26話 超人気歌手と小旅行
超人気歌手、アリッサ・洗馬と気晴らしに遊びに行くことになった。
てっきり近くで……だと思ったのに……気づいたら飛行機に乗っていたよ。
話は、飛行機が羽田を出発してからしばし立った頃。
「すごい……ファーストクラスだ……初めて乗ったよ……」
ゆったりとしたソファに、前後左右の間隔がもの凄いとられている。
のびのびとした空間。
飛行機なんていつも狭い思いして乗ってたのに……。
「……お気に召していただけました♡」
僕の隣でアリッサがにこやかに笑う。
「ご、ごめんねファーストクラスなんて取ってもらって。あとでちゃんとお金払うよ」
「……お金は気にしないでください♡ 今日明日はわたしのワガママに付き合ってもらうのです。ユータさんは気にせず旅行を楽しんでください」
「うーん……まあ、アリッサがそれでいいなら、わかったよ」
人の厚意を無下にしちゃダメだしね。
ややあって。
僕らがたどり着いたのは、【新千歳空港】。
「北海道じゃん」
「……ええ。観光シーズンでもないので、のんびりできるかと思いまして」
昨日思い立って、翌日北海道とかすごいな。
今思うとさ。
「……車の手配もしておきました。どうぞ」
「あ、ありがとう……」
新千歳空港の真ん前に、黒塗りリムジンが止まってました……。
本当にお金持ちなんだなぁ……。
リムジンに乗り込むと、彼女が僕の真横に座ってくる。
「あ、あの……席いっぱい余ってますよ……?」
「……わたしはここが良いのです。おいや……でしょうか?」
潤んだ目で見上げてくるアリッサ。
きゅっ、と僕の腕を抱きしめてくる。
「いやじゃ……ないよ」
「……では、このままで♡」
こてん、とアリッサが僕の肩に頭を載せてくる。
ちょっと動くと胸に肘が当たりそうでヤバい。
あと髪の毛からすっごい甘い良い匂いがして倒れそうだ。
リムジンが北海道の広大な土地をひたすらに進んでいく。
てか信号ないな……。
まあ歩いている人ほぼいないし……。
「よく北海道に来るの?」
「……ええ。ひとりで。こうして何もない草原と広い空を、ぼうっと見つめるのが……好きなんです」
なるほど、そう言う楽しみ方もあるのか……
「……もちろん観光名所も好きですけど。わたしはどちらかというと静かな方が好みです」
「あ、僕も」
ふふっ、とアリッサが微笑む。
「……うれしいです♡ 大好きなユータさんと、同じで」
「お、え、あ……」
好きって、大好きな作家って意味だよね、うん。そうだよね。
「~~~~~~~/////」
ボッ……! とアリッサが顔を赤くする。
「……あのえと、そのあの……さ、さっか、として……です」
「そ。そうだよね……! うん、わ、わかってるよ……! うん」
しばし……気まずい沈黙が流れる。
……改めて凄い状況だな今。
有名歌手と二人きりで旅行に来てるなんて……。
「……曲。曲の、話をしても?」
「あ、うん! そうだよ、それが目的じゃん! しよしよ」
お互い、ホッ……と安堵の吐息をつく。
静かなのは好きだけど、気まずいのは苦手だからね。
僕心のこれからの展開とか、キャラの心情とか、新キャラの話をする。
「……まあ。ではもしかして序盤で出てきた化け物は、禁断の果実を食べて変身した親友なのですか?」
「うん、そうそう」
はぁ~……とアリッサが感心したようにうなずく。
「……見事な伏線回収です。さすがカミマツ先生。まんまとユータさんの手のひらの上で踊らされてました」
「あはは、ありがと」
「……しかしデジマスより前に書いた作品なのに、デジマスと同等……いや、それ以上に面白いのは驚きます。これを小学生が考えたなんて……すごいことです」
アリッサがメモを取っている。
「……小学生の時は、どんな子だったのですか?」
「普通だよ。ただ父さんが出版社に勤めてたから、家にたくさんマンガとラノベがあってさ」
エンタメを小さい頃から摂取しつづけた結果、自然と自分でも作ってみよう、って思ったんだよね。
「……英才教育の賜物ですね」
「だねぇ。父さんがいなかったらカミマツは居なかったと思うよ」
僕にたくさんの作品を読ませてくれたのも、パソコンのお古をくれたのも、父さんだから。
「……素晴らしいご家族をお持ちで、ユータさんが羨ましいです」
「ありがと。僕も家族は自慢なんだ」
どんなときでも僕の味方でいてくれる……最高の家族だと思ってる。
「……デジマスも僕心も、家族がテーマのお話ですものね。家族が好きなんですね」
「そう言われると……どっちも家族要素あるね。好きな物が無意識に出てるのかなぁ」
そんなふうに、僕らは北海道の田舎道をのんびり走りながら、作品の話をしていく。
途中、観光地によって、昼ご飯を食べた。
軽く観光して、車に乗ってまた田舎道を走る。
「……牛さんです」
「ほんとだ。牧場でもあるのかな。行ってみる?」
「……いえ。遠くから見てるだけで十分です」
とはいうものの、チラチラとアリッサが牛を見ている。
行きたいんだろうなぁ……うん。
「ちょっと待って」
スマホでマップを開き検索すると、やっぱり牧場があった。
観光用らしくて、実際に中に入ることもできるらしい。
「いってみよ」
「……でも、牧場ってはじめてで」
「僕の経験上、今までやったことのないことに挑戦すると、良い刺激になって、創作上の悩みってあっさり解決したりするんだ」
1人でうんうんと悩んでも、1文字も進まないけど、行ったことないラーメン屋でご飯食べてる時に、スルッとアイディアが浮かぶこともままあるしね。
しばしの逡巡の後、アリッサがこくりとうなずく。
リムジンの運転手さんに場所を指示し、牧場へと向かう。
観光シーズンが過ぎているせいか、がらがらだった。
のんびり牛を見たり、乳搾りさせてもらったりした。
牧場のオジサンは、客が少なくて暇だったこともあって、丁寧に色々と教えてくれた。
牧場見学が終わって、観光センターで牛乳ソフトを僕らは食べる。
「いやぁそれにしても……びっくりした。まさか、アリッサ・洗馬さんを生で拝める日が来るなんてなぁ……」
牧場のオジサンがしみじみうなずく。
「いつも歌聞いてるよ。あんたの曲、すっごい良い曲だよね」
北海道の田舎のオジサンでも、アリッサの作ったデジマスの曲を知ってくれているらしい。
「聞いてるだけで勇気が湧いてくるよ。農家の仕事って体力使うから、毎日ヘトヘトでさ。けど寝る前にアリッサさんの歌を聴くと、明日も頑張れるって思えるんだ。いつもあんがとね」
オジサンはアリッサの手を掴んで、ぶんぶんと振る。
「……ありがとう、ございます」
彼女は戸惑いながらも、小さくはにかんだ。
「ありゃ? そーいやそこの兄ちゃんは、アリッサさんの彼氏?」
「「ち、ち、違いますゥ……!」」
僕らは顔を真っ赤にして叫ぶ。
だが「ははぁん……」とオジサンが何かを察したようにうなずく。
「大丈夫、オジサン見ての通り田舎の農家だからよ。彼氏のことは言いふらしたりしないから」
「そ、そうですか……って、だから彼氏じゃないですって」
「そうかい? ん~……でもアリッサさんからは大好きオーラ出まくって……もがもが」
オジサンの口を、必死になってアリッサが塞ごうとしている。
え、なにオーラだって?
「ま、大丈夫。お忍びできてるんだろ。広めたりしないから安心しな」
「「ありがとうございます」」
おじさんと別れた僕らは、車に乗って北上する。
日が傾いていた。
遙か向こうまで続く草原から、オレンジ色の太陽がやけに大きく見えた。
僕らは沈み行く夕日を見ながらのんびり過ごす。
「……ありがとうございます、ユータさん」
ぽつりと彼女がつぶやく。
「……おかげで、気分がスッキリしました。ファンの人との、暖かい言葉も聞けましたし」
「そっか。そりゃあ、よかった」
「……ええ。あのとき、ユータさんが行こうって誘ってくれなきゃ、たぶんこんな良い気持ちになれませんでした」
「良い曲作れそう?」
「……ええっ。最高の歌が……完成しています」
よかった、スランプを脱したみたいで。
「……あなたのおかげで自分史上最高の曲が作れそうです。ありがとう、さすがユータさんです♡」
彼女が自信持って作ってくれるんだ、きっと僕心の曲は、凄い物になるだろう。
完成が今からとても待ち遠しいや。




