットに手を突っ込んだ……そのときだ。
「……………………………………」
彼女が石像のように固まったのだ。
「どうしたの?」
ふるふると体を震わせながら、涙目で僕を見上げる。
「……財布、忘れてきた」
★
JOJO苑を出た後、僕はこうちゃんと一緒に、夏コミ会場へと向かった。
その帰り道。僕たちはタクシーに乗って、こうちゃんの家へ向かっていた。
「良かったね、サイフ見つかって」
僕の隣にこうちゃんが座っている。
胸に抱いているのは、可愛らしいお財布だ。
「はい……危機一髪、だった」
守衛さんがサイフを拾っていてくれたんだ。
会場で捜す手間が省けてラッキーだったね。
「かみにーさま……ごめんね」
ぽつり、とこうちゃんがつぶやく。
「焼き肉……お金、出してくれて」
「ああいいよ、気にしないで」
サイフを忘れたこうちゃんの代わりに僕が出したのだ。
「でも……高かった、でしょ?」
「あはは。大丈夫だって、気にしないで。普段から税理士さんに言われてるんだ。先生はお金使わなさすぎって。だからちょうど良かったよ」
こうちゃんがシュン……と肩を縮める。
「せっかく……かみにーさまと、楽しい時間過ごしたのに……水差して、ごめんね」
「何を気にしてるのさ。今日はすっごく楽しかったよ!」
「……そう。でも、めーわく、じゃなかった?」
こうちゃんが沈んだ声音で言う。
「無理矢理……さそって。めーわく……じゃなかった?」
初めての夏コミ。
暑かったけど、新鮮な楽しみに満ちていた。
友達と一緒に売り子をしたり、ファンと交流したり、コスプレしたり……。
「コスプレは……恥ずかしかったけど、でも嫌じゃなかったよ。それに夏コミほんと楽しかった。こうちゃんが誘ってくれなきゃ、こんな楽しいことがあるんだってわからなかった」
だから、と僕は続ける。
「こうちゃん誘ってくれて、ありがと」
「……かみにーさま」
くすん、とこうちゃんが鼻を鳴らす。
きゅっ、と彼女が僕の腕に抱きついてきた。
こうちゃんは、妹みたいなもんだ。
さらさらの銀髪をよしよしとなでる。
ほどなくして、こうちゃんの家に到着した。
このまま僕はタクシーに乗って自宅に戻る。
僕はこうちゃんを、彼女の家の玄関まで送り届ける。
「それじゃ、こうちゃん。お休み」
「あ、あの……! かみにーさまっ」
ととと、とこうちゃんが顔を赤くして、僕に近づいてくる。
「お礼……したいです」
「お礼? なんの?」
「諸々の……お礼」
「いや、いいよ。お礼なんて」
ぶんぶん! とこうちゃんが首を振る。
「お願い……です。お礼したい……です」
「うーん……別にいんだけど……」
「…………」
しゅん、と肩を落とす彼女を見ていると、なんだかさらに悪い気がした。
「あー、うん。わかったよ」
ぱぁ! とこうちゃんが表情を明るくする。
「かみにーさま、しゃがんで」
「? うん」
「目、閉じて」
「え? う、うん……」
なにをするんだろう?
ちゅっ……♡
「………………はい?」
目を開けると、すぐ目の前にこうちゃんがいた。
……正面から、僕の唇に、キスをしたのである。
「え、えっと……」
「お、お礼……の、ちゅ、ちゅー……です」
「あ、ああ! お礼ね! うん、お礼のね」
妹も親愛の情をこめて、良くキスしてくるし……ああいうノリだろうね。
こうちゃんは恥じらいの表情を見せながら、一歩下がる。
「わたし……毎日、楽しい。かみにーさまに出会ってから……毎日すっごく。あなたの……おかげです」
こうちゃんが胸に手を当てて言う。
「ありがと……かみにーさま」
目をほそめてこうちゃんが、ロシア語でこんなことを言う。
『大好き♡』
その言葉の意味は、わからなかった。
でも……嫌な感じはしなかった。
……と、そのときだ。
『『おー、やるじゃーん!』』
ばーん! とこうちゃんの家のドアが開き、2人の女性が出て行くる。
双子のようだ。
こうちゃんにどことなく似ている……。
「ど、どちら様?」
「おねーちゃん……ズ」
なるほど、こうちゃんの双子のお姉さんか。
『やるじゃーんこうちゃん!』
『彼ピッピ? ねえ彼ピッピなの~?』
双子のお姉さんが、こうちゃんをはさみ、つんつんと頬をつつく。
ちなみに会話はロシア語だった。
『ち、ちがわい! 彼氏じゃないよ!』
『『うっそつけ~』』
にやにやと楽しそうに、双子お姉さんがこうちゃんの頬をつつく。
『もう手つないだ?』
『もうベッドインした?』
『してないもーん!』
『『でもちゅーはしたでしょ?』』
『あうぅううう~…………』
ロシア語で双子姉からいじられまくっているこうちゃん。
『君が、こうちゃんの彼氏さん?』
双子のひとりが、僕に近づいてくる。
「えっと……こうちゃん何だって?」
「初めましてこんにちは。こうのお姉さんです、だそーです」
顔を真っ赤にしながらこうちゃんが翻訳してくれる。
「初めまして、上松 勇太です。こうちゃんの友達です」
こうちゃんがロシア語で通訳してくれる。
『うちの妹を可愛がってくれてありがとう!』
『今度お礼させてね! たっぷり……お姉さん達がサービスしてあげる♡』
ちゅっ、とお姉さんズが投げキッスをする。
『もー! 変なこと言わないで! かみにーさまは、こうちゃんのかみにーさまなんだから!』
ケラケラと笑うお姉さん達。
仲が良いみたいだ。
「それじゃ、こうちゃん。またね」
「はいっ、また……!」
こうして、僕たちの夏コミは終了したのだった。




