19話 幼馴染は動画配信で墓穴を掘る
僕は新作の短編を投稿した。
連載版をどうしようか、ひとり、部屋のベランダで考えていた。
「……ユータさん」
隣の空き部屋から、歌手のアリッサが顔を出す。
彼女は母のパジャマを着ていた。
普段見ない彼女の姿にドキッとして、そして月明かりに透ける彼女の裸身にドギマギしてしまう。
「……新作投稿するか、迷っているんですか?」
先ほど短編をなろうであげた新作、【僕の心臓を君に捧げよ】のこと。
「うん……母さんは書きたいかどうかで決めろって言ってたけど……さ」
現実問題、それ以外のことを、どうしても考えてしまう。
たとえば……。
「……みんなの期待を裏切ってしまわないか、不安なのですね」
「えっ……?」
僕は驚いて、アリッサの顔を見やる。
彼女は微笑んでいた。
「……いい作品を過去に作ってしまうと、期待値がどうしても上がってしまいますものね。けど次も受けるかどうかわからない。期待を裏切ってしまったら……怖い。でしょう?」
「な、なんでわかるの……?」
「……わたしも、同じですから」
そうだ。アリッサも歌手。僕と同じようにクリエイターだ。
新作に掛かるプレッシャーのことを、彼女は理解してくれるんだ。
「……ユータさん。お気持ちすごくよくわかります。けど……不安に怯えるだけでは、何も変わりません。前へ前へと、進んでいくんです」
「新作が、こけるかもしれなくても?」
「……ええ。創作物を世に公表する以上、批判はどうしてもつきもの。でもその不安を抱えながら新しい物を生み出していく。そして楽しみにしてくれる、大勢の人の心を救っていく……それが、才能あるクリエイターとして生まれた者の、使命だと……わたしは思います」
……自分に才能があるとは到底思えない。
けど新作を楽しみにしてくれている人がいることは事実。
そして……現実の嫌な気持ちを忘れて、楽しんでくれたって人が、大勢居た。
「……みんなあなたの作品を、心待ちにしてますよ」
「アリッサも?」
もちろん、とアリッサが静かに笑う。
……不安はある。
けどアリッサとの会話で、クリエイターとは、期待に押しつぶされず、ファンに向けて、常に新しい物を発信していく使命があると気づかされた。
「僕……書くよ。新作」
「……そうおっしゃってくださると信じておりました。さすがユータさん、わたしの最も尊敬する、最高の神作家です♡」
僕はアリッサに笑いかける。
「ありがとう、悩み聞いてくれて」
「……お力になれたようで、うれしいです」
幼馴染みに振られて辛かった時期もあった。
けどそれがきっかけで、こうして最高のクリエイター仲間ができた。
みちるに感謝しなきゃだね。
★
勇太が連載を決意した、一方その頃。
大桑みちるは家でひとり、悶々としていた。
「うー……」
ベッドに横になって、スマホを見ている。
なろうの日間総合ランキングのページだ。
一位には、敬愛する作家カミマツの新作短編がアップロードされている。
以前のみちるなら、喜んで読んでいた。
けれど……その日は読む気になれなかった。
「……気晴らしに、配信でもしよ」
みちるはパソコンを立ち上げて、動画配信の準備をする。
Our TUBEという動画投稿サイトで、みちるは時折、生配信をしていた。
顔出しでやっており、そこそこの外見をしていることから、登録者数が5万人とそこそこいる。
「どうもみんな。ひさしぶりね」
配信をスタートすると、すぐに視聴者が付く。
彼女のファンはなかなかに多い。
画面端には、ファンからのコメントが流れていく。
『みっちー! おひさしぶりー!』
【みっちー】とは、みちるのハンドルネームのことだ。
『最近配信しなかったからさみしかったー!』『みっちー元気ぃ!』
「……そうね。ちょっと最近ブルーになってて、配信サボっちゃった」
『まじか!』『どうしたの~?』『つらかったら吐き出して良いんだぜ?』
ファン達が自分を構ってくれる。
チヤホヤしてくれる。
みちるは最近、自信を失いかけていた。
幼馴染みの男の子、勇太。
彼の心を、すごい美女美少女たちに、取られてしまったから。
自尊心がベコベコに凹んでいたのだ。
「ありがとうみんな。やっぱりファンのひとは大切にしなきゃね……!」
ファンからのコメントにすっかり気をよくするみちる。
「さて今日は雑談配信なんだけど……何の話しようかしら……?」
『さっき言ってた落ち込んだ話してよー』
『どうして凹んでたのー』
「……まあ、なんてーの? アタシほら、美人じゃない?」
なんとも傲慢な発言。
だがそのキャラで通しているので、ファン達は大喜びだった。
「だからこの間、幼馴染みから告られちゃったの。ま、とーぜん断ったんだけどさ」
『なにぃ!』『みっちー可愛いからね、仕方ない!』『幼馴染みうらやま』
チヤホヤされすぎて、みちるは気分が大きくなっていた。
「でさ、そいつ一週間後にもう他の女好きになってたの! え、ひどくない?」
……みちるは、事実を隠して言った。
そう、被害者ぶりたかったのだ。
都合の悪い部分は全カット。
言えば非難を浴びるとわかっていたからだ。
『うっわなにその幼馴染み!』『くそじゃん』『みっちーそいつの名前と住所おしえて、ぶっころしてやる!』
さすがにみちるも、勇太の個人情報は漏らさない。
そんなことしてもみちるが原因となって、責任追及されるだけだから。
「ま、別にぃ。アタシはどーでもいいんだけどね。男なんて腐るほどいるし。それに……ファンのみんながいるしぃ~」
ちょっとこういう、男をその気にさせる発言する。
『うひょ~w』『みっちーきゃわぃー!』『一生みっちー様についていきますぅ!』
それだけで、ファンからのコメントが雪崩を起こしていた。
……チョロいなぁ、ネットの陰キャどもは。
みちるは内心でほくそ笑む。
「話聞いてくれてあんがとね。楽になったわ」
すっきりしたところで、配信を切ろうとした。
だが……そのときだった。
ふと、こんなコメントが眼に入ったのだ。
『ところでみっちー。カミマツ様の新作短編、読んだー?』
……ここで配信を辞めておけばよかったのだ。
『読んだよねー当然』『みっちーカミマツ様の大ファンじゃん?』『おれらの中での共通認識だもんなぁ』『そうそう、いつも感想言ってるし』
みちるはカミマツの大ファンを公言している。
カミマツの作品の感想を、よく配信していた。
「ま、まあ……」
『あれ? でも最近感想動画なくね?』『そーいやそーだな』『なんかあったの?』
……なんかあったのか、だと?
みちるの胸に苦い思い出が広がっていく。
ありまくりだ。
勇太がカミマツと知って、その後告白したが振られてしまったと……。
せっかく良い気分だったのだが、水を差されて、みちるは不機嫌になった。
「べ、別に……」
でもここでかんしゃくを起こしてもよくないと、みちるは打算的に考えていた。
『で、短編だけどさ、最高だったね!』
『ああ。まじ神の内容だった』
『さすがカミマツ先生だねw』
みちるのファン達は、彼女に影響されてカミマツ作品を読み始めたものが多い。
だからこの場において、みちるのファン=カミマツファンとも言えた。
「…………」
『あ、あれ? どったの?』『短編の感想ききたいなー』
みちるは、カミマツの短編を読めていない。
否、読もうとしない。
理由は単純明快。
この短編が、傑作だと、読まずともわかるからだ。
なろうでは、内容を読まずとも、感想を読むことができる。
そこにつけられている絶賛コメントの嵐。
稼いだポイント数、ランキング……。
それを複合すれば、カミマツの新作【僕の心臓を君に捧げよ】。
これが超大傑作であることは間違いない。
だからこそ、読めない。
読んでしまったら、カミマツを逃したことを、さらに後悔する羽目となるからだ。
デジマスだけじゃない、僕心も、ふたつも超凄い作品を作れるような作家を……振ってしまった。
後悔が大きくなり、自分を苦しめる結果になることが目に見えていた。
だから、読んでいなかったのだ。
『みっちー?』『どうしたの-?』『早く感想はよはよ』
「……るさい」
脳天気にコメントを垂れるファン達が、憎らしくなった。
「うるさいっっっっ! こっちの気も知らないで……!」
……みちるは冷静さを欠いていた。
「カミマツがなんなのよ! 読んでないわよあんな……あんなヤツの、あんな幼稚な作品を読んで騒いでるなんて……バッカみたい!」
……みちるは、怒りを吐き出した。
それはため込まれていた、自分を拒んだ勇太への負の念も込められていた。
言いたいことを言えてスッキリした反面……襲ってきたのは、更なる後悔だった。
『は? なんだよ今の……?』
そう、リスナー達が、今のみちるの発言を聞いて、不快な思いを抱いたのだ。
『バカってなんだよ』『せっかく話題振ってやったのに』
さぁ……と血の気が引いてく。
ファン達のご機嫌を損ねてしまったのだ。
まずい……! とみちるは大いに焦る。
「ご、ごめん……今の、なかったことにして」
だが一度不快にさせてしまったことで、ファン達は怒りをあらわにする。
『なかったことってなんだよ』『こっちは聞きに来てやってるんだぞ』『謝れよ』
「なっ!? あ、謝れって……あんたら何様よ! こんな動画配信くらいしか楽しみがない、リアルが充実してないくそ陰キャなんかに命令されたくないわよ!」
……更なる墓穴を掘ってしまう。
するとファン達たちから、アンチコメントが滝のように押し寄せてきた。
『ざけんな』『ちょっとツラがいいからって調子乗りすぎ』『登録者5万人の雑魚ごときでいい気になるなよ』
そう……愛と憎しみは表裏一体。
さっきまでの自分のことを愛してくれていたファンは、みちるの失言もあって、アンチに転じてしまったのだ。
みちるはそのことに気づいて……さらに顔を青ざめる。
「えっとその……も、もうしらない!」
みちるは強制的に配信を切った。
ベッドに突っ伏して頭をガリガリとかく。
「やっちゃった! 発言には気をつけてたのに……」
みちるは恐る恐る、スマホを開き、OurTUBEのページを開く。
……案の定、アンチコメントであふれていた。
そして、登録者数も、もの凄い勢いで減っていった。
「あ……ああ……どうして……こんなことに……」
みちるは一人さめざめと泣くのだった。




