48話 女子達みんなとお泊まり会
7月終わりのある日のこと。
僕んちの玄関先にて。
「それじゃあゆーちゃん、お母さん達でかけますね」
おめかしした母さんが、父さんと玄関先に立っている。
今日は母さん達夫婦の記念日だ。
ふたりは高級ホテルでディナーを楽しんで一泊する予定。
「ありがとう、ゆーちゃん。素敵な結婚記念日のプレゼントくれて」
ふたりが結婚記念日ってことで僕がホテルの予約をしたんだ。
いつもお世話になってるからね。
「わはは! 勇太ぁ! ありがとうなぁ! さっすが自慢の息子! 今夜は母さん相手に自慢の第二のムスコも大活躍の予定……へぶっ!」
ドサッ、と父さんがその場に内股で崩れ落ちる。
母さんが思い切り父さんの股間を蹴り上げたのだ。
「か、かあさん……いい加減……使い物にならなくなるよまじで……」
「あなたの貧相ムスコと自慢の息子を比べないでくださいな。そんな貧相なものと一緒にしたらゆーちゃんに失礼よ」
「に、2回も貧相なんて言わないでよぉ~……」
母さんはニコッと笑う。
「ありがとうゆーちゃん。お父さんお金に余裕がないからって、わたしたちのために良いホテル予約してくれて」
「どういたしまして。僕のことは気にしないで存分に楽しんできて」
「ところで……」
と母さんが言う。
「お夕飯とか大丈夫? 今日、詩子はバスケ部の合宿に行っててひとりだけど」
自慢じゃないけど僕の料理スキルはゼロだ。
料理ができる詩子も不在。
「うん。まあなんか出前でも頼むよ」
「そんなことだろうと思って……お母さん助っ人を呼んできました♡」
「助っ人?」
がちゃり、と玄関の扉が開く。
「「「おじゃましまーす!」」」
「え、ええ!? み。みんな……どうしたの?」
入ってきたのは声優の由梨恵、歌手のアリッサ、そしてイラストレーターのこうちゃん。
「お母様にお呼ばれしちゃった!」
「……ユータさんを末永くよろしくとお願いされました」
『かみにーさまっ、お泊まりにきましたー!』
突然みんながやってきて戸惑う僕。
「あら……? 【みーちゃん】……?」
一方で母さんもまた、なにか戸惑っている様子だ。
「どうしたのかしら、あの子も呼んでおいたのに……?」
ぶつぶつ、と母さんが何かをつぶやく。
「勇太くんっ、料理なら任せて! 得意だからっ!」
由梨恵が鼻息荒く言う。
「……あなた、前に料理はお兄さん任せで、てんでだめって言ってなかった?」
「れ、練習したから、だいじょーぶ!」
むんっ、と由梨恵が気合いを入れる。
「皆さん、うちの可愛いゆーちゃんをよろしくお願いしますね♡」
「「「はい、お母様!」」」
「いやいやいやいや」
母さんが普通に出て行こうとしたので、その肩を掴む。
「か、母さん……? これ、どういう状況なの?」
「母さん達出かけちゃうから、女の子達にゆーちゃんのお夕飯の面倒を見てもらいつつ、ついでにお泊まり会をと思いまして♡」
「なっ!? お、お泊まり会だってぇ!?」
驚く僕をよそに、父さんが歯ぎしりして言う。
「くぅう! 羨ましいいぞ勇太ぁ! 親不在のなか、こんな美少女3人と一つ屋根の下でお泊まりなんて! ずるいずるい! ラノベ主人公か君はっ!」
地面に転がって、じたばたと父さんが手足を動かす。
「僕も男1人に美少女3人でハーレムうはうはお泊まり会やーりーたーいー! ……へぶっ!」
父さんのお腹を、母さんがヒールで踏みつける。
「あら、ごめんあそばせ♡ こんな年増と二人きりで」
「か、かあさん……べつに……年増なんて思ってないよ……そなたは……うつくしい……」
がくんっ、と父さんが気を失う。
母さんは父さんの足を掴んで、ニコッと笑う。
「じゃあみんな、いってきます♡ あとはヨロシクね♡」
「「「はいっ!」」」
「か、母さんは……いいの?」
にこっと、と母さんは笑う。
「ええ。きちんと避妊するなら♡」
おいいいいいいいいい!
何言ってるの母さんぅ!?
「じゃあねゆーちゃん♡ ゴムは台所の引き出しに入ってるからね♡」
「いや使わないよ!?」
うふふ♡ と笑いながら、母さんは父さんを引きずって出て行ったのだった。
あとには僕と、由梨恵たち3人が残る。
ど、どうしよう……。
彼女たちはニコニコしながら玄関で待ってる。
「えっと……とりあえず、うち上がって」
「「「おじゃましまーす!」」」
僕の後を由梨恵達が付いてくる。
え、つ、つまり……え?
明日母さん達が帰ってくるまで……男は僕1人?
美少女3人と一夜をともにするって事!?
やってきたのはリビング。
ソファに座る面々。
「あの……ほ、本当に泊まるの?」
「もちろんだよ、勇太くん! ちゃんとお泊まりセット持ってきたんだからっ」
由梨恵が大きめなボストンバッグを足下に置いてある。
「……わたしも、きちんと準備して参りました」
アリッサが黒の大きなキャリーケースに触れる。
『? ふたりとも、一泊するだけなのに、どうしてそんなにたくさん荷物もってるのー?』
こうちゃんは可愛らしいうさぎさんのリュックを一つ、膝の上に乗っけている。
『はっ! ま、まさか……色々準備って……エロエロなコスチュームとかってこと? 殿方を喜ばせるアイテム的なっ。わ、わわ……どうしよう、わたし何にも持ってきてないよぅ~……』
ロシア語でこうちゃんが何かをつぶやいている。
相変わらず何を言ってるのかわからない。
「で、でもさ……みんな大人気声優だったり、歌手だったり、Vtuberだったりで……その、スキャンダル的なものは控えないとダメなんじゃないの?」
男と付き合ってました! なんて言えば次の日の週刊誌は大賑わいだろう。
「大丈夫! マネージャーにはちゃんと許可取ってるから!」
「……わたしは別に、ユータさんとお付き合いしてると報じられても、何にも問題ありません。むしろ堂々と報告します」
「か、かくごのじゅんびをしておいてくださいっ。けーむしょにぶちこまれるたのしみにしててくださいっ」
と、3人ともなんだか受け入れムードなわけで!?
「で、でも誤解されたら嫌じゃない……? 僕みたいのと付き合ってるって思われたら」
「「「ぜんぜん! 嫌じゃない!」」」
女の子達が声をそろえて言う。
「むしろ誤解されたいよっ」
「……わたしはもう身も心もユータさんのものですから」
『かみにーさまとお付き合いしたいです! 大好きなにーさまと毎日一緒に居たいもんっ!』
す、すごい……なんだか……とんでもないことになってるぞ。
「えっと……じゃあその、今日は、よろしくお願いします」
僕は女の子達に頭を下げる。
「やったー! 勇太くんとお泊まりだっ! 最高の夏休みだよっ」
「……わたし、今が人生最良の日かもしれません。大好きな殿方と一夜をともにできるなんて夢のよう」
『かみにーさまっ。一緒のベッドで寝ようっ。きゃっ♡ うれしすぎて死んじゃいそうだよぉ~♡』
……ともあれ、僕は美少女達3人とお泊まりすることになったのだった。
★
上松 勇太が両親不在の中で、お泊まり会を開いている……一方その頃。
大桑 みちるはひとり、ベッドの上で三角座りをしていた。
ピリリッ♪
自宅の固定電話の着信音が鳴る。
のそりと起き上がって、子機を取る。
『みーちゃん、こんばんは』
「勇太の、おばさん……」
勇太母からの電話に、みちるは気まずい思いをしながら応対する。
『ねえみーちゃん、どうして……お泊まり会に参加しなかったのですか? 私、お誘いの電話入れましたよね?』
……そう、今日は勇太の両親の結婚記念日。
母から、一緒に勇太達と泊まってはどうかと提案されていたのだ。
「……邪魔しちゃ、悪いでしょ」
『誰に遠慮してるの、みーちゃんは?』
「勇太のこと、好きな女の子達によ」
みちるは勇太の側に居る美少女達の存在を知っている。
「せっかく楽しいお泊まり会なのに、アタシがいって水をさしたくないわ。……アタシは、勇太を振った酷い女なんだから」
由梨恵たちはみちるのことを、毛嫌いしてるに違いない。
彼女はそう思い込んでいるのだ。
『そう思ってるのは、みーちゃんだけじゃないのですか?』
勇太母が柔らかい声音で言う。
『きっとゆーちゃん、みーちゃん来るの待ってると思うわ』
「……無理だよ。あいつの楽しい時間を邪魔したくない」
すると勇太母は少しの間を置いて言う。
『大丈夫。ゆーちゃんも、あの子達もいい子たちだもの。きっとあなたが行っても、受け入れてくれると思いますよ』
勇太母はあくまで、みちるもあの勇太たちの輪のなかに入れようとしているようだ。
「オバサンは……怒ってないの? 勇太を振ったのよ、アタシ」
『怒る? まさか。失恋も失敗も青春時代にしか味わえないことだもの。それに子供は色々なこと経験しながら、少しずつ大人になっていくものですからね』
どうやら勇太母は、息子を振った女に対して、怒りは覚えてないようだった。
「……オバサン、アタシのこと嫌いになってない?」
『なってないですよ。ゆーちゃんももちろん。だから……ね? みんなと楽しく遊んできなさいな』
勇太母は電話を切る。
みちるは誰も居ない廊下にひとりたたずむ。
きっと勇太は、今頃女達と楽しくやっていると思うと……胸が締め付けられる思いがした。
「……アタシ、なんで勇太を振っちゃったんだろ。ほんと、馬鹿なことしたな」




