55話 みんなで夏コミ!
8月上旬も終わりにさしかかった、ある早朝。
今日は夏コミ当日。
僕の家の前には、夏コミに参加するメンバーが集結していた……。
「「なんであんたがここにいる!?」」
目を剥いて叫ぶのは、僕の幼馴染み……大桑 みちる。
超有名歌手、アリッサ・洗馬。
「「勇太!? どういうこと!?」」
ふたりが凄い形相でにらんでくる。
「ど、どういうことって……夏コミの売り子、手伝ってって昨日言ったよね」
神絵師こうちゃんが夏コミで同人誌を売ることになった。
その手伝いをすることになった僕と由梨恵。
いつもはこうちゃんのお姉さん達(大学生)が、こうちゃんの売り子を手伝うらしい。
けど今年は都合が悪くなってしまったらしく、人手が足りない。
そこで友達に声をかけた次第。
「あ、あんた……つ、つきあってって、言ったじゃん!」
「うん。だからビックサイトまでつきあってくれないかって言ったよ?」
「……ユータさん。わたしにお願いがありますって、言ったではないですか」
「うん。だから、売り子手伝ってくれないかって言ったじゃん」
どちらにも、ちゃんと夏コミで売り子のことを話したのだ。
しかしどういうわけか、2人とも肝心な部分を聞き逃していたみたいだ。
「……はぁ。期待しちゃったじゃない」
「……頑張っておしゃれしてきたのですが」
ふたりとも何だか深々とため息をつく。
「え、僕なにかしちゃった?」
『かみにーさま、さすが無自覚チート系なろう小説主人公。まじぱねえっす!』
こうちゃんがロシア語で何かを言っていた。
「えっと……なんか誤解させちゃったらごめんね。迷惑なら帰っても良いから」
「「ぜんぜん迷惑じゃない!」」
アリッサもみちるも僕にずいっと顔を近づけて言う。
ち、近い近い……!
「べ、別に勇太を手伝わないなんて一言も言ってないでしょっ」
「……ユータさんと楽しい夏の思い出を作りたいです。ぜひ、ご一緒させてくださいまし」
アリッサが微笑んで、僕の手に触れて言う。
真っ白で柔らかな手の感触と、間近にある彼女の胸の谷間に目が行く……。
今日のお召し物は清楚なワンピースにカーディガン。
けど……なんだか襟元がいつも以上にぱっくりとあいてて、ブラが見えそうになる……。
「勇太! そっち見るくらいならこっ、こっち見なさいよ!」
みちるが前屈みになって言う。
こっちはシャツにミニスカートという出で立ちなんだけど、肩口までぱっくりと布がない。
ふたりとも比類無き巨乳なので、め、目のやり場に困るよー!
『さすがかみにーさま、ハーレムもてもて主人公っぷり!』
「みんな仲いいね~」
由梨恵がニコニコしながら言う。
「えっと……じゃあその、みんなで行こうか」
「「「おー!」」」
『いざゆかん……戦場へ!』
かくしていつものメンツで、僕らは夏コミの会場へと向かうのだった。
★
夏コミの会場前までは、アリッサのお手伝いさんの贄川さんがリムジンで送ってくれた。
まだ早朝だというのに、会場の前には恐ろしい人数が長蛇の列を作ってて僕ら(こうちゃん、と贄川さん除く)は戦慄した。
「僕らはあの列にならばなくていいの?」
リムジンから降りた僕は、こうちゃんに尋ねる。
「わたしたち……参加者。特別……パス、もらってるから」
こうちゃんは人数分の通行証を配る。
贄川さんにもこうちゃんが渡そうとする。
「あっしは大丈夫でさぁ。いりませんぜ」
スッ……と贄川さんが懐から、なんと通行証を取り出した。
『まさかおぬし……夏コミのサークル参加者かっ?』
こうちゃんが贄川さんに言う。
『ええ、あっしのサークルも、本を出してますぜ、お嬢』
「え、ロシア語? 贄川さん……ロシア語もできるんですか!?」
「ええ、たしなむ程度には」
黒スーツに黒サングラス、ターミネーター風の大男がロシア語……に、似合う……のか?
『贄川の兄貴……どんなジャンルの同人誌を出すんですかっ?』
こうちゃんがロシア語で贄川さんに尋ねる。
『デジマスの百合同人誌ですぜ、お嬢』
『! 同志! 同志贄川! こうちゃんもデジマス百合同人誌! だす!』
パンッ! とふたりがハイタッチする。
「……ユータさん、あの2人は何を話してるのでしょう?」
アリッサが困惑したように首をかしげる。
「さ、さぁ……?」
贄川さんも夏コミについては詳しいらしく、荷物を会場に運ぶのを手伝ってもらうことになった。
黒スーツの大男を先頭に、後ろからぞろぞろとついて行く僕ら。
「ねー会場まだなの? 駅から遠くない?」
「一般サークルのスペースは奥の会場なんでさぁ。構造が複雑です、迷わないようについてきてください」
両手に段ボールの山を抱え、さらに僕らのコスプレの荷物まで背負ってるのに、贄川さん余裕があった。
『贄川の兄貴は同人歴長いのー?』
『会場が晴海にあったときからやってますぜ』
『ベテランじゃん! ひゃーおでれぇたぞ!』
こうちゃんがロシア語で贄川さんと会話してる。
友達が増えて良かったね。
ややあって、会場へとやってき僕たち。
「うっわ……広っ……エグい広いわねここ……」
「うん……体育館の、何倍だろう?」
僕とみちるは会場の広さに目を見張る。
コンクリートむき出しの会場はかなりの広さがあった。
「それになんか……暗いわね」
「天井が高いから仕方ないよ」
一見さん丸出しの僕とみちる。
「由梨恵は来たことあるの?」
「うん、声優のイベントでね」
「……わたしも企業ブースで何度か」
さすが有名人のふたり。
「みなさん……こちら、です!」
こうちゃんの先導で売り子スペースへとむかう。
机が整然と何列かに渡って並んでいる。
朝も早いって言うのにたくさんの人たちが準備をしていた。
「あっついわね……ここ……」
みちるがパタパタ、と胸元をばたつかせながら言う。
ちらちら……と彼女の豊満な胸が見えてしまう。うう……。
「……ばか」
みちるが顔を赤くして言う。
「ご、ごめん……」
「……い、いいわよあんたになら。いくらでも……見られても良いから……」
顔を赤くしながら、目をそらしてみちるが言う。
ぐにゅっ、と僕の左腕に何か柔らかなものがあたるっ!
「……ユータさん♡ どうですか?」
「あ、アリッサ……? 何をっ?」
アリッサ・洗馬が笑顔で僕の腕を掴むと、胸を押しつけてきているのだ!
「ひ、人目を気にしなさいよ! 有名歌手なんでしょ!?」
アリッサは贄川さんの提案で、長い金髪をポニーテールにして、サングラスをして変装中だ。
「……わたし、ユータさん以外は眼中にありませんので」
「あ、アタシだって! ゆ、勇太だけにしか、見せないもん!」
バチバチに仲悪いなこの2人……。
「まあまあお二人さん。怒気をお納めになってくださいや。これから戦場を供にする仲間なんでしょう?」
贄川さんが仲裁に入ってくる。
さすが大人……!
「そ、そうだよ! みんなで手伝うんだから、ほら、仲よくしよ、ね?」
「「まあ……勇太がそう言うなら……」」
良かったケンカを治めてくれて……。
ややあって。
僕らは販売スペースへとやってきた。
こうちゃんと贄川さんがテキパキと設置を行う。
「ふたりとも手慣れてるねー。すごい……!」
「「もちろんです、プロですから」」
何のプロなんだろうか……?
あっという間にセッティング完了。
「贄川さん本当にありがとうございました」
僕らは頭を下げる。
「いえいえ。お嬢をどうかよろしくたのんます。では、あっしはあっちで売り子やってますんで、御用向きの際は気軽に声をおかけくださいや」
スーツ姿の大男は手を振って、僕らのモトを去って行った。
「さて……じゃああとは始まるのを待つだけだね」
ガシッ……!
「かみにーさま、何かお忘れでは……?」
笑顔のこうちゃんが、僕の肩を掴む。
「そうだよ勇太くん♡ あるでしょ……おめかしタイムが」
由梨恵もまた笑顔で僕の肩を掴んでいた。
に、にげられない……!
「なにしてるのよあんたら?」
「みちるちゃん、ちょっとここお願いね! 私たち準備してくるからー!」
こうちゃんと由梨恵に手を引っ張られながら、僕はどこぞへと連れて行かれる。
「あ、あの! こっち女子更衣室って!」
「「まあまあまあまあ」」
「ダメだって! あ、だめ……だめぇえええええ!」
……ほどなくして。
「うう……酷い目にあった」
「「…………」」
アリッサとみちるが、僕の格好を見て目を点にしている。
そう……僕はこうちゃん特製、コスプレ衣装を身に纏っている。
デジマスのヒロイン、桃ちゃんのコスプレ……ようするに、女装しているのだ。
「わ、笑いたければ笑えば良いよっ」
しかしみちるたちは正気に戻る。
「あ、ご、ごめん……あんまりにも似合ってたから……つい……」
「……ユータさん、わたし……女の子でも良いかなって思っちゃいました」
なんだか高評価!?
しかもアリッサは新しい扉開きかけてるし!
「あんたにこういう趣味あったのね……」
「違うからほんと、誤解しないで」
「良いのよ。アタシ……あんたがどんな変態でも、受け入れる覚悟あるから」
真面目な顔で凄いこと言ってるよみちるぅ!
「さぁ! みんなそろそろスタートらしいよ! 売り子、頑張ろー!」
「「「おー……!」」」
由梨恵の音頭に僕らはうなずく。
ほどなくして開始のアナウンスがする。
「どれくらい人来るのかな?」
「たいしたことないんじゃない? マイナーなイベントだろうしぃ」
フッ……とこうちゃんが微笑ましい者を見る目でみちるを見る。
「な、何よチビ助?」
「若いの。戦場を……なめちゃケガするぜ?」
こうちゃんが歴戦の勇士のような趣で言う。
「すぐ……ここは戦の場になる」
「はぁ? なにを戦って大げさ……って、でぇえええ!? な、なによあれぇ!?」
もの凄い数の人が全速疾走しながら会場に入ってくる。
「てゆーか! 全員なんか、こっちに向かってきてない!?」
「みんな、かみにーさまの、同人誌……買いに来てる!」
「ま、マジで!?」
あっという間に僕らの販売スペースの前には、長蛇の列ができた。
「わ、私、列の整理してくるね!」
「……わたしも由梨恵さん手伝ってきます」
アリッサ達が行列の方へと走っていく。
「い、いつもこんな混んでるの?」
大量のお客さんを前にたじろぐ僕。
「普段より、たくっさん来てる! かみにーさまのエッチぃ本、みんな求めてる!」
どうやらこうちゃん、同人誌のサンプルをネットに載せていたらしい。
それがSNSで拡散された結果、大量の客を呼び寄せる事になった次第。
「やっぱり、かみにーさまの神えっちシナリオ……すごい!」
「こ、こうちゃーん! お客さんがブチ切れそうだよー! 早くスタートしてぇ!」
列を整えてる由梨恵が悲鳴を上げる。
『よっしゃ野郎どもぉ! いまから神作家の超絶えっちぃ同人誌販売してやるぜぇ! あまりのどエッチ同人誌を見て、トイレで抜刀すんじゃねえぞぉ!』
「こうちゃん! ロシア語で何言ってるかわからないけど、言葉遣いには気をつけて!」




