28話 幼馴染みは助けられ、彼の良さに気づいて後悔する
大桑みちるは友達と別れて、カラオケ店を後にした。
日曜日の夜。
人通りの少ない路地を、みちるはひとり歩く。
「もうほんと最悪……」
カラオケ店で、同級生の陽キャ・中津川に強引に迫られた。
顔は確かに良いかもしれないが、あんな無理矢理は御免被る。
「二度と顔も見たくないわ……」
と、そのときだった。
「おっ、こんなところに可愛い女子はっけーん★」
「うはw まじタイプぅw」
……前方から、明らかにチャラそうな、20代男性の2人組が声をかけてきた。
中津川と同類の匂いを感じる。
無視が一番。
そう思って、みちるは通り過ぎようとする。
「ちょっと待ってよお嬢ちゃん」
「おれらと遊ぼうぜw」
チャラ男がみちるの手を無遠慮に掴んでくる。
「離してっ!」
「いやでぇすw」
「離せって! ばかっ!」
先ほど中津川にやったように、男の顎めがけて掌底を放とうとする。
「おっと」
だが、チャラ男はみちるの動きを読んでいた。
彼女の手をパシッと受け止める。
「へへっ。おれキックボクシングやってるからよぉ。眼がいいんだぜ」
……よく見ると、自分の腕を掴んでいる男はガタイがよかった。
腕を振りほどこうとしてもびくともしない。
……みちるは恐怖を抱いた。
彼らが得体の知れない肉食獣のように見えたからだ。
「いやぁ! 助けてっ!」
「おいおい怖がるなよw ちょっと遊ぶだけだって」
「いやっ! だれかっ! だれかぁ!」
「うはっ、良い声だすねぇ。興奮するぅ……ベッドではどんな可愛い声で鳴いてくれるかなぁ?」
チャラ男が無理矢理みちるの頬を掴んで、顔を近づけてくる。
気持ち悪さと、恐怖で、頭がパニックになっていた。
「助けてぇ……! 勇太ぁ……!」
……追い詰められて出たのが、幼馴染みの名前だった。
いつだって彼は側に居た。
自分が困っていると助けてくれた、ソンな彼の名前が出てしまった。
「勇太ぁ? 誰だよそいつ……?」
と、そのときだった。
「あ、いたいた! 【お姉ちゃん】!」
とと、とみちる達に近づく少年がいた。
身長はやや低めで、童顔。
チャラ男達は突然登場したこの少年が誰なのか知らない。
だが……みちるだけは知っていた。
「勇太……」
幼馴染みの少年、上松 勇太だ。
チャラ男達は突然現れた少年の登場に戸惑い、手に込める力をゆるめた。
「もー、お姉ちゃん探したよぉ。さ、帰ろう?」
勇太は無警戒に近づいてきて、みちるの手を引く。
「おいおい弟くぅん。おれらおねえちゃんと大事な話あるんだよ」
「へぇ……! 大事な話って?」
勇太は無垢なる年下の弟を【装い】ながら、足早に路地を抜けようとする。
「大人の話だよ、お・と・な・の。だから弟くんは一人で帰りなさい」
チャラ男は【彼に命令されて】、やっていること。
できれば事を荒だてたくない。
「えー、でももう遅いし、帰らないとお父さんが心配するよ? あ、ほらお父さん!」
「「え……?」」
路地の入り口に、スーツを着込んだ、鋭い眼光の男が立っていた。
勇太が手を振ると、スーツの男は手を振ってくる。
そのままみちるを連れて、男と一緒に離れる。
男は路肩に止めてある車に近づいて、ドアを開ける。
「「げぇ!」」
止めてあったのは、黒塗りの高級外車だった。
チャラ男達はビビる。
「な、なんだよこのすげえ車……」
「やーさんの乗るような車じゃんかこれ……」
一般人が乗れないような高級外車。
さらに、鋭い眼光の、体格の良いスーツの男(暫定父親)。
……そこから、チャラ男達は勝手に想像してしまう。
みちると、弟を名乗る勇太が……ヤバいところの関係者だと。
「さ、おねえちゃん乗って。帰ろう?」
「う、うん……」
みちるはリムジンに乗り込む。
「あ、そうそう」
にっこりと笑って、勇太が言う。
「お兄ちゃん達も乗る?」
「「え……?」」
「え、だってお姉ちゃんと大事な話があるんでしょ? だったらほら、車の中で話せば良いじゃん……ねえお父さん?」
ガタイの良いスーツの男が、じろりとチャラ男達をにらみつける。
……彼を勇太とみちるの父と、ひいては、アウトローな関係者だと【勝手に思い込んでいる】チャラ男達。
「いや! 遠慮しておくよぉ!」
「じゃ、じゃあねぇみちるちゃん!」
バッ、とチャラ男達が手を上げて、一目散に逃げようとする。
「あ、お兄ちゃん達。大人の話がしたいなら、次からはお父さんを通して欲しいかな」
スッ、と勇太が目をほそめる。
「でもよく考えてね。彼女に手を出したら……誰が、黙っていないかって」
じろり、とスーツの男(暫定父親)がにらんでくる。
「「ひぃいいい! す、すみませんでしたぁああ! もうしませぇええええん!」」
情けない声を上げながらチャラ男達が退散していく。
「おいどーすんだよ! 【ナカツガワくん】に怒られるぞ!」
「うっせー! 命の方が大事だ!」
その後ろ姿を見て、勇太がぽつりとつぶやく。
「ま、全部嘘なんですけど」
勇太はスーツ姿の男性を見て言う。
「ごめんなさい、贄川さん。茶番に付き合わせてしまって」
ぺこり、と頭を下げると、贄川と呼ばれたスーツの男は運転席に回る。
勇太もリムジンに乗り込むと、車が発車する。
みちるは座席から一歩も動けず、勇太に問いかける。
「……どういう、ことなの」
「え、あ、ごめん。信号待ちしてるときに、みちるの声が聞こえたからさ」
勇太はリムジンを止めて声の方へ行く。
するとみちるが困っている現場を目撃して、芝居を打ったのだ。
「……このリムジンは?」
「友達の車。ちょうど家まで乗せてもらっている途中だったんだ」
「……さっきのスーツの人は?」
「運転手さん」
ようするに、勇太はハッタリを駆使して、みちるを助けてくれたのだ。
「……なんで、そんなことすんのよ」
みちるは助けてくれなんて、頼んでいない。
それに、彼女は勇太を振った相手だ。
助ける理由なんて、あるはずないのに……
勇太はきょとんと目を点にして言う。
「え、だって幼馴染みでしょ僕ら?」
ごく自然に……彼は言った。
そうだ昔からこの幼馴染みは、自分が困っていると、無償で助けてくれた。
まだ恋愛感情が芽生えていないときから、勇太はいつも、みちるが困っていると手を貸してくれていた。
「あ……ああ……」
彼への愛おしさで胸がいっぱいになる。
正体が敬愛する作家カミマツだからとか……関係ない。
上松勇太は、いつも隣にいた幼馴染みは……今も昔も変わらずに、優しくていい男だったのだ。
「勇太ぁ……ゆうたぁ~……」
安堵と愛おしさで、みちるは涙を流す。
勇太はポケットからハンカチを取り出して渡してくれる。
「悪かったわ……迷惑かけて」
「え、迷惑? なんで? いつものことじゃん」
彼と話していると心が軽くなった。
勇太と居るときが、一番楽なんだ。何も気にしなくて良いんだ。
……結局、幼馴染みが一番だったんだ。
このときみちるのなかでは、目の前に座っている少年がカミマツであることを忘れていた。
昔なじみの男の子を……みちるはようやく、好きであると心から気づけた。
……だが。
「あのね勇太……あたしね……ようやく……」
と、そのときだった。
「アリッサも、ごめんね」
「え……?」
少し離れたところに、金髪の美女が座っていることに、みちるは気づく。
「アリッサ……洗馬……」
超一流のアーティストにして、デジマスの主題歌を歌っている、有名美人歌手だ。
……思えばおかしなはなしだった。
勇太の家にはリムジンなんてなかった。
アリッサの所有物だというのなら、うなずける。
「帰るの遅くなってごめんね。贄川さんも巻き込んで迷惑かけちゃったし」
「……いえ。お友達を助けるためですもの、気にしないでくださいませ」
ふたりが楽しそうに会話する。
「あ……ああ……」
そうだった……。
……もう、みちるだけの幼馴染みじゃないのだ。
それどころか……勇太に掛かっていた、初恋という名の魔法は解けている。
「……彼女を家まで送っていきましょうか?」
「え、いいのっ。ありがとう!」
「……いえいえ♡ ふふっ、やっぱりユータさんは優しくて、最高にかっこいい男性です♡」
「や、やめてよぉ。照れるなぁ~……」
……幸せそうに笑い合うふたり。
みちるは確信した。
今日、彼はみちるが愛する者だから助けたのではない。
【幼馴染み】が困っていたから助けただけだ。
「……ぐす、うぐ……うえええええん!」
みちるは子どものように泣きわめく。
「ど、どうしたの?」
「勇太ぁあああ! ゆぅうううたぁあああああああ!」
みちるは己の愚かさを嘆いた。
カミマツを振ったことを後悔したのではない。
大事な幼馴染みを、振ったことを……手放したことを……ただただ強く後悔していた。
だが、今更後悔したところで……もう遅いのだ。




