56話 身バレと臨時サイン会
神絵師こうちゃんの同人誌を売る手伝いに、僕らはやってきている。
同人誌の積んである机の前には、長蛇の列ができていた。
あまりに長すぎて、端から端まで、列が2往復してる。
「新刊、ください!」
お客さんが来て笑顔で言う。
僕はお金を受け取って、隣に座るみちるが同人誌を手渡す。
「あの! みさやま先生! スケブ……いいですかっ?」
「スケブ? なによそれ」
こうちゃんはうなずくと、お客さんからスケッチブックを受け取る。
「あ、なるほど。スケッチブックにサインってことね」
彼女は受け取ったスケブに、凄い速さでサインと、そして絵を描いた。
「「はやっ!」」
あんまりにも早かった。
下書きもなく、一瞬で美麗なイラストが、マジックペンで描かれたのだ。
「チビ助あんた……凄い絵師なのね」
「すごいすごい、こうちゃん」
「きょ、きょーしゅくです」『えへへ♡ かみにーさまに……ほめられちゃったぁ~♡ ひゃー♡ 今日はソー・ハッピー・デイ!』
ロシア語と日本語で何かを言うこうちゃん。
その後も凄まじい数の人たちが同人誌を買い求めてきた。
こうちゃんは毎回スケブを頼まれるんだけど、秒でキャラを書いてあげる。
「いつも応援してます!」「こうちゃま! 頑張ってください! これ、差し入れです!」「今回の同人どえっちですねー!」
お客さんがこうちゃんに好意的な反応を示していく。
お土産を受け取り、段ボールに詰める。
「段ボールもうないわよ!」
「僕がとってくる!」
しかしまあ……神絵師の実力と人気を思い知らされた。
「すごい、30分もしない完売なんて!」
「あんだけ同人誌あったのに、もうなくなるのね……やばいわ」
新刊、既刊、どちらもかなり刷ってきたらしいのだが、あっという間になくなってしまった。
「売り切れ……御礼! かみにーさま、感謝!」
「え? 僕?」
うんうん、とこうちゃんがうなずく。
「同人誌……今回けっこう、刷った。冒険した。普段以上に。でも……全部はけた! かみにーさまのシナリオのおかげで!」
「いや、そこはこうちゃんの実力だよ」
『はううぅ……♡ かみにーさま謙虚すぎるよぅ。素敵すぎるぅ~♡』
くねくね、とこうちゃんが体をくねらせる。
と、そのときだった。
「あ、あの……! さーせん! サインお願いしますッす!!」
お客さんの1人が、僕らの前にやってきた。
三つ編みに眼鏡をかけた、一見すると文学少女っぽい女の子だ。
「すみません、もう新刊も既刊も売り切れちゃってるんで、スケブはちょっと……」
しかしお客さんは首を振る。
「いえ、こうちゃまのサインではなくて、あなたのサインが欲しいんす……!」
「え? ぼ、僕……ですか?」
「はいっす!」
どうしてだろう……?
僕はただの売り子として来てるだけなのに。
「……ちょっとカミマツってバレたんじゃないの?」
みちるが小声で耳打ちしてくる。
「……いや、絶対ありえないよ。だって僕、顔出ししてないし」
よしんば同業者だったとしても、今コスプレしてるからバレるわけがないし。
するとお客さんはこんなことを言う。
「カミマツ先生っすよね! いつもVtuberの配信、見てますっす!」
「「あ……」」
そ、そうだ……顔出しはしてないけど、Vtuberとして活躍している。
つまり……声はバレるわけだ!
「声だけで本人と決めつけるのはどうなんだろう……?」
「わかるっす! 自分、新刊見ました! このシナリオはカミマツ先生のものっす! 絶対! 間違いなく!」
マジか……同人誌のシナリオからもバレちゃうの!?
「わぁ! わぁ! 感激っす! 憧れのカミマツ先生に会えるなんて……! 生カミマツうひゃー! すげーっす!」
「ちょ、ちょっと声が大きいよ……!」
ざわ……と周囲がざわつく。
「カミマツ……?」「うそっ! あのデジマスの!?」
近くに居た人たちがこちらに注目する。
ああ、ヤバい!
「カミマツ先生って女の子だったんすかぁ!? うひゃー! 美人っすねー!」
「あ、ああぁ……あの、ち、ちが……」
ヤバい、女子の格好をしているから、カミマツが女だと思われている!
「配信での声だと、男の娘かなーって思ってたんすけど、女の子だったんすね-!」
ぺかー! と女の子が顔を輝かせる。
やばい会話を続けると、どんどんとカミマツがいることがバレちゃう!
「あ、あのサイン。サインしてほしいんでしょ?」
「はいっす! お願いしますっす!」
少女が鞄から取り出したのは、デジマスの漫画本だった。
デジマスはコミカライズもしてるからね。
「あて名はどうすればいい?」
「【南木曽 ナギ】でお願いっす!」
「はいはい。南木曽 ナギさんね……ん? な、南木曽、ナギ?」
あれ……?
どこかで聞いたことあるような……。
「うはー! 生カミマツ先生の生サインだ! 家宝にするっすー!」
南木曽さんは漫画本を受け取ると、笑顔で胸に抱く。
「あざっした先生! そんじゃ、また今度!」
びしっ! と敬礼すると、南木曽さんは立ち去っていった。
「ちょっと勇太。なんなのあの女? ヤケに親しげだったけど……知り合い?」
『また新しいカミマツハーレムの新メンバーですか?』
みちるとこうちゃんが僕に疑いの目を向けてくる。
「あ、いや……さっきの人、その……」
と、そのときだった。
「大変だよ! 勇太くん!」
慌てた調子で声優の由梨恵が駆けつけてきた。
「どうしたの?」
「列! 見て!」
「なっ!? 何よこれぇえええええ!?」
『わぉめっちゃ長い行列ぅ!』
みちるとこうちゃんが目を剥いて叫ぶ。
僕らの居るスペースの前には、長蛇の列ができていた。
「カミマツ先生ー!」「いつも作品たのしみにしてまーす!」「きゃー! サインしてぇ!」
……やばいやばいやばい!
めちゃくちゃ並んでるー!
しかも全員僕目当てっぽい!
「さっきの女の子と勇太くんの会話聞いてたひとたちが、みーんなカミマツ先生にサインして欲しいって押し寄せてきたの!」
「……さすが勇太さん。知名度抜群超有名人ですね」
さっきこうちゃんは、2往復の列を作っていた。
けど、今は5往復……いや、10往復の列ができてる……!
「や、やばいよこれ! すぐ解散させないと、現場スタッフの人たちに迷惑かけちゃう……!」
と、そのときだった。
「ご心配には及びませんぜ、カミマツ先生」
「贄川さん!」
サングラスに黒スーツ、ターミネーターのような大男が僕らのモトへやってきた。
『どういうこと、兄貴ー?』
「スタッフには既に話をしておきました。臨時サイン会の許可をもらって来やした。知り合いに呼びかけて列の整理、手伝いやすぜ」
仕事が早すぎる……!
「あっし、スタッフに大勢知り合いがいるんでさぁ。これくらいの融通は利くんです」
「い、いやでも……迷惑掛かるんじゃ?」
「とんでもない! 気にせずサインしてやってくださいや。みんな、あなたのファンですぜ」
読者の人たちがすぐ目の前に居る。
みんな僕を応援してくれてる人たちだ。
……その人達が、せっかく僕に会いに来てくれてるんだ。
それを無下にするのは……ダメだよね。
「やりま、しょー! かみにーさま! お手伝いします……ぜ!」
しゃきんっ、とこうちゃんがポスターカラーをたくさん並べる。
「アタシも手伝うわよ」
「みんな……ありがとう」
僕は贄川さんを見上げる。
「それではカミマツ先生の、臨時サイン会開催しやすぜ、みなさん!」
「「「わぁあああああああ!」」」
割れんばかりの大歓声。
同人誌を買いに来ていた全員が……笑顔で拍手している。
「じゃ、まず一番前のかたから」
「はいっ!」
女性読者が僕の前にやってきて、手を握ってくる。
「はじめましてカミマツ先生! おきれいな方ですね!」
「あ、あはは……どうもありがとう……」
まずい、女キャラのコスプレしているから、完全にカミマツ=女だと思われてる……。
ま、まあ……身バレせずにすむからいいのかな?
「デジマスいつも読んでます! 僕心も! あとあと、新作も出すんですよね書き下ろしの! 絶対買います!」
「う、うん……ありがと」
次の人が来る。
「カミマツ先生! 好きです! ほんと……大好きです! もう……好きすぎて……ああごめんなさい、語彙が解けてしまいました……」
僕はサインしながら、彼女たちに声をかけていく。
「先生の作品ほんと面白いです!」
「先生! いつも神の作品読ませてくださってありがとう! これ、ほんのお礼です!」
「は、はぁはぁ……カミマツたんまじ天使……はあはあ……しゅき……」
なんか変な人も混じってたけど、概ねスムーズにサイン会は進んでいった。
途中何度か休憩しながらサインを書いていく。
「デジマスの映画まじ最高でしたよ!」
「先生って神作しか生み出せないんですね! すごいです!」
読者の人たちにサイン本を作ることは多かった。
けど……生でサインするのって、これが初めてかも。
こんなにたくさんの人たちが、僕の作るお話を楽しみにしてくれてるなんて……。
なんか、感動だ。
「勇太。はいこれ。水分とって」
「みちる……ありがとう!」
どうやらみちるは、近くの自販機でスポーツドリンクを買ってきてくれたようだ。
「お金出すよ」
「いーわよ。ほら、水分とって。汗びっしょりよ。脱水起こさないようにね」
「ありがとう。僕のこと心配してくれて」
「あ、当たり前じゃん。あんたのためなんだからね。勘違いしないでよね」
みちるが顔を赤くしながら、毛先をくるくると指でいじる。
『みちるの姉御、ツンデレじゃない……ただのデレデレだ!』
はわー、とこうちゃんがロシア語で何かをつぶやく。
「でも……あんたって本当に人気あるのね。すごいわ。さすが自慢の幼馴染みよ。まあ……格好があれだけど」
その後も何度か休憩挟みながらも、全員にサインをし終えたのだった。
「かみにーさま! これ……見て! ツイッターのフォロワー!」
「僕のツイッターの画面……ん? んんぅううううう!?」
なんか……フォロワー数がバグってた!
「え、ご、500万人!? フォロワーが!?」
嘘だぁ!
だって前は60万人くらいだったのに……8倍近く増えてるぅ!
「な、なんで……?」
「あ、あんた……これ……写真載ってるわよSNSに」
「え!? えぇー!?」
そこには神作家カミマツの写真ということで、コスプレをした僕が写っていた!
「リツイート数えぐ……世界のトレンド1位になってるわ。ネットニュース大騒ぎよ」
「マジかよぉおおおおおおおお!」
……かくして、僕の姿が全国に知れ渡ったのだった。
美少女神作家カミマツとして。




