18話 新作短編が周りから大絶賛されてる件
僕の家に声優の由梨恵、歌手のアリッサが遊びに来た。
その日の夜、母さんの誘い(+父さんの土下座)で、ふたりはご飯を食べていくことになった。
「おにーちゃーん! 短編読んだよー! ……って、あれ? アリッサさんとゆりえさんだー?」
妹の詩子が、部活を終えて帰ってきた。
ちなみにバスケ部のエースなんだって。
「こんばんは、うたこちゃん!」
「こんばんはー!」
ぱちん、と由梨恵と妹がハイタッチする。
「アリッサさんも!」
「…………」
彼女はうつむいて黙ってしまう。
「人見知りなんだ、彼女」
「そーなんだ……って、それどころじゃないよ! おにーちゃん! 短編!」
詩子が鞄を放り投げて、僕にスマホを突きつける。
「【僕の心臓を君に捧げよ】……読んだよ! もう、ちょ~~~~~~~~~~~~~最高だった!」
小学校の頃に書いた短編を、ひょんなことからなろうに投稿したのだ。
「もうね、やばいよ。部活にいたひとみんな読んで号泣してた……!」
「ま、まじかよ……ネット小説ってニッチなジャンルじゃないの?」
「それは違うぞ勇太ァ……!」
(いちおう)編集者の父さんが声を荒らげる。
「勇太……カミマツ先生の作品は、デジマスの大流行をきっかけに、性別年齢とわず、幅広い人たちに愛されてるんだ……! 父さんみたいなオタクだけじゃなくて、部活やるようなキラキラ青春陽キャ層にも届いててなんらおかしくなぁい!」
父さんが熱弁する。
ちなみにロープで簀巻きにされてリビングの端っこに放置されていた。
理由は、アリッサと由梨恵が食事に集中できないからだって。母さんが言ってた。
「やっぱ勇太くん凄いよ。たった1時間ちょっとで書いた作品が、大勢の人たちに感動を与えてるんだから」
「……さすがユータさん。素晴らしい、最高のエンターテイナーですね」
由梨恵とアリッサが絶賛する。
いや、世界最高峰の歌姫と、超人気アイドル声優の二人と比べたら、ミジンコみたいなもんでしょ僕なんて……。
「勇太! お前は本当に凄い子だ! みてみろなろうの夜のランキング!」
「ランキング?」
僕はスマホを開いて、なろうのランキングページを見てみた。
「ま、マジかよ……」
「どれどれ~……」
由梨恵が僕の隣に立って、のぞき込んでくる。
髪の毛の甘い匂いと、彼女の美貌にドキッとしてしまうぞ!
「さっ、3万ポイントー!?」
由梨恵が愕然とした表情で叫ぶ。
「あらあら、何か凄いことなの?」
「ふはは! 母さん、ぼくが解説して上げよぅ……!」
父さんが簀巻き状態で、得意げに言う。
「日刊ランキングは、1日に獲得したポイントで順位付けされるんだ。今のランキングだと7、8千ポイント取れれば確実に1位が取れる。1万ポイントなんて滅多に取れない」
「あらまあ……じゃあ3万なんて、とてもすごいことじゃないですか?」
「そのっとおり! 短編は確かにポイント取りやすいけど、3万も取ったのはハッキリ言って化け物。しかも投稿したのは今日のお昼! わずか数時間でこれだけ取れるなんて空前絶後なのさ!」
「まあまあ。さすがゆーちゃん♡ すごいわね~♡」
ニコニコしながら母さんが褒めてくれる。
「勇太、これだけ取れば書籍化の打診結構来たんだろう?」
「うん。小説、マンガ化あわせて30くらい」
「はっは! やはりな! しかしざんねーん! 勇太の小説はぼくの会社で書籍化するんだもんね~! 手柄は渡さないぞー!」
父さんは大手の出版社につとめている。
部下で、僕の担当編集の芽依さんから、すでに打診のメールを受けていたのだ。
「見える……見えるぞ! 僕の心臓を君に捧げよ……略して僕心! 書籍爆売れ確定! アニメ化映画化当然! 実写映画も受けるぞこれはー!」
父さん、大興奮。
「いやぁありがとう! 勇太が超傑作を生んでくれて、ぼくの評価もうなぎ登りさうっはっは!」
「あなた♡」
「なんだい?」
「今少し黙るか、永久に黙るか……選べ」
父さんは口を閉ざした。
母さんが……怖い。
「あらあらどうしたのみんな? ゆーちゃんのお祝いなのでしょう? 暗い顔しちゃだめですよぅ~♡」
ややあって。
食卓にはデザートの、母さんお手製のカボチャプリンが並ぶ。
「でもおにーちゃん、実際これからどうするの?」
「どうって……」
「当然、続き書くよね?」
「うーん……どうしよっかな」
【僕の心臓を君に捧げよ】は、小学校の頃に書いた作品だ。
昔書いた作品を、今になって続けていけるだろうか。
僕は結構勢いで書く。
突発的にあんなキャラいいな、こんな展開かっこいい! という衝動に任せて書くことが多い(そのせいで誤字脱字が多いって注意される)。
逆に言えば、書いていた頃の情熱を今僕は失っている。
果たして、続きが書けるのか……?
「「「「続き、書こうよ……!」」」」
妹、父さん、アリッサ、そして……由梨恵。
四人から、凄い剣幕で詰め寄られた。
「あなた♡」
「ハッ……! し、しまった! しゃべっちゃった! ち、違うんだよ母さん! ぐふぅ……」
母さんは、いつの間にか父さんの後ろに立っていた。
首の後ろに手刀を入れて、父さんを黙らせた。
し、死んでないよね……? 生きてるよね……?
「えっと……その……勇太くん。この傑作は、続き書くべきだと思うよ」
うんうん、とアリッサと妹がうなずく。
「……わたしも同意見です。この作品は、世に出れば間違いなく世間を揺るがすことになります」
「そ、そんな大げさな」
「……いいえ。わたしには、わかります。この作品が秘める、とてつもないポテンシャルが」
人の心を歌で揺さぶる力を、アリッサは持っている。
だから、この作品が人に及ぼす影響がわかる……のかな。
「おにーちゃん、僕心の連載版かいてよ! 続き死ぬほど気になるし!」
三人から大絶賛される。
父さんも芽依さんも、プロの編集さんも太鼓判を押してくれた。
でも……。
「おねがい勇太くん!」「……ユータさん、続きをどうか」「これで終わりなんて嫌だよぅ! 書いてよー!」
うう……。
と、そのときだった。
ぱんぱん、と誰かが手をたたく。
「みなさん、落ち着きましょう」
母さんが微笑みながら、三人を見やる。
「今は夜ですよ? 大声を出したら近所迷惑になってしまいます」
「「「た、たしかに……」」」
ヒートアップしていた三人が、落ち着きを取り戻す。
「今日はもう遅いですから、ふたりとも、泊まっていきなさいな」
「「え、いいんですかっ?」」
ええ……と母さんがうなずく。
「詩子、空いてる部屋にお布団敷いてあげて。ふたりはあの子のお手伝いを任せたいのですけど……いいかしら?」
「「「は、はい……!」」」
たっ……! と三人がリビングから出て行く。
僕と母さん(あと気絶している父さん)だけが、リビングに残された。
「さて、お皿洗いしましょう。ゆーちゃん、手伝って」
「う、うん……」
僕はあいたお皿を持って、母さんと一緒に台所に立つ。
「母さん……ありがと。皆を止めてくれて」
正直あのままだったら、僕は何も考えずにオッケーしていただろう。
自分で言うのもあれだけど、僕は押しに弱いし……。
「母さんは、どう思う? 続き……書いた方がいいかな?」
母さんは微笑みながら作業をする。
「どっちでも、良いと思います」
「どっちでも……?」
「ええ。自分が書きたいのでしたら書けば良い。書きたくないのなら別にいい。まだ、芽依さんからの打診の返事はしてないのでしょう?」
そう、編集部には返事を保留している状態だ。
「ならば……別に断っても大丈夫でしょう。さすがに打診を受けた後でしたら、たくさんの人に迷惑になってしまいますがね」
「でも……書かなかったら、父さんに悪いってゆーか」
「あの粗大ごm……お父さんのことは気にしなくて良いのですよ」
母さん……今父さんをゴミって言いかけてなかった……?
「小説を書くのはゆーちゃんなんだから。あなたの意思が一番重要だと、母さんは想います。他人からの期待や、大人の汚い思惑とか……そんな余計なことは考えなくていい」
母さんは水道を止めて、タオルで手を拭く。
「ようは、あなたが書きたいかどうか、それが一番」
「母さん……」
ぽん……と母さんは僕の頭をなでる。
「じっくり考えてお返事なさい。母さんは、あなたが選んだ答えを、全力で応援するわ……誰になんと言われようと……ね」




