58話 同人誌の売上でもライバル作家を圧倒する
僕たちは今度新作が出版される、SR文庫の夏コミ企業ブースへとやってきている。
みちる、アリッサは漫画家の南木曽さんとともに、女子トイレへと向かった。
一方で僕は芽依さんとブースにて、彼女たちの帰りを待っていたんだけど……。
「うげ、カミマツ……なんでいるんだよ」
「あ、エリオちゃん。久しぶり」
ラノベ作家の【黒姫 エリオ】。
中学生にして天才女子中学生作家と称される少女だ。
「ふははは! やぁ我がライバル、奇遇ではないかっ!」
「白馬先生!」
エリオちゃんの隣に立っているのは、白いスーツが似合う高身長のイケメン。
白馬 王子。
アニメ化作品であるAMOを始めとした人気作を数々連発する、すごい作家さんだ。
「二人とも夏コミに参加してたんですね」
「うむ。市場調査と……そして暑い中がんばっている芽依くんに陣中見舞いを持ってきたのだよ」
白馬先生は肩から、折りたためるクーラーボックスを下げていた。
ジッパーを開けて、中からキンキンに冷えたスポーツドリンクを取り出す。
「ありがとうございます白馬先生! あ、でも……すみません。ついさっき、カミマツ先生にも飲み物をもらってて……」
そう、僕もここへ来る前に自販機で飲み物を買ってきていたのだ。
「おや、そうだったのかい。さすがカミマツくん、気が利くじゃないか」
「あ、えっと……すみません。無駄になってしまって……」
「構わないよ。ならこれは君にあげよう」
僕は白馬先生からドリンクを受け取る。
「ありがとうございます! いただきます!」
「うむ。それとこの塩キャンディを食べると良い。熱中症にならないためにね」
僕らは先生から塩キャンディを受け取る。
相変わらず気遣いの人だなぁ……! かっこいい!
「おいカミマツ、おまえ何してんだよこんなとこで」
「友達が同人誌売るの手伝ってたんだ」
「なっ!? て、てめえ……陰キャのくせに友達いるのかよ!?」
エリオちゃんが驚愕の表情を浮かべる。
「エリオ、それは失礼な発言だよ。彼は素敵な男の子なんだ。友達も居て当然。彼女だっていて当然だろう?」
「あ、あの……彼女は別にいないですけど」
「おや? そうなのかい。良かったねエリオ。彼はフリーだそうだ」
「なっ!? ななな、何言ってるんですか! ぼ、ボクこんな陰キャのこと全然好きじゃないですからね!」
はいはい、と白馬先生が苦笑している。
「え、なんのこと?」
「うっさい! 死ね! くそっ! ちょっと友達が居るからって調子乗るなよカミマツぅ!」
別に調子は乗ってないんだけどなぁ。
「もしかしてエリオちゃん友達居ないの?」
「い、いいいいいるし! 100億光年いるし!」
「光年は距離の単位だよ」
「う……うぁああんししょー! カミマツがいじめるよぉ~!」
白馬先生の腰にエリオちゃんが抱きつく。
「ところで、同人誌の配布状況はどんな感じかな、芽依くん?」
僕らは父さんの立ち上げた新レーベル、SR文庫で新作ラノベを出すことになった。
そのお試し版を、同人誌として、無料配布することになったのである。
「結構捌けましたよ! もうあとこの山1つくらいです!」
後ろに空になった段ボールが置いてあった。
割と刷ったらしいことがうかがえる。
「父さん……大丈夫かな」
フリーペーパー的に配ってるので、刷りすぎて赤字になりかねない。
「大丈夫! 先生たちの新作が爆売れして、黒字にしてくれるって信じてますから!」
「が、頑張ります……って、あれ? 父さんは?」
「編集長ならコスプレイヤーさんを激写しにいきました」
あの人は仕事ほっぽり出して……まったくもう。
母さんにlineしとこ。
僕はありのままを母さんに報告する。
ぴこん♪
『ありがとうゆーちゃん。あの人のムスコは……潰す』
息子って……僕じゃなくて、父さんのあれだよね。
罰が、重すぎる!
ま、まあでも冗談だよね、うん、冗談だよね!?
その後、僕らは芽依さんのスペースで同人誌の配布を手伝う。
そうはいっても、時刻は午後。
お客さんはほぼいない。みんな午前中には目当てのもの買って帰るんだってさ。
「おいカミマツ。ボクの新作、すっげえ出来になったからよ。今回は悪いけど勝つわ」
エリオちゃんが僕を見上げて、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ボクの新作とししょーの新作で、てめえをケチョンケチョンにしてやるぜぇ、カミマツぅ。震えて発売日を待つが良い!」
「うん。新作読めるの楽しみにしてるよ!」
「ケッ……! よゆーぶりやがって……見てろよ、ボクら師弟のパワーで蹴散らしてやるから……ね! ししょー!」
白馬先生はニコッと笑ってうなずく。
「ああ! カミマツくん、今回こそは勝たせてもらうよ!」
今回、僕らはそれぞれ書いたことのないジャンルに挑戦している。
僕は現実恋愛ジャンル、エリオちゃんはSF、白馬先生はハイファンタジー。
「先生はAMOでファンタジーっぽいの書いてたけど、エリオちゃんってSF書けるの?」
「はん! 馬鹿にすんなし。誰の弟子だと思ってるのおまえ? 天下のAMO作者の弟子なんだぜボク?」
そういえばそうだった。
となると、全員かなりの強敵だなぁ……負けないように、頑張らないとっ。
と、そのときだった。
「すみません、同人誌ください!」
同い年くらいの女の子が同人誌を求めてやってきた。
「はいどうぞ」
僕は1冊手に取って、女の子に手渡す。
ぺらぺらとめくって、あれ? と彼女が首をかしげる。
「カミマツ先生の作品、載ってないんですか?」
「「「え?」」」
僕とエリオちゃん、そして白馬先生が首をかしげる。
「あー、ごめんなさい! カミマツ先生の同人誌は売り切れちゃったんですよー!」
すかさず芽依さんがフォローを入れる。
僕の、同人誌?
「あー、そっかぁ~……残念」
彼女は肩を落として去っていった。
「えっと、どういうことです?」
「この同人誌にはエリオとカミマツ君の作品が、載ってないように見受けられるがね?」
この同人誌に乗っているのは白馬先生のファンタジー作品だけだった。
「あれ、同人誌3種類作ることになったの言ってなかったっけ?」
「「「3種類……?」」」
「ええ。カミマツ先生、黒姫先生、白馬先生、それぞれが最高の原稿を仕上げてくれました。分量が多くなってしまったので、3種類の同人誌を同数、用意することになったのです」
なるほど、そういう事情があったんだ。
……って、あれ?
白馬先生のだけが残ってるってことは……?
「お、おい……じゃあボクたちの同人誌はどうなったんだよ?」
「カミマツ先生の同人誌は、瞬殺でした。ものの数分で完売。数時間後、午後1には黒姫先生の同人誌もはけました。残りは白馬先生の同人誌だけです」
「グハァアアアアアアアアアアア!」
白馬先生が吐血してその場に倒れる。
「せ、せんせー!」
「ししょー! おいなんて残酷な事実突きつけるんだよぉ!」
エリオちゃんの言う通りだ。
同じ部数刷って、僕のは瞬殺、エリオちゃんのも完売、そして残っているのは白馬先生だけなんて。
これじゃまるで、格付けしてるみたいじゃないか!
「し、ししょーのが……面白くないっていうのかよ!?」
「そんなことはありません。最高に面白かったです。けどお試し版での順位的には、1位がカミマツ先生で、3位が白馬先生」
「ぐふぅうううううううううううううう!」
先生が心臓を手で押さえてびくんびくん! と体をけいれんさせる。
「面白くないって言ってるのと同義だろう!?」
「言ってませんよ。しょせんはお試し版ですから」
いやそうだけど……。
すると白馬先生が、むくりと立ち上がる。
さら、と手で前髪を払うと、何事もなかったかのようにさわやかな笑みを浮かべる。
「すごいじゃないか、エリオ。それにカミマツくん。君たちの新作を、みんな期待してくれてるのだよ」
白馬先生はお試し版での結果を受けても、なお相手への賞賛を忘れていなかった。
「僕は……すごい楽しみです! 先生の作品!」
「そうだぜししょー! こんな……同人誌がどれだけ売れたかなんて関係ないよ!」
「フーーーーーハッ八ッハァ! その通りだよわが弟子よ……!」
白馬がバッ……! とカッコいいポーズをとる。
「私が二人より売れないだって? おいおい一体誰がそれを決めたというのだね?!」
バッ……! と前髪をかきあげて、白馬先生が言う。
「本が売れたかどうか……それを決めるのは読者だ! 我々作者がウダウダうじうじしていたところで何の意味も無い!」
「そう……そうですよ! その通りですよ!」
ニッ、と笑って白馬先生が右手を出してくる。
「我がライバルよ、お試し版で差をつけたからって、本番では手を抜いてくれるなよ。君の本気の原稿を……私の全力をもって打ち破ってみせる」
「はい……もちろん!」
こうして、二度目の戦いの火蓋が切られたのだった。
「あ、でもカミマツ先生って原稿もう書き上がってますよね?」
「あんた……ほんっとに空気読めないよなぁ!」




