54話 神絵師からコスプレのお誘い
夏コミがいよいよ近づいてきたある日のこと。
スマホにLINEがあった。
【かみえもーん。たすけてぇ~】
「……で、来てみれば、なんでまた汚部屋に逆戻りしてるのこれ?」
神絵師こうちゃんの家にやってきた僕、と声優の由梨恵。
由梨恵は今日暇していたらしく、遊びに誘われてたんだ。
「やーん♡ こうちゃん可愛い~♡ ずぼらなところもキュートぉ~♡」
由梨恵がこうちゃんを後ろからハグしている。
『せ、背中に大きな果実がー! ちくしょー! 1つしか歳が違わないのに、なんだこのデカメロンはー!』
こうちゃんがロシア語でヘルプを求めていた。
僕は無視して掃除をする。
ややあって。
こうちゃんの汚部屋を由梨恵と2人で片付けた。
「こうちゃん、助けてって、また掃除手伝ってって事だったの?」
「ち、がう……ます。じゅーよーな、お願い」
「お願い? なになに、私なんでもしちゃうよー♡」
由梨恵はこうちゃんを膝の上に乗っけて、ベッドの上に座っている。
兄である白馬先生曰く、【マイシスターは末っ子だからね。妹が欲しかったみたいだよ】とのこと。
「ん? 今……なんでもするって、言った……?」
きらん、とこうちゃんが目を輝かせる。
「うんうん、何でもするよっ!」
「……しばし、待たれよ」
こうちゃんは由梨恵の膝からどくと、タンスを開ける。
「えっと……このへん……ここに……」
タンスの中身をあさり、洋服をぽいぽいと投げ捨てる。
「あーもー、こうちゃん。さっき片付けたばかりなのに……そうやって部屋が汚くなるんだよ?」
「ニホーンゴ、ムズカシー」
「またえせ外国人面してる……」
都合悪くなると日本語わからないフリするよねこの子。
ややあって。
「じゃ、じゃーん!」
こうちゃんが取り出したのは、1枚の衣装。
「あれ? この衣装……。ねえ勇太くん、見覚えない?」
「うん、すごい見たことある……これって……チョビの着てる衣装? デジマスの?」
「その、とーり!」
こうちゃんが手に持っているのは、デジマスのヒロインの衣装だった。
「わぁすごい! こんなの売ってるの……?」
「ううん……作った」
「「作った? 誰が?」」
「いっつ、みー」
どうやらこうちゃんが自分で作ったらしい!
「え、自前でキャラの服作ったの!?」
「コスプレ衣装ってこと?」
「「す、すごい……!」」
僕も由梨恵も、こうちゃんが作った衣装を見て驚く。
本編でヒロインが来ている服とそっくりなのだ。
「え~、おれ、なにかやっちゃいました?」『どやー!』
こうちゃんが日本語とロシア語でよくわからないことを言う。
まあでも褒められて嬉しいのだろう。
「こうちゃん絵もマンガも上手くて、コスプレ衣装作るのも上手なんてすごいね。器用だ」
「陰キャ……ですから!」
それは理由になるのだろうか……?
まあでもこうちゃん手先が器用だからね。
イラスト超うまいし。
針仕事も得意なのかな。
「へぇ可愛い衣装。いいなぁ~……」
由梨恵が衣装を見ながらつぶやく。
きらん、とこうちゃんが目を光らせた。
「着て……みる?」
「いいのっ? あ、でもサイズが合わないかも」
こうちゃんと由梨恵とでは、身長差が結構ある。
「…………」
すん……とこうちゃんが死んだ眼をする。
「どうしたんだろう?」「さ、さあ……」
『どーせ……おいらは、ひんにゅーですよー…………』
こうちゃんがしゃがみ込んで、地面をいじいじと指でいじる。
「も、もしかして……胸のこと気にしてるのかな?」
「あ! ち、違うの……その、し、身長的な意味でサイズが合わないなーって言いたかったのよ! 確かに胸も入らなそうだけど……」
ずーん……とこうちゃんがさらに落ち込む。
「由梨恵……追い打ちかけてるよ」
「ああごめんぅ~……こうちゃん許してぇ~……」
由梨恵が半泣きでこうちゃんに抱きつく。
「彼女も悪気があったわけじゃないから許してあげなよ」
「かみにーさまが……そう言うなら……」
ホッ、と僕らは安堵の吐息をつく。
ややあって。
「わっ、わっ、すごーい! チョビちゃんの衣装だ!」
由梨恵はこうちゃんの用意したコスプレ衣装を身に纏っていた。
あの後、こうちゃんが光の速さで採寸&サイズ直しをした。
着替えている間僕は外に出て、中に入ってきたら、由梨恵が衣装を着ていたって次第。
彼女の格好を一言で言うなら、犬耳セーラー服。
丈の超みじかいスカートに上着。
そして頭にはピンと尖った犬耳と、お尻の辺りからはふわふわの犬尻尾。
「どうかなっ、勇太くん」
わりとエッチぃ格好をしながら、由梨恵が笑顔で聞いてくる。
「う、うん……すごい似合ってるよ……」
「えへへ~♡ 勇太くんにそう言ってもらえるの……すっごいうれしい!」
由梨恵が前屈みになって笑う。
これ……後ろやばいんじゃない?
ミニスカートだし……。
「あれ? こうちゃん?」
ろりっこロシア人の姿が見えなかった。
パシャッ!
「「え?」」
なんだこのシャッター音は……?
パシャッ! パシャパシャッ!
……地面に転がっている、こうちゃんがいた。
『いいよー! いいよー! えっちな衣装だよぉう!』
こうちゃんはドデカいカメラを構えて、地面に頬をつけながら、ローアングルで写真を撮っていた。
『やっぱりアイドル声優はスタイル抜群だから何を着せても似合う! 悔しい! でも似合ってるからオッケーです!』
こうちゃんはフガフガと鼻息あらくしながら、由梨恵を下から激写していた。
「こ、こうちゃん……! 何やってるのさ君はー!」
僕はこうちゃんからカメラを奪い取る。
「あーん、返してぇ」
「没収です! まったく……なんて角度から写真を撮るんだ!」
これじゃぱ……パンツが見えちゃうじゃないか!
「大丈夫だよ勇太くん。スカートのこれね、見えてもいいパンツなんだ」
「は、はぁ……そんなものがあるんだ……」
女子のお洋服って不思議だなぁ。
「でもほんと、似合ってるよ由梨恵。ほんとにチョビみたいだ」
由梨恵は笑顔になると、目を閉じて言う。
「『たろーきゅん! だいすきー! 結婚して!』」
「おお、チョビだ。チョビの声だ……声まね上手いね」
「ふふっ、声優ですからなぁ」
チョビはヒロイン。ちなみに由梨恵は主役のリョウの声を演じている。
「チョビの声でその格好していると……二次元からキャラが出てきたみたいだよ。ちょっと……感激」
きらん、とこうちゃんが目を光らせる。
「かみにーさま、コスプレに……ご興味おあり」
「え? 何言ってるの……?」
ずいっ、とこうちゃんが新しいコスプレ衣装を手に取る。
「そ、それは……桃ちゃんのコスプレ?」
……なんか、嫌な予感がした。
チョビに桃ちゃん。
どちらもデジマスのヒロインだ。
……そして、今度こうちゃんが出すデジマスの同人誌に出る、キャラクターである。
「わわっ、こっちも可愛いー」
桃ちゃんのコスチュームは、メイド服だ。
クラシックメイドっていうのかな。
派手な由梨恵の衣装とは対照的に、露出の少ない落ち着いた衣装だ。
「か、可愛いね。こうちゃんが着たら……似合うんじゃない?」
だがこうちゃんはニコーと、まるで菩薩のような笑みを浮かべながら首を振る。
「かみにーさま……こちらを」
こうちゃんの手には、いつの間にか桃色のカツラがあった。
デジマスのヒロイン、桃ちゃんは鮮やかな桃色の髪をした少女だ。
「そ、その……カツラは?」
「ウィッグだよ勇太くん。へぇー……似合いそうだねぇ」
由梨恵も何かを察したのか、僕に菩薩スマイルを向けてくる。
「かみにーさま……よく見ると、童顔」
「ちょっと化粧して、ウィッグつけたら……女の子に見えちゃうよー……」
……ま、まずい。
「あ、あー、そうだ! 僕……締め切りがあったんだぁ! 原稿がヤバいから帰るね!」
ガシッ! と由梨恵とこうちゃんが、僕の肩をがっつりと掴む。
「な、なにかな!?」
「「まあまあまあまあ」」
僕がにげようとするが、しかし2人とも凄まじい力で僕を掴む。
「あ、あのさ……女の子の衣装だよねそれ!? ぼ、僕じゃ似合わないよ!」
「「まあまあまあまあまあ」」
由梨恵とこうちゃんが互いにアイコンタクトをする。
ガシッ……!
「ゆ、由梨恵なにを!?」
羽交い締めにする由梨恵。
逃れようとする僕。
しかし背中に彼女の大きな胸があって、気になってにげれない。
「こうちゃん!」
「いえっさー!」
こうちゃんは僕のズボンに手をかけて、いっきに下にズリ落とす。
「いやぁ~~~~~………………!」
ほどなくして。
「「かわいーーーーーーーーー!」」
……状況を説明しよう。
由梨恵達の前に……メイド服を着込んだ、桃色髪の美少女が座っている。
ほっそりとした体つき。
真っ白な肌のクラシックメイドさん……。
……の、格好をした僕、上松 勇太。
「すごいよ勇太くん! すっっごい似合ってる!」
『おほー! かみにーさま女装まで神なんて! よっ! さすが神作家!』
女子2人に褒められている……んだけど。
全然嬉しくないよ!
「股が……すーすーするよぅ……」
『かみにーさま! そのままぺたんと座り込んで上目遣いで【ご主人様、罰をお与えください】っていってくださーい!』
ロシア語で何を言ってるのかさっぱりだ。
けど……またロクデモナイことをおねだりしてるのは明らかだ。
「勇太くん……本当に可愛いよ。本物の女の子みたい。こんな女装が似合う男の子初めて見た」
「あ、ありがとね……」
……さて、コスプレ美少女(?)2名と神絵師一名というこの謎の状況。
「そろそろこうちゃん、呼び出した理由を教えてよ」
彼女は何かを助けてと言ってきたんだよね。
「かみにーさま、売り子……お願いしたいです」
「「売り子?」」
「夏コミ。わたし……同人誌……売ります。そのお手伝いです」
なるほど……。
ようするに接客係か。
「いいよ。出版社の同人誌は作り終わって、当日は特にすることないし」
「私も手伝うよー!」
「ありが……とう!」『計画通り……にやり』
……あれ?
なんだか……嫌な予感がするぞ……パート2。
「あ、あのさ……こうちゃん。売り子って……普通の格好でやるんだよね?」
「…………」
「黙らないでこうちゃん!」
『君のような勘の良いガキは嫌いだよ』
やばい……やばい凄い嫌な予感。
「こうちゃん、もしかして当日、この格好で売り子するの?」
「はい! そのとーり!」
やっぱりかー!
「わぁ! 楽しそー!」
なんか乗り気だな由梨恵!?
「ぼ、僕はやらないからね」
「…………しゅん」
こうちゃんが残念そうな顔で肩を落とす。
だ、ダメだ……! 騙されないぞ!
これはきっと……僕を女装させるための策略!
「…………がんばって、作ったんだけどなぁ」
「ああもう! わかった! わかりましたよ! 着れば良いんでしょ!」
「「やったー!」」
……こうして、僕は夏コミで、こうちゃんの出す同人誌の売り子をやることになった。
……コスプレ衣装で、女装して。




