47話 幼馴染みと取材(デート)
夏休みの序盤のある昼下がり。
僕は幼馴染みの大桑みちると一緒に、隣県のショッピングモールへとやってきていた。
「あの……みちる? ほんとに良いの?」
今日の彼女の出で立ちは、普段と違っていた。
お尻が見えそうなくらいのデニムのミニスカートに、黒いニーソックス。バンドのTシャツ……。
僕が【着て欲しい】と頼んだ服装を、そのまま着てくれたのである。
「い、いいのよ……。今日はあんたの取材につきあうって、言い出したのアタシだし……」
もじもじ、とみちるがスカートの端っこを抑えながら言う。
ニーソックスからこぼれ落ちる、むちっとした太もものお肉。
そしてお尻の下の部分が見えて……なんだかとてもエロい。
「み、短すぎるよね。ごめんそんなの指定して……」
「い、いいのっ。この格好が、ヒロインが着てる服装なんでしょっ。着るわよ、なんだって! 取材なんだから!」
……状況を説明しよう。
父さんが立ち上げることになった新レーベルで、僕は現実恋愛の小説を書くことになった。
書いてる途中で、主人公とヒロインがショッピングモールへ買い物へ行くというシーンにさしかかる。
そこでちょっと筆が止まったとみちるに言ったところ、『実際に行ってみましょ。取材手伝うわ』と提案してくれたのだ。
「手伝うっていっても、別にみちるがヒロインになりきる必要はないんだよ」
僕の隣をみちるが歩いている。
新作小説のヒロインと、同じ服装を着ている。
「こ、こういうのは……リアリティが重要なんでしょ? なら、キャラになりきって、リアルな心情を知った方が、あんたのためになると思ったまでよ」
みちるの言っていることは一理あるね。
「ほ、ほら……しゅ、主人公はまず、ヒロインの今日の服を見て……感想を言うものじゃない?」
ちらちら、とみちるが上目遣いに僕を見てくる。
「ちゃ、ちゃんと主人公になりきりなさいよ」
なりきりは重要だ。じゃなきゃ取材にならない。
僕は新作の主人公になりきり、ヒロインに言う。
「『うん。とってもとっても可愛いよ』」
主人公の心情にのっとり、僕は感想を述べる。
「~~~~~♡」
ふにゃ……とみちるが頬を緩ませる。
なるほどこういうリアクションなのか。メモメモ。
「に、にあってる……? かなぁ?」
「『うん。にあってるよ。特に白い太ももと黒いニーソックスのコントラストは最高さ』」
「そ、そっかぁ……♡ こ、こういう服も悪くないわね。お尻が見えて恥ずかしいけど……あんたが頼むなら、ま、また履いてあげる」
みちるが後ろででスカートを抑えながら言う。
なるほど、こういうリアクションをヒロインは取るんだ。
勉強になるなぁ。
みちるは完全に役に入ってるようだ。
普段の彼女なら、こんな恥ずかしい格好死んでもやらないはずなのに。
彼女は全力で取材に取り組んでくれている……。
なら僕もまた、役になりきって演技しないとね。
「『恥じらう君もとっても可愛いよ』」
「に゛ゃ……♡」
耳の先まで真っ赤にするヒロインに、主人公追い打ちをかける。
「『いつも可愛いけど今日は特別可愛いよ』」
「ぁ……ぅ……♡」
「『照れてる君は世界一可愛いよ』」
「……♡ ……♡ ……♡」
みちるは白い肌を、全身真っ赤に染めていた。
「だ、大丈夫……?」
「ちょ、っと……心臓に……悪いわ」
やっぱり自分の意に沿わないリアクションを取るのって、心理的に負担になるもんね。
「やめとこっか、やっぱり」
けどみちるはブンブンと首を振る。
「だ、大丈夫だから! い、行くわよ」
彼女が先に進んでいく。
僕の作品作りに、彼女が頑張って協力してくれている。
自分の時間を削ってまで……。
「ありがと、みちる」
僕は彼女の隣までやってくると、その小さな手をつかむ。
「なっ……なにっ?」
「え、主人公はたぶん、迷子にならないように手をつなぐかなって」
今日は夏休みと言うことで、ショッピングモールがめちゃくちゃ混んでいる。
たぶん主人公なら、ヒロインのために手をつなぐと思ったのだ。
「嫌だった? なら離すけど」
僕が手を離そうとする。
けど、ヒロインはパシッ……と僕の手を掴んできた。
「手、つ、つなぐわ。か、勘違いしないでよねっ。良い作品を、作るためなんだから……」
みちるが頬を赤く染めながら、潤んだ目で僕を見てくる。
なんて協力的なんだ……!
「もちろん! 作品のために頑張ってくれてありがと!」
……なぜだかみちるは、すごい複雑そうな顔をしたのだった。
★
僕たちは混んでいるモール内を練り歩く。
「で、あんたの新作って……どんな話なの?」
みちるが隣にいるぼくを見上げながら言う。
「【やはり僕の幼馴染みはこんなに可愛い。間違いない】」
「なっ!? なななな、なに言ってるのよ急にぃーーーーー!」
みちるが顔から湯気を出す勢いで真っ赤にながら叫ぶ。
「や、やめなさいよぉ~……♡ そんな……勘違いさせるよなこと……言わないでよ~……♡」
「え、何言ってるの? タイトルだよ、新作の」
「…………………………やめなさいよ。そんな勘違いさせるようなこと、言わないでよ」
さっきのふにゃふにゃ笑顔から一転、とても不機嫌そうな表情になるみちる。
「というか幼馴染みものなのね」
「うん。ラブコメって言えば幼馴染みが定番かなって」
「そうね。よく見るわね。主人公の一番側にいる可愛い子」
「そうそう。でもだいたいのラブコメの幼馴染みって、ヒロインレースに負けて、主人公を取られちゃうでしょ?」
「……ソーネ」
「主人公を小さい頃から知ってるはずなのに、恋愛に発展せず、好意に気づいたときには他に女ができてて時既に遅しってパターン多いじゃん?」
「……………………ソーデスネ」
ずぅん……とみちるが暗い表情でつぶやく。
「ど、どうしたのみちる?」
「……なんでもないわ。ただの自己嫌悪よ」
頭を抱えてため息をつく。
「で、新作。幼馴染みが結ばれない話がとても多いからさ、だから逆に幼馴染みと主人公が幸せになるような話作れば、うけるかなーって思ったんだ」
「ふ、フーン……いいんじゃない?」
みちるは目線をそらしながら、くるくると自分の毛先を指でいじる。
「勇太が作るんだもん、絶対面白くなるわ」
「ありがと。ところでみちる……あそこ行きたいんだけど」
少し先にフードコートがある。
「お昼ご飯でも食べるの?」
「ううん。目的はあっち」
奥の方に目当てのお店がある。
「タピオカ屋さん……?」
「そう。幼馴染みの好物がタピオカなんだ」
びしっ、とみちるがまた固まる。
「ね、ねえ……作品の話なのよね?」
「? うん」
「そ、そう……。ま、まあ……良いわよ。行きましょ」
みちるは「……作品の話よね? そうなのよね?」とブツブツとつぶやく。
なんだろう……?
僕らはタピオカを購入し、フードコートへと移動する。
端っこの席へとやってきた。
「それで、これから?」
「一つのタピオカを2人で分けて飲むって展開にしようかなーって思ってるんだけど」
「なっ!? なによそれぇ!」
かぁああ……! とみちるが顔を赤らめながら叫ぶ。
「え、だってこの2人つきあってるんだよ」
「はぁ!? つ、つきあってるの!? ラブコメなのに!?」
「うん。主人公と幼馴染みはプロローグで結ばれるんだ」
「展開早っ……! え、ラブコメって長い時間かけて恋仲になるんじゃないの?」
「うん、普通はね。だからこそ、最初から両思いのラブコメって、珍しいかなーって思ってさ」
みちるは感心したようにうなずきながら、小さくつぶやく。
「そ、そう……い、いいんじゃない……うん。いいわね、それ。うん……羨ましい」
「え、なんだって?」
「なんでもないわよ!」
ずいっ、とみちるがカップに入ったタピオカに、ストローを2本ぶっさす。
「飲むわよ!」
「え、でも……やっぱりつきあってもない僕らがこんなことするのって……」
「取材! これ、取材でしょ! なら大丈夫!」
そ、そっか……そうだよね。
みちるはあくまで取材に協力してくれてるだけだからね!
「ほら、飲みましょ」
テーブルの真ん中にカップを置く。
「ん……♡」
みちるは目を閉じて顔を近づける。
カップを置いてる以上、僕も顔を近づけて飲まないといけない。
彼女の整った顔がすぐ近くにあった。
すべすべできめ細やかな肌と、髪の毛の甘い香りが鼻腔をつく。
「ちゅ……♡ ん……ちゅる……♡」
みちるは子猫が母猫のお乳を飲むかのように、ちゅうちゅうとストローを吸ってる。
細い棒を加えて吸っている姿を見ていると……
な、なんだか……妙な気分になって……い、いかん! 取材!
「どう?」
「ん……おいし」
ぱちっ、とみちるが目を開ける。
水晶のように綺麗な瞳がすぐ目の前にあった。
僕はストローから口を離そうとする。
「待って。まだ残ってるでしょ?」
「え、あとはあげるよ」
「だ、ダメ。ほら……一緒に飲むんでしょ。お、幼馴染みとはカップルなんだから」
それもそうか。
僕はみちると鼻先がくっつくくらいの距離でタピオカを啜る。
ぷは……とみちるが唇を離す。
カップの中身はカラになっていた。
「……飲み終わっちゃった。……残念」
みちるが名残惜しそうに残ったカップを見やる。
「おかわり持ってくる?」
「う゛……いや、やめとく」
みちるは苦い顔をして自分のおなかをつまむ。
「タピオカって家系ラーメンと同じくらいカロリーあるっていうしね。あんま飲んでると太っちゃう……」
「え、みちる全然太ってないじゃん」
確かに胸とか太ももにはむっちりとお肉が乗ってるけど。
全然太ってるようには見えない。
「いーや、太ってるわ。見えないけどお肉がついてるのよお腹に」
「ふーん……触って良い?」
「にゃ゛……! さ、さわ、さわわわわ!?」
顔をこれまた首筋まで真っ赤に染めて、みちるが目をグルグルにして言う。
「あ、ごめん。恋人同士だから主人公達。さっきみたいなセリフがきたら、こういうリアクションとるかなーって思って言ってみただけだから」
するとみちるは、消え入りそうな声で言う。
「……いいわよ」
「え? なにが?」
「だ、だから……良いわよ。ほら……触りなさいよ」
みちるは後ろに体重をかけて、やや両足を前に投げ出す。
シャツの端っこをつまんでお腹を露出させる。
「…………」
可愛らしいおへそ。荒い呼吸とともに上下するお腹に……どきどきしてしまう。
「は、早くして……気づかれちゃう」
「う、うん……じゃあ失礼」
僕はみちるのお腹を、控えめにつまむ。
「……ぁんっ♡」
「わっ! ご、ごめん……」
「い、いいから……続けて……んっ。あっ。んっ」
しばしふにふにとみちるのお腹をつまむ。
触るたび彼女は艶っぽい吐息を漏らし、なんだかいけないことをしている気分になった。
やがて、僕は指を離す。
「はぁ……はぁ……ど、どうだった……?」
「えっと……」
僕は感触を思い出しながらいう。
「意外とお肉ぷにぷにだった」
みちるは「プニプニで悪かったわねっ!」ととても不機嫌そうに言うのだった。




