53話 神絵師の夏コミ原稿のお手伝い
8月に入ったある昼下がり。
僕は自作のイラストを担当してる、神絵師こと【みさやまこう】ちゃんの家の前までやってきていた。
「ここがこうちゃんの家か……普通でちょっとホッとするな」
知り合いの由梨恵やアリッサの家がタワーマンションだったから、こうちゃんもかなって思ってたので……安心した。
普通の1戸建てだった。
三才山の表札の隣にあるインターホンを押す。
ピンポーン……♪
しばらく待ったけど中からこうちゃんが出てくる気配がなかった。
「……あれ? どうしたんだろう?」
ピンポーン……♪
ピンポーン……♪
「で、出ない……電話してみよ」
スマホを取り出して電話をかける。
けれどこうちゃんからのリアクションは皆無だった。
「留守……?」
でも中からスマホの着信音は聞こえるし……。
「ま、まさか……倒れてるとか!?」
僕は慌ててドアを叩く。
「こうちゃん! 大丈夫っ? こうちゃん!」
ドンドン! ドンドンドン!
「ノックしても出てこない……どうしよう……!」
そのときだ。
僕のスマホに着信があった。
「こうちゃん!? どうしたの!」
『かみにぃさまぁ~……へるぷみぃ~……』
それだけ言って着信が切れる!
これは……非常事態だ!
「こうちゃん!」
僕はドアノブに手をかける。
鍵が掛かっておらず、あっさり中に入れた。
「どこー! こうちゃん!」
『たしゅけてぇ~……』
2階から、こうちゃんのロシア語が聞こえてきた!
「待っててこうちゃん!」
僕は階段を駆け上る。
手前の部屋に【鵠のお部屋】と書かれたプレートが。
「こうちゃん! ここなの! 開けるよ……って、うぉおお!」
ドアを開けた瞬間……凄まじい量の何かが、雪崩のように押し寄せてきた。
「なんだこれ……ゴミ……?」
廊下に散らばっているそれらを凝視すると、美少女フィギュアであることが判明。
「かみにーさまぁ~……」
声のする方を見やると、部屋の中でこうちゃんが動けずにいた。
大量の洋服(コスプレ衣装っぽい)。大量のマンガ。大量のフィギュアに囲まれて、彼女は完全に身動きできないでいる。
「こうちゃん……何この汚部屋……?」
「へるぷみぃ~……」
部屋の奥のクローゼットが開いている。
クローゼットの中身を取り出そうとして、雪崩を起こしたのかな?
「命が無事で良かった……」
しかし汚いなこの部屋。
足の踏み場がないってレベルじゃない。
「とりあえず片付けるよ」
僕は近くに落ちていた薄い本を手に取る。
「なにこれ? 薄いけど……マンガ?」
「の、のー! どんとたっち! どんとたっち!」
……表紙には、全裸の女の子が、同じく全裸の女の子と抱き合ってる絵が描かれていた。
「こうちゃん……もしかして、百合好き? こういうのが趣味なの?」
「のぉおおおおおおおおおおおおおお!」
★
僕はこうちゃんの汚部屋を数時間かけて綺麗にした。
『かみにーさま、すごい! お掃除上手!』
こうちゃんがベッドの上で寝そべりながらロシア語で言う。
……この子、僕が掃除しているとき、ずっとベッドでスマホいじったりマンガ読んでいたりした。
結構図太い神経してるなこの子……。
「で、こうちゃん。昨日の配信で言ってたことって……本当なの?」
さて、僕がなぜここに居るのか?
昨日僕はVtuberとして、こうちゃんとゲーム配信をしていたのだ。
そしたらこんなコメントが書かれていた。
【こうちゃん先生! 夏コミの同人誌買いに行きますよ!】
どうやらこうちゃんは、コミケで毎年同人誌を出しているらしかった。
どれくらい進んだのか尋ねると、彼女は話をはぐらかしたのだ。
「こうちゃん、進捗は?」
「ニホンゴ、ワカリマセーン」
すっ、と目をそらしてこうちゃんが言う。
「もしかして、全く終わってないの?」
「そ、そんなこと……ない。進んで、るもん!」
「へー、どれくらい」
こうちゃんは自信満々にタブレットPCを起動させる。
pdfファイルを開くと、そこには【デジマス】のヒロインふたりが描かれていた。
「デジマスの同人誌作るんだ! ありがとう!」
デジマスとは僕のデビュー作。
アニメ2期が今秋スタートされる。
同人界隈でも結構人気のジャンルだ。
「でもやっぱり女の子同士のからみなんだね」
「百合は……よいものだ!」
んふー! とこうちゃんが鼻息荒く言う。
「それで? 同人誌の中身は?」
「……………………」
さっ、とこうちゃんが目をそらす。
「こうちゃん? も、もしかして……表紙以外、できてないの……?」
「で、できて……ない」
「できてないって……1ページも?」
「…………はい」
「ね、ネームはできてる……よね?」
「………………………………いいえ」
……夏コミは8月中旬。つまりあと10日ちょっとしかない。
「えっと……何ページの同人誌だすんだっけ?」
「……32p」
「……終わらないね」
「うぁあああああああん!」
こうちゃんがベッドの上でコロコロと転がる。
『こうちゃん悪くないモン! ダイワスカーレットちゃんが! ハルウララちゃんがいけないの! 俺の愛馬が俺から時間を吸い取っていくのがわるいんだもーん!』
何かをロシア語で言っている。
けど……しょうもない理由でサボっていたのがひしひしと伝わってきた。
「今回は諦めた方が良いよ」
「そ、れは……無理」
「どうして?」
こうちゃんはサークルのカタログを手に取って僕に手渡す。
「これ……わたし、サークル」
「わっ。すご……壁サークルじゃん」
ようするにこうちゃんのサークルは、とてつもなく大人気サークルってこと。
「みんな……楽しみに、してる。暑い中……買いに来る人たち。プロとして……期待……裏切れない……!」
キリッ、とこうちゃんが決め顔でいう。
「その通り。良いこと言うね。じゃ、残り32ページ頑張って」
邪魔しちゃ悪いと思って、僕が出て行こうとする。
ガシッ……! とこうちゃんがボクの腕を掴む。
「ど、どうしたの?」
「間に合わない……物理的……不可能……我……沈黙……」
「えっと……書けないってこと?」
うんうん、とこうちゃんがうなずく。
「アイディア……ある。けど……お話……思い浮かばない」
「好きなように書いてればいいんじゃないの? 同人誌なんだし」
「うぁん、かみえもーん、助けてぇ~」
誰がかみえもんだ。
「もっと早くから作業してれば良かったのに……てゆーか、夏コミの原稿がヤバいなら昨日ゲーム配信なんてやってる暇無かったんじゃないの?」
「あーあー。きこえなーい」
……もしかしてこうちゃん、本当は凄いダメな子なんじゃ……。
「かみーにさま……ネーム手伝ってぇ~……」
「ネームって……僕マンガ書いたことないよ?」
ネームとはマンガのモトのようなもの、くらいの知識しか無い。
「ストーリー、あれば……パパッとできる。かみにーさまの、ストーリーなら! みんな満足!」
まあ原作者だしね……。
「わかった、いいよ」
まあマンガのネーム作るのなんて初めてだし、楽しそうだからね。
それにこうちゃんにはいつもお世話になってるし。
『やったー! かみにーさまありがとー! 好きっ♡ 好き好き~♡ 優しくって大好き!』
こうちゃんが僕にきゅーっと抱きついてくる。
妹の詩子よりなお幼い体型なので、妹って感じがする。
『はっ! 今わたし……薄着! かみにーさま……こうちゃんの大人ボディに欲情しちゃうかもー! きゃー♡ 押し倒されるぅ~♡』
ロシア語で何かをつぶやくこうちゃん。
楽しそう。
「それで、どんな感じのお話にしたいの?」
僕らはベッドの上で向かい合う。
いつも持ち歩いている僕のノートPCを広げていた。
「えっちぃのっ!」
「え、えっちぃ……ヤツですか……」
うんうん、とこうちゃんがうなずく。
「表紙にはチョビと桃ちゃんが書いてあるけど……どっちも女の子だよね?」
チョビも桃ちゃんも、デジマスのヒロインだ。
「女の子……かける……女の子! 尊い!」
「な、なるほど……百合ってやつか」
うんうん、とこうちゃんがうなずく。
「つまり……チョビと桃ちゃんを登場人物に、ふたりがその……え、エッチすればいいってこと?」
「そのとおり!」
うーん……女の子同士のそういうのって……書いたことないんだけどな……。
「ドスケベなやつ……お願いします!」
「ちょっとこうちゃん黙ってて」
僕は少し考えて、ワードにストーリーを打っていく。
『さすがかみにーさま! タイピング速度はんぱない……まさに執筆の神! すごい!』
ややあって。
「できたよ原稿」
「早い……! カップやきそばができるより早く完成した……! すごい!」
こうちゃん……人がお話作ってる間に、やきそば作ってたよ……。
「確認して」
「ちょっとまってー。湯切りしてくるー」
「僕がお湯捨ててくるから、読んでて」
「わかったー!」
こうちゃんがパソコンの前で正座をする。
僕は1階に降りてお湯を捨てる。
てゆーか、人に原稿やらせといて自分はカップ焼きそば作るって……。
ほんとフリーダムだよなこの子……。
お湯を切り終えて僕が2階へと戻る。
「こうちゃん持ってきた………………よ?」
彼女は……その、ベッドの上で……スカートの中をまさぐっていた。
恍惚の笑みを浮かべてパソコンを見入りながら……その……下半身をいじってる。
「こ、こうちゃん……?」
「ひょわぁああああああ!」
ばばっ! とこうちゃんが立ち上がって正座する。
『してませんけど!? ひとりえっちなんてしてませんけど!?』
「こ、こうちゃん落ち着いて……」
顔をゆでだこのように赤くしながらこうちゃんが言う。
「かみにーさま……この原稿……ドスケベ!」
「ど、ドスケベっすか……」
うんうん! とこうちゃんが力強くうなずく。
『すごいよかみにーさま! 文字だけでもうめっちゃムラムラする! 凄いドスケベ原稿だよ! 官能小説の才能まであるなんてすごいよー!』
よくわからないけど、こうちゃんが満足してくれてそうでよかった。
「これなら書けそう?」
「うん!」
こうちゃんは自分の机に向かって座り、ペンタブを手にする。
『うぉおおお! これなら全国の紳士諸君がご満足いただけるおかずになること間違いない! 全国のドラッグストアからティッシュをなくすほどのエロい原稿にしてやるぜヒャッハー!』
……こうちゃんは驚くべき事に、その日で32ページの原稿を完成させたのだ。
「すごいよこうちゃん。やればできる子だね」
僕はこうちゃんの頭をよしよしとなでる。
「かみにーさまの、原稿が……神だったから! すごいの……にーさま!」




