17話 昔書いた短編を適当に投稿したら打診きまくる
ある休日のことだ。
僕の家に、アリッサ・洗馬と駒ヶ根 由梨恵が遊びに来た。
「「おじゃましますー!」」
金髪の美女と、黒髪の美少女が、笑顔で僕の家の玄関に立っている。
「うっひょー! ゆりたーん! アリッサ様もぉー! 待ってたよぉーん!」
ドタバタと足音を立てながら、僕の父さんが、ふたりを出迎える。
「さぁどうぞ! 上がってください! 狭い家ですみません!」
父さんは重度のオタクだ。
超人気歌手と声優がやってきたので、浮かれているんだろうね。
それにしても二人ともさすがだ。
ハイテンションな父さんを前に、笑顔を崩していない。
「さぁ我が家のリビングへどうぞ! たっぷりとお話聞かせてください! げへへっ! おーい母さんお茶ぁ……!」
ニコニコと笑いながら、母さんが奥からやってくる。
「ふたりともいらっしゃい。ゆーちゃんの部屋で待っててね、飲み物もっていきますから」
「「ありがとうございます!」」
頭を下げる由梨恵達。
「なっ!? どうして勇太の部屋なんだよぉお!」
「あなた。ふたりはゆーちゃんに会いに来たんです。子供の時間を大人が邪魔してどうするんですか」
やれやれ、と母さんがため息をつく。
「えー! でもぉ! ぼくだって超人気声優と歌手と遊びたいよぉ! SNSで自慢しまくりたいよー!」
「あなた♡」
「なに!?」
母さんはノータイムで、父さんに腹パンチ。
「ぐふぅ……」
ごっ……! と頭から父さんが倒れる。
「お座り」
「きゅーん……」
座るというか倒れ伏したんですが……。
「うるさくしてごめんなさい。邪魔しないので、ゆっくりしていってくださいね♡」
母さんは終始笑顔だった。
それが逆に怖かった……。ふたりともがくがく震えていた……。
ややあって。
「わぁ……! ここが勇太くんのお部屋なんだね!」
8畳くらいの部屋を、由梨恵が興味深そうにあちこち見ている。
ベッドに学習机と、実に平凡な作りだ。
「…………ぐすん」
「あ、アリッサ? どうしたの、急に……」
ボロボロとアリッサが涙を流している。
「……すみません。ユータさんが、ここで寝るのを惜しんで、わたしたち読者に素晴らしい物語を作っていると思ったら……つい……」
「いや、夜はちゃんと寝てるよ……」
「……規則正しい生活が素晴らしい物を作る創作の基本。さすがユータさん、よくわかってらっしゃいますね」
いや別にそんなこと初めて聞いたんだけど……。
「アリッサさん、ちょっと勇太くんを神格化しすぎじゃない? ねえ」
「うん。僕なんてただの陰キャ高校生だよ」
はぁ……とアリッサは深々とため息をつく。
「……何をおっしゃります。世界に誇る最高のクリエイター。それがユータさんでしょう?」
「いや……だからほんと大したヤツじゃないって……」
「……さすがユータさん。自らの能力をおごらず、常に謙虚な姿勢を忘れない。大変参考になります。尊敬です」
僕も由梨恵も、互いに顔を見合わせて、苦笑する。
「……な、何かおかしいのでしょうか?」
「いや、別に」
「アリッサさんって、面白い人ね!」
釈然としてないのか、アリッサが首をかしげる。
「ここが勇太くんのお部屋か~。私、同世代の男の子の部屋って、生まれて初めて入ったよ!」
「へえ……由梨恵なら、彼氏いてもおかしくないし、入ったことくらいあると思ったけど……」
すると由梨恵はブルブル! と首を強く振る。
「ないよ! 彼氏もいたことないし、親しい男の子の友達だって……勇太くんが初めてだもん!」
「そ、そうなんだ……」
「そうだよ! だから……勘違いしないでね!」
由梨恵が必死になってうったえてくる。
なんだろう?
「……もちろん、わたしも、親しい友人はユータさんが初めてですから。ご安心を」
「あ、あはは……光栄だな……」
「……ち、ちなみにあちらの方も、は、初めてですのでご、ご安心をっ」
どちらの方だよ!
あまり深く聞かないけど……!
そんなふうに、ふたりの美少女が部屋の中を見て回る。
この間来たときはあんまりゆっくりできなかったからね。
主に父さんのせいで(質問しまくってた)。
と、そのときである。
「あ! ねえねえ勇太くん! これ……見ても良い?」
由梨恵が机の本棚に刺さっていた、ノートを手に取る。
「うん。いいよ」
ノートの表紙には【小説ノート】と書かれていた。
「……ユータさん。これはなんですか?」
「小説。僕、小さい頃からノートに物語を書いてたんだ」
「……手書きで小説を書いてるのです?」
「前はね。父さんにお古のパソコンをもらうまで、ノートに手で書いてたんだよ」
子供の頃の落書きを見られるようで、ちょっと気恥ずかしかった。
さてノートを持っている由梨恵はというと……。
「へたっくそでしょそれ……って、由梨恵?」
「ぐす……ふぐ……ふぇええ~……」
突如として、由梨恵がさめざめと泣き出したのだ!
「え、ど、どうしたの?」
「ごめぇ~ん……この短編小説……めちゃくちゃ泣けてぇ~……」
眼を潤ませながら由梨恵が言う。
そのノートに書かれていたのは、昔書いた短編だった。
「……わ、わたしにも読ませてください!」
「ぐしゅん……ちょっとまって……もうちょっとじっくり読みたい……」
「……だめです! 貸しなさい! 今すぐに!」
バッ……! アリッサが由梨恵からノートを奪い取る。
もの凄い速さで小説を読む。
「ぐすん……すごいよ勇太くん。あの短編、傑作だよ」
「いや大げさな……だってあれって、小学校六年生のときに、暇な時間利用してちゃちゃっと書いただけの……未熟な小説だよ?」
「そんなことないよ! デジマスに匹敵する……最高の作品だよ!」
眼をキラキラさせて、由梨恵が熱っぽく言う。
お世辞だったとしてもうれしい。
「すごい……こんな傑作、子供の頃から作れるなんて……」
「……ぐす、ふっ、うぐ……ぐすん……」
アリッサまで泣き出したー!
え、そんなに? そんなに凄いのこれ?
「……ユータさん。お見事でした。これ……ぐす……最高でした」
ノートを胸に抱いて、アリッサが目を閉じる。
「……こんなにも見事な短編、初めて読みました」
「あ、ありがと……」
「ちょっとアリッサさん! もう一回読ませてよそれ!」
由梨恵がアリッサからノートを奪おうとする。
だがアリッサはギュッ、と強く抱きしめる。
「……ダメです。あと10回は読ませてもらわないと」
「私だってもっと読みたいもん! 順番!」
「……いやです」
そんなふうに取り合うふたりを見て、僕がとっさにこういった。
「あ、じゃあちょっと待ってて。もう一回書くから」
「「へ……?」」
僕はノートパソコンを立ち上げる。
「勇太くん……もう一回書くって?」
「だから、その短編。ノートはアリッサが持っているから、ワードに今から全部書くよ」
くわっ、と由梨恵もアリッサも目を見開く。
「……まさかユータさん。昔書いた小説の内容を、覚えているのですか?」
「うん。え、これくらい普通でしょ?」
小説書きなら、自分の書いた文章くらい全部暗記してるよね?
「ま、まさか……勇太くん。さすがにそんなこと……できない、よね?」
「え、できないの? 逆に聞くけど」
「「…………」」
愕然とする彼女たちをよそに、僕はワードを立ち上げる。
「1時間……かな。ちょっと待っててね」
僕はパソコンの前に座り、キーボードを打つ。
「す、すごい! 指が早すぎて残像が見えるよ……!」
「……淀みない指の動き……まるで著名なピアニストのようです。さすが神作家……」
ややあって。
「はい完成。どうぞ」
僕は椅子から降りて、由梨恵に場所を譲る。
「ほ、本当に書き上げたの? 1時間も経ってないけど……?」
「え、うん。5万文字くらいだし、こんなもんかな」
「ご、5万文字を1時間もかからずに!? す、すごすぎるよ……!」
「え、こんなの普通でしょ?」
ゼロからじゃなく一回書いたことあるものだったら、簡単に書けるでしょ?
まあ他に小説書いている人を見たことないし、これがスタンダードだと思ってるんだけど……
「じゃ、じゃあ……読ませてもらうね……」
由梨恵はマウスを手に持って、小説を読み出す。
ぐすん……と泣き出した。
「すごいよ勇太くん……ノートの中身と同じだ。セリフも、地の文も! むしろ誤字脱字なくなってて、さらに読みやすいよ!」
「え……? あ、うん。ありがと……」
何に驚いているんだろう……?
由梨恵が小説を読む一方で、アリッサが真面目な顔で言う。
「ユータさん。これ、出してみませんか?」
「出すって……どこに?」
すっ、とアリッサがパソコンを指さす。
「まさか、なろうに?」
「……はい。この傑作は、世に出すべきです。今すぐにでも!」
正直小学校の頃の、未熟な作品だし……ちょっと恥ずかしいんだけど……。
「……お願いします」
「わ、わかった。じゃ、サブのタブレットPCからアップしてみるね」
ワードのファイルをクラウドに載せて、そこからなろうに文章をアップ。
慣れてる作業なので、10分もかからずに投稿できた。
ほどなくして、由梨恵が満足したらしい。
「ぐしゅん……やっぱりこの短編すごすぎるよ……絶対映像化するべきだよ!」
「……ええ、書籍化はもちろん。アニメ化、映画化はされるべきです」
「いや……さすがにそんなの無理だよ。商業小説の世界は厳しいんだからさ」
ふたりは小説に関してはあまり明るくないから、結構楽観的になるのはしょうがないかな。
「でもこれ、絶対書籍化の打診来ると思うよ。てゆーか、もう来てるんじゃない?」
「いやいや……まだ投稿して1時間くらいだよ? さすがにないよ」
そう言いつつも、僕はなろうのトップページに戻る。
「…………」
「ね、来てるでしょ?」
運営から、打診のメールが来ていた。
それも、何本も。
小説の出版社だけじゃない、マンガの出版社からも。
そして何より、編集の芽依さんから、パソコンに打診のメールが来ていた。
「さすが勇太くん! 編集さんから注目されまくってるから、すぐ来たね打診!」
「……まあ、ユータさんなら、これくらい普通ですね」




