57話 天才女子高生マンガ家も、僕の大ファン
夏コミに神絵師こうちゃんの手伝いにやってきた僕たち。
こうちゃんの用意した同人誌は完売、その後臨時で行われたサイン会も大盛況に終わった。
「みんなこれからどうする?」
みちるの作ってきたサンドイッチを僕らは昼食として食べる。
ちなみに僕はコスプレ衣装を解いていた。
「私コスプレのスペース行ってこようかな」
「コスプレのスペースって何?」
みちるが首をかしげながら言う。
それに答えるのは、ターミネーター風の巨漢、贄川さんだ。
「夏コミって同人誌の販売会だけがメインじゃないんでさぁ。アニメやマンガのコスプレを披露する場も設けてるですぜ」
「私、なんだかコスプレ楽しくなっちゃってさ!」
「わたし、おとも……します!」『こうちゃんもコスプレ解禁しまっせ!』
由梨恵とこうちゃんはコスプレスペースに。贄川さんがボディガードとして参加するらしい。
「勇太くんはどうするの?」
「企業ブースにいって、SR文庫のスペース見てこようかな。芽依さんにアイサツしたい」
SR文庫とは父さんが編集長を務める、新レーベルだ。
担当編集の芽依さんには、先ほどの臨時大サイン会のことでもごめんなさいしておきたかったし。
「……ではわたしはユータさんにお供します」
「当然アタシも勇太についてくわ」
アリッサとみちるは僕に付いてくるみたいだ。
「……なぜあなたが付いてくるんです? ユータさんとのデート……邪魔しないでくれません?」
みちるをにらみつけながら、アリッサが僕の腕を抱きしめる。
凄まじい柔らかな感触が肘に当たる! やみつきになりそうな感覚だが、い、いかんこれはいかん!
「あんたこそ、勇太との水入らずを邪魔しないでよ」
幼馴染みも負けじと、逆側の腕を掴む。
こ、こっちも負けず劣らずの凄い胸だ。
みちるのほうが身長が低いのに、アリッサと同じくらい大きなおっぱいがあって……ああ何を考えてるんだ僕はっ!
『さすがかみにーさま。たくさんの女をはべらせる! まるで女子を吸い寄せるフェロモンが出てるみたい』
『案外みたいではないんじゃないですかねぇい』
『ね! きっとこうちゃん達が目を離した隙に、新しい女をゲットするよ。さすが女子ハンター』
ロシア語で会話する贄川さんとこうちゃん。
絶対ロクデモナイ会話してる!
「と、とにかく……じゃあ夕方くらいまで自由行動ってことで」
「うちあげ……会場、確保してますっ」
お手伝いした僕らを、打ち上げに誘ってくれたのだ。
年下におごってもらうのは気が引けたけど……どうしてもってこうちゃんがお願いしてきたので、ご相伴にあずかることにした。
「今夜は、焼き肉ぱーちー! です!」
「「「おお! 楽しみー」」」
★
僕とアリッサ、みちるの3人は企業ブースへと移動した。
贄川さんに会場のめちゃくちゃわかりやすい地図をもらったおかげで、すんなり到着。
「ふーん。企業ブースって薄い本あんまないのね」
みちるが周辺をキョロキョロ見渡して言う。
「どっちかって言うとグッズメインなんだってさ」
アニメやマンガのグッズがあちこちで並んでいた。
「ねえ勇太、アレ何かしら? 不自然にぽっかりしてるけど?」
「ほんとだ、何にも無いや……」
僕らはブースの一画へと足を運ぶ。
他の企業さんは、キーホルダーやらの小物が置いてある。
けど、そのブースだけは何にも置いてなかった。
「かき入れ時に何にも売ってないとか、やる気無いのかしら?」
「……違います。売る物が、全てはけてしまったのですよ」
スッ……とアリッサが指さす。
「なるほど……ここ、デジマスのブースなのね」
僕のデビュー作、デジマス。
この作品はアニメになっている。ここはアニメ会社のブースだった。
「作品だけじゃなくて、グッズも爆売れって凄いわね」
「……あなたは知らないでしょうが、先日デジマスの劇場版の円盤枚数が発表されました」
「へえ、どれくらい売れたの?」
「100万枚」
「ひゃ……!? あ、相変わらずとんでもない数字ね……」
フッ……とアリッサが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「なによ、感じ悪いわね」
「……無知ですね。100万枚とは、発売初日のみの売り上げですよ」
「は、はぁああああ!? い、一日で100万枚売り上げたのぉおおおお!?」
目玉が飛び出るほど仰天するみちる。
そう……先日芽依さんから聞かされて驚いたのだ。
「……デジマス 無限天空闘技場編は、日本の映画史に残るほどの大傑作。売り上げ枚数も歴代一位をとったのです。円盤の売り上げもこれくらいあって当然です」
「な、なるほど……さすが勇太ね」
ふたりがキラキラした眼を僕に向ける。
「ありがと。でもアニメ作ったの僕じゃないし、すごいのは映画作ってくれたみんなのおかげだよ」
僕はアリッサを見て言う。
「もちろん、アリッサもその1人だよ。ありがと」
「…………」
アリッサが耳の先まで赤く染めると、僕の腕にぎゅーっと抱きつく。
「……いえ、わたしの力なんて微々たる物。たくさんの人に認められたのはユータさんが凄い作品を世に生み出したからですよ」
「いやいや、アリッサが凄い歌作ってくれたからだよ」
「……いえいえ、ユータさんが凄いからですよ」
ふふ、と僕らは笑い合う。
「…………」
みちるはその様子を遠巻きに見ていた。
目をほそめて、ぎゅっ……と胸の前で手を組む。
「……遠いよ、勇太」
「え? どうしたの?」
みちるは微笑むと首を振って言う。
「ううん。すごいわね、あんた達……って思っただけ」
みちるはアリッサに微笑みかける。
「羨ましいわ、あんたが」
どこか寂しそうな笑みに見えた。
一方でアリッサは、どことなく気まずそうに目をそらす。
「……わたしからすれば、あなたのほうが、羨ましいですよ。ユータさんと幼馴染みだなんて、誰でもなれないのですから」
みちるは目をほそめると、小さく微笑んだ。
「慰めてくれてあんがとね」
「……別にあなたを慰めたつもりは毛頭ありませんけどね」
ややあって。
僕らは芽依さんたちのいる、SR文庫のスペースへとやってきたのだが……。
「あれ? 芽依さんいないや」
「トイレかしらね?」
「いやでもブースを放置なんてしないだろうし……あ、誰かいるや」
SR文庫のブースの前で、誰かが座っていた。
「「あっ!」」
そこに座っていたのは、僕にサインを最初に求めてきた少女だった。
「先生じゃないっすかー!」
「え? な、南木曽……さん?」
「そーっす! 南木曽 ナギっす! 覚えててくれたんすねー! ひゃー感激ぃ!」
テンション高く飛び上がると、南木曽さんは僕の元へやってくる。
「まさかカミマツ先生、自分に会いに来てくれたんすか?」
「あ、えっと……芽依さんに挨拶をと思って。それと……僕がカミマツって、どうしてわかるの?」
南木曽さんは、女装している僕しか知らないはず。
だのに、コスプレしてない僕を認識していた。
「わかるっす! 筋肉の付き方と骨格で!」
とんでもない根拠だった……!
「ひゃーカミマツ先生女装も似合うし、コスプレして無くってもカッコいいっすね!」
南木曽さんが僕の手を掴んでうっとりする。
「ああ……この美しい手から……神作が生み出されるんすねぇ~……♡ ちゅっちゅ♡」
「「ちょっと!」」
南木曽さんが僕の手にキスをする。
みちるとアリッサが彼女を引き剥がした。
「い、いきなり何してるのよ! この変態!」
「そうです! 破廉恥な! 羨ましいですよ!」
ちょっと最後願望漏れてなかった……?
「すんませんっす。あんまりにも美しい手だったのでつい……」
「もしかして南木曽さん……」
「ナギでいいっすよー」
「……じゃあナギさん。手フェチ?」
「手っつーか、人間のパーツなら全部好物っす……はぁはぁ……神作家の手……指……素晴らし……♡」
なんか変な人だなこの人……。
「あ、そうだ……南木曽さん。確かめておきたいことがあったんです。南木曽さんって……もしかして……」
と、そのときだった。
「ナギ先生? 何やってるんです?」
「あー、芽依ちゃんっす。おかえりーっす」
ひらひら、とナギさんが手を振る。
「あ、カミマツ先生! 聞きましたよー
、やらかしてくれましたねぇ~」
どうやらサイン会の件がバレてるらしい。
「ま、でも結果オーライです。カミマツ先生がバズってくれたおかげで、作品の宣伝にもなりましたので。よしとしましょう!」
「ありがとうございます……ところで、芽依さん。ナギ先生……って、もしかして」
僕はナギさんを見て言う。
「デジマスのコミカライズしてくださってる……ナギソナギ先生ですか?」
「そーっすよ、カミマツ先生! いつも神作品書いてくれてありがとーっす!」
そうか、やっぱりそうだったのか……!
「勇太、この人って結局なんなの?」
「ナギさんは漫画家さんだよ。デジマスのマンガ版を書いてくれてる人」
そうそう、とナギさんがうなずく。
「漫画家……ってこんな若そうな人がやれるもんなの?」
「若そうじゃないっすよぉ。自分16っす」
「「16!?」」
まさかの高校生!?
「ナギさん……高校通いながら漫画家やってたんですか!?」
デジマスのコミカライズは、週1ペースで、ウェブのマンガアプリ上で連載されている。
あまりにアップロードする速度が速いから、てっきり専業のかただと思ってたのに……。
「す、すごい……」
「えへへっ恐縮っす」
芽依さんがこほん、と咳払いする。
「そしてこのたび、僕心のコミカライズを担当してもらえることになりました」
「ぼ、僕心もマンガ書いてくれるんですか?」
僕心とは、僕の書いた2シリーズ目の小説だ。
先日1巻が発売されて、月末に2巻が出る。
「そーっす。しかも、週刊少年マガジャンで週刊連載するっすー!」
「「えぇえええええ!?」」
僕とみちるが声を張り上げる。
「ま、マガジャン……って、日本一の週刊マンガ雑誌でしょ? マンガって言えばマガジャンだって……アタシだって知ってるわ」
「ネット小説の、週刊少年誌でのコミカライズなんて……聞いたことないですよ」
ふふん、と芽依さんが胸を張る。
「めっちゃ頑張って仕事とってきました! 先生の神作を、より多くの人に知ってもらうためには……マガジャンで載せるのがベストだって!」
マジか……マガジャンに作品載せてもらえるなんて……。
「……さすがユータさん。日本一のマンガ雑誌に認められるなんて……やはり、あなたは最高の小説家ですね」
「自分もカミマツ先生のおかげで、夢のマガジャンで連載できるっす! あざっす先生! 感謝感激っす!」
……なんだか、僕の知らないところで、またなんか凄いことが起きてるようだった。




