52話 新レーベル発足と夏コミ参加
あくる日、僕は父さん達が作った新レーベルの、出版社に足を運んでいた。
デジマスや僕心を出版している編集部から、さほど遠くない雑居ビルの中。
父さんたちはここを新しい編集部のオフィスとして借りることになった。
まだ引っ越し作業中と言うことで、編集部にはものであふれかえっている。
段ボールの山があちこちにあった。
雑然とした編集部内の、端っこのスペースにて、僕たち小説家は集まっていた。
「はぁ……」
「おや、どうしたんだい我がライバルよ」
スーパーラノベ作家、白馬先生が、長い足をくんで優雅にお茶を飲む。
「いや……恋愛って難しいなって……思いまして」
先日、僕は初めてアリッサからキスされた。
前にもあったけど、あのときは額にキスだった。(身長差がある。僕の方が低い)
アリッサは僕にストレートな好意をぶつけてくれた。
じゃあ……僕は、それにどう応えれば良いのだろうか。
「へっへーん! ざまぁみろぉ~!」
僕の隣に座っていたのは、黒髪でロリの作家【黒姫 エリオ】だ。
「そうだカミマツ! 今回おまえは苦手な恋愛ジャンル……原稿が進まなくって当然だよねぇ!」
ふふーん、とエリオちゃんが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
エリオちゃん何言ってるのだ……?
「カミマツぅ、おまえがモタモタしてるあいだに、ボクなんてもう新作のプロットがオッケー通ったぜ! これでもう後は原稿書き上げるだけ……来月末には原稿完成だ!」
「エリオ、たぶんカミマツくんが言っていた恋愛とは、原稿のことではないと思うよ?」
白馬先生がフォローを入れる。
ああ……エリオちゃんは、僕の原稿が難航してるって勘違いしたのか。
「我がライバルよ、原稿はどこまで進んだのかい?」
「ふ、ふん! どーせまだプロット段階だろ? この間企画会議があったばっかだし、本文が進んでるわけない!」
僕はエリオちゃんに答える。
「え? もう書き終わったけど?」
「は、はぁあああああああああ!?」
眼が飛び出るんじゃないかってほど、エリオちゃんが驚く。
「う、う、嘘つけ! まだ1ヶ月も経ってないんだぞ? というか……まだ企画会議から10日くらいじゃないか!」
前にエリオちゃんと編集部であったのが、7月中旬。
今は7月下旬。
「え、10日もあればプロット書いて本文も書き終わりますよね?」
「いや終わらないよぉ! 1巻あたりだいたい文庫で10万文字もあるんだよ!? どんだけ大変だと思ってるんだよ!」
「? それのどこが大変なの?」
10万文字なんて書いてたらすぐ達成するよね?
「さすが我がライバル。君の桁外れのスピードには、いつも感心させられるよ」
「ししょー!! こいつオカシイよ! 化け物だよ!」
白馬先生はエリオちゃんの小説の師匠なのだ。
「し、ししょーもまさか本文終わってるんですか?」
「まさか。私もまだプロットを詰めているところさ。エリオ、君はプロットが通っている時点で十分凄いよ」
白馬先生は笑顔で、エリオちゃんの頭をなでる。
「ただカミマツくんが我ら常人を遙かに凌駕する怪物なんだ」
「で、でもぉ……負けたくないんですよ!」
「エリオ。別に早く書き上げたところで、発売日は9月。早かろうが遅かろうが、そこに間に合えば良いだろう?」
「そ、それは……そうですけど」
白馬先生は微笑んで言う。
「我々はスピード勝負をしているのではない。読者により面白い小説を提供し、喜んでもらうことが至上命題だ。我々がこだわるべき場所はただそこのみ。スピードなんて関係ない。違うかい?」
「……………………その通りです。すみません」
「いや、焦る気持ちはわかる。だが人それぞれで歩幅が違うように、我々には自分のペースという者がある。天才を相手にスピード勝負して無理して体を崩す必要は無いというだけさ」
うう……とエリオが歯がみする。
「でも……なんかムカつく! 早すぎるんだよ! おまえぇ!」
ビシッ、とエリオちゃんが僕に指を突きつける。
「どーせ原稿も、早く仕上げただけで、中身が伴ってないんだろ!」
声を張り上げるエリオちゃん。
白馬先生は微笑んでいる。
「我がライバルよ、原稿のテキストデータもっているかい?」
「え、あ、はい。ノートパソコンあるんで」
「差し支えなければ、我が不肖の弟子にそれを見せてあげてくれないかな?」
「はい、良いですよ」
僕はリュックからノートパソコンを開く。
原稿のワードファイルを立ち上げる。
「ふん! どーーーーーせ大したことない原稿なんだろ! おまえはハイファンタジーしか書いてこなかったモンな。慣れない現代物を、面白く書けるわけがない!」
僕はエリオちゃんの前にパソコンを置く。
「エリオ、泣いたときのために、ハンカチを貸そうか?」
「要りません。ボクは、こんなやつのテキトーに書いただろう原稿を読んで、泣くわけないもん! 絶対!」
★
1時間後、編集の芽依さんが僕らの元へやってきた。
「お待たせー! いやぁごめんね、引っ越し作業でバタバタしちゃって……って、黒姫先生、どうしたんですか?」
「ぶぇええええええええええん! うぇええええええええええん!」
エリオちゃんはパソコンの前で大泣きしていた。
よだれと鼻水と涙と……顔中から汁という汁を垂らして泣いてる。
「すまない佐久平さん、我が弟子が泣き止むまで少々待ってほしい」
佐久平さんとは、編集の芽依さんの名字だ。
白馬先生はハンカチで、弟子の涙を拭いてる。
「ずるいよぉ……ずるすぎるよぉ~……こんな……こんな感動できる……ぐしゅん……話……なんで書けるんだよぉ~……ぶぇええええええええん……!」
涙等で顔ぐっちゃぐちゃのエリオちゃん。
「私も拝見させてもらったが、素晴らしい原稿だ。カミマツくん、やはり君は最高の小説家だよ。不慣れなジャンルでまさかここまでの感動を人に与えるなんて……まさに天才さ」
「ね! 思いますよねー、今回もカミマツ先生は絶好調! 凄い原稿がきたー、ってあたしももうボロボロ泣きましたモン」
うんうん、と芽依さんと白馬先生がうなずく。
「くそッ! カミマツめぇ……! ぐしゅん……こんな……すげえ……原稿……あんな短時間で作るなんて……化け物が!」
「な、なんか……ごめん」
「謝るなよぉ~……ちくしょう……ぢぐじょ゛う゛……! ぜってーこれに負けない原稿作ってやるからなぁ!」
ぐっ、とエリオちゃんが拳を握りしめて僕をにらみつける。
「それでこそ我が自慢の弟子だ。頑張りたまえ」
「はい!」
ややあって。
「えー、今回お三方に集まってもらったのは、夏コミに出店するための同人誌を作ってもらいたくて来てもらいました」
「「「夏コミ? 同人誌?」」」
初耳だった。
「知ってると思いますが、夏コミとは大東京ビックサイトで夏と冬に開催される同人イベント、【コミッケットマーケット】のことです。そこの企業ブースに、我が新レーベルが出店することになったんです」
「一つ、よろしいかい?」
白馬先生が手を上げる。
「新レーベルのレーベル名はもう決まったのかな?」
「あ、はい。新しいレーベル名はこちら!」
芽依さんが会議用のホワイトボードに名前を書く。
「【STAR RISE文庫】……略してSR文庫です!」
「スター……ライズ文庫」「SR文庫……」
父さんが編集長のわりに、レーベル名が普通だった。
「良い名前だと思います」「私も」「なんか無難すぎてちょっと面白みに欠けるね」
「はい黒姫先生、悪口は編集長に言ってくださーい」
父さんには後で良い名前だよって言っとこ。
「SR文庫が夏コミに出店することになりました。9月創刊に会わせて皆さんに知ってもらうべく、フリーペーパーならぬフリー同人誌を作ることになったんです」
「ただで配るのかい。それはまた、景気が良い話だね」
「ま、新興レーベルなんで、名前を売るためには多少のリスクはいるかなと」
なるほど……夏コミは多くの人が集まる。
そこで色んな人にSR文庫を知ってもらおうって事か。
「同人誌ということは……9月創刊の作品のお試し版みたいなものを作るのかい?」
「その通りです。今本文ができあがってる本文の一部でもいいですし、新たに短編を作っても良いです。それを冊子にして配るんです」
「はぁ? 夏コミって8月中頃でしょ? 今からそれ作るとか……原稿が間に合うわけ無いじゃん。ばかなの?」
「エリオ。口が悪いよ。君も淑女なんだからもう少ししゃべり方に気をつけたまえ」
ふんっ、とエリオちゃんがそっぽを向く。
態度が悪いから忘れそうになるけど、女の子なんだよねこの子。
今日はスカートだし。
「印刷所の関係で8月の第一週には上げて欲しいんです。タイトスケジュールなのは承知済みです。なので長くなくていいので、本文のチラ見せ程度で考えてくれれば」
「まあ……それなら」
「しかし作るならきちんとしたものをあげたいね。……私は1章分くらいはアップできるように努力するよ」
「ボクもまあ……それくらいなら……って、おい、カミマツ」
「え? なに?」
じろっ、とエリオちゃんが僕をにらんでくる。
「さっきから黙ってパソコンカタカタしてて、何してるんだよ?」
「え、同人用の短編書いてたんだけど?」
「はぁああああああああああ!?」
エリオちゃんが驚愕の表情を浮かべる。
「た、短編だと!? 分量は!?」
「3万文字かな」
「さっ……ば、バカ言うな! 会議始まって数十分だぞ!?」
「えっと……だから?」
何を驚いてるんだろう……?
数十分もあれば短編なんてできるでしょ?
「ちょ、ちょっと見せろ! ふん……どうせハッタリなんだろ!」
エリオちゃんが僕からノートパソコンを奪い取る。
「カミマツ先生、別に先生は原稿あがってるから、新たに書かなくていいんですよ?」
「まあそうなんですけど。せっかくだから専用の短編を書いて、本文に興味持ってもらった方が良いかなって思いまして」
「なるほど……さすがカミマツくん。読者へのサービスを常に忘れない。素晴らしいプロ根性だ」
で、一方エリオちゃんはと言うと。
「うぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!」
また、泣いていた。
顔中からまた涙やら鼻水やらでぐっしゃぐしゃにしていた。
「わが弟子よ、淑女がそんな大声で泣くものではない」
白馬先生は新しいハンカチを取り出して、弟子の顔をふく。
「こ、こんなの面白すぎるぅ……反則だぁ……こんな面白い短編かきやがってぇ~……」
えぐえぐ、とエリオちゃんが泣いてる。
「無理だよぉ……こんなの突きつけられたら……もう勝ち目ないよぉ……」
ううー……とエリオちゃんは白馬先生の胸で泣いている。
先生はよしよしと頭をなでる。
「我が弟子よ、私は知っているよ。君は、泣き言を言いつつも、ちゃんと原稿を仕上げる子だってね」
「ししょー……」
にこっ、と白馬先生が微笑む。
「悔しい気持ちがあるうちは大丈夫。君は何度だって立ち上がれるさ。この短編に負けない素晴らしい原稿を、私は君に期待する」
「う……うう……うぉおおおおお!」
エリオちゃんは白馬先生に励まされて、立ち上がる。
「カミマツぅ! 覚えてろよぉ! 今度の夏コミ……すごい原稿作っておまえをけっちょんけっちょんにしてやるからなぁ!」




