49話 美少女達の作る料理が不味いわけない(フラグ)
両親が結婚記念日で不在。
僕の家に声優の由梨恵、歌手のアリッサ、神絵師のこうちゃんが泊まりに来た。
その日の夕方。
僕んちのリビングには、エプロンをつけた美少女2名が立っている。
「待ってて勇太くんっ。美味しいご飯作るからっ!」
由梨恵が元気いっぱいに手を上げて言う。
普段黒髪ストレートの彼女だが、今はポニーテールにしている。
清楚な雰囲気から一転、活動的な感じがして新鮮だ。
「……ユータさんのために、愛情たっぷりのお料理を振る舞いますね♡」
ふわふわの髪の毛を髪留めでアップにまとめて、アリッサが言う。
こちらは若奥様みたいな感じがした。
「わ、ワタシ……料理、下手。ごめんね、かみにーさま」
こうちゃんはシュン……と肩をすぼめる。
「僕も苦手だし落ち込まないで」
『あうぅう……♡ かみにーさまがフォローの鬼だよぉ~♡ はぁん♡ 好き好きぃ……♡』
ロシア語で何かをつぶやくこうちゃんをよそに、ふたりがやる気十分で言う。
「今日この日のために特訓したから! 勇太くんたちはそこで待っててね!」
「……本当のことを言えば、あなたもあっちで待ってていいんですけどね」
アリッサがムス……と不機嫌そうに言う。
「まあまあ。じゃあ楽しみにしてるね」
「「はいっ!」」
由梨恵たちの邪魔にならないように、僕らはリビングへと移動する。
ソファに座る僕。
なぜかこうちゃんは、僕の膝の上に乗る。
「こ、こうちゃん……? どうしてそこに?」
えへへっ♡ とこうちゃんが無邪気な笑顔を浮かべる。
「ほ、ほかに空いてる席あるから」
「ワターシ、ニホンゴ、ワカリマセーン」
「今更外国人キャラぶられても……!」
『ふふふ……都合の悪い言葉は聞こえない、難聴系主人公スキル発動だよ! こうやってかみにーさまを独占する……こうちゃんは、策士では……?』
すりすり、とこうちゃんが僕の胸板に頬ずりをする。
ダンッ……!
と、台所から、何かを強く打つ音がした。
「「な、なにごとっ?」」
僕らは振り返る。
背後から黒いオーラを噴出する、アリッサの姿があった。
「…………」
アリッサは手に持った包丁を高く振り上げると、ダンッ……! と魚の頭部を切り落とした。
「あ、アリッサ……どうしたの?」
「……なかなかお魚の頭が切り落とせなくって」
ダンッ……! とアリッサがまな板に包丁をたたきつける。
鬼気迫る表情の彼女に、僕とこうちゃんは抱き合ってガタガタ震える。
「や、やまんば……?」
「……誰が、ですか?」
にっこり……とアリッサが笑う。
「ひぅ……!」
くたぁ……とこうちゃんが体の力を抜いて、僕に寄りかかってくる。
「だ、大丈夫こうちゃん……!」
「こ、こわいよぉ~……」
きゅーっとこうちゃんが抱きしめてくる。
だんっ! だんっ! だんっ!
とアリッサが八つ当たりのようにまな板を叩く。
「ダメだよアリッサさん。包丁はそんなたたきつけるものじゃないよ?」
菜箸を持った由梨恵がアリッサに注意をする。
「……ご自分の料理に集中なさっては?」
「え……? にゃっ! こ、こげちゃうこげちゃうー!」
あたふたと由梨恵が鍋から何かを取り出す。
「か、かみにーさま……? これ……やばいやつ……では?」
こうちゃんが不安げに僕を見上げる。
た、確かに……アリッサの包丁の持ち方とか、由梨恵の段取りとか見てると……。
「い、いや……大丈夫でしょ。由梨恵は料理練習してきたって言うし。アリッサはほら、なんか料理できそうな雰囲気だし……うん、大丈夫だよ。絶対」
「それ……フラグだよ、かみにーさま……」
……ややあって。
彼女たちの料理が完成する。
「じゃーん! からあげ~!」
テーブルの上のお皿には、きれいな小麦色の唐揚げが載っていた。
「おおー! うまそうっ!」
カラッ! と衣があげてあり、揚げたてのそれからじゅうじゅう……と肉汁があふれている。
「ほら見てこうちゃん、ちゃんとまともな料理じゃないか」
「う、うんっ! し、心配して……そんしたよぅ」
ふふっ♡ と由梨恵が微笑む。
「も~。失敗するわけ無いじゃん。お兄ちゃんに何回も何回も練習につきあってもらったんだからっ! もう得意料理だよ!」
由梨恵のお兄さん、つまりはラノベ作家の白馬先生だ。
「これは食べるの楽しみだな……ほかは?」
「ん? ほかって……?」
はて、と由梨恵が首をかしげる。
「あの……えっと、からあげの他には?」
「え、ないよ?」
ないよ……? ないよ……?
「からあげ……だけ?」
「うん!」
な、なるほど……そうだよね。
前に白馬先生の家にお邪魔したとき、由梨恵は料理が不得手だって言っていた。
ひとつの料理をここまで昇華するには、相当時間がかかっただろう。
……ようするに、からあげ以外の練習をしている時間的余裕はなかったのだ。
「たっくさん揚げたからい~~~っぱい食べてねっ♡」
どんっ! と皿の上に、追加でからあげが乗っけられる。
美味しそう、確かに美味しそうなんだけど……量が多いし……からあげだけじゃさすがに飽きる……。
で、でもせっかく作ってもらったのに、ソンなこと言えないし……。
「……やれやれ。どんな料理が出てくるのかと思いきや、からあげだけなんて」
「アリッサ!」
そ、そうだ……アリッサの料理もあるじゃないか。
からあげだけじゃない……!
「……肉を揚げるだけなんて、今日日小学生でもできるのではないですか?」
「むぅ……じゃあアリッサさんはどんな料理作ったのかなっ?」
「……わたしの料理に驚愕しなさい」
自信満々のアリッサ。
得意げな彼女を見ていると、否が応でも期待値が上がる……!
「……ユータさんのため、愛情たっぷりの料理を作りました。こちらになります」
どんっ! とアリッサがテーブルの上に鍋を置く。
「「「…………」」」
由梨恵、僕、そしてこうちゃんは……フリーズした。
「あ、あの……アリッサ?」
「……はい♡ なんですか?」
にこにこー、とアリッサがとても良い笑顔を浮かべている。
褒めて欲しそう……。
いや、でも……。
「こ、この……黒い物体は、なに?」
鍋のなかにあったものを描写するなら……黒。
本当に黒一色の液体が入ってるだけなのだ。
「ま、まっくろくろすけでておいでー!」
こうちゃんが軽くパニックを起こしている。
「アリッサさん、お鍋焦がしちゃったの……?」
けれどもアリッサは不思議そうに首をかしげる。
「……火加減はちょうど良いはずですが?」
「「「…………」」」
僕らは、悟った。
『【悲報】! 超人気歌手アリッサ・洗馬、料理ド下手くそだったー!』
こうちゃんがロシア語で何かを言っている。
けど確実に何か良くないことを言ってる気がする……!
「え、ええっと……その……あ、アリッサ? こ、この……これ……なに?」
はて? とアリッサが首をかしげる。
「……カレー以外の何に見えるのでしょう?」
「「「か、カレーっすか……」」」
その割に具材が一切入ってないように見える……。
しかも焦げたって感じじゃなくて、マジで黒いどろっとした液体がなみなみ入っているのだ。
てゆーか魚どこいった!?
「か、かみにーさま……おゆーはん……ヤバヤバ」
額に汗をかくこうちゃん。
『からあげオンリーに謎の黒い液体……! かみにーさま、今からでも遅くない、ピザを頼みましょう!』
何かをまた言ってるけど、何が言いたいのかはわかった。
ピザの出前のチラシをその手に持っていたから……。
「いや、こうちゃん。それはさすがに……」
と、そのときだった。
ピンポーン……♪
「お、お客さんかなっ!」
僕はドタバタと足音を立てながら玄関へとむかう。
扉を開けると……。
「みちる……」
「こ、こんばんは」
みちるが頬をかきながら、そっぽ向いて言う。
「あ、あんたたち……夕飯もう食べた?」
「え?」
幼馴染みは後ろ手に持っていた包みを僕に差し出す。
「これは……?」
「4人で泊まるんでしょ? お夕飯四人分作るの大変かと思って……弁当の差し入れ」
包みのなかは重箱になってるようだ。
中からとても美味しそうな匂いがする。
「もう食べちゃったよね。なら明日の朝にでも食べて……」
僕はみちるの体を、正面から抱きしめる。
「にゃ゛……♡ にゃ……にゃにを……?」
「みちる……ありがとう! 助かったよ!」
あわや飯抜きになるところだったところに、みちるの差し入れ。
まさに救いの女神に見えた……!
「……ゃ、ゆ、勇太……だめだよ。離して……」
「あ、ごめん」
ぱっ、と僕はみちるから離れる。
彼女は顔を真っ赤しながら、うらめしそうに見る。
「……なんですぐ離しちゃうの?」
「え、なんだって?」
「……なんでもないわよ、ばか。じゃ、アタシ帰るから」
きびすを返すみちるの手を僕が掴む。
「せっかくだから、一緒にご飯食べてかない?」
彼女は大きく目を見開く。
「な、なに……言ってるのよ。……楽しく四人で過ごしてるんでしょ? アタシがいても、邪魔なだけだわ」
「そんなことないよ。大勢で食事した方が楽しいって。ね?」
みちるはしばし逡巡したあと、こくりとうなずく。
「……ほんとに、いいの?」
「もちろん。さ、あがって」
みちるは何度も躊躇した。
けど……結局は、僕のあとについてきたのだった。




