167話 神の暴走、止めるものなし
白馬先生と、その婚約者さんと会ったその日の夕方……。
僕、上松勇太は、近所の喫茶店【あるくま】に来ていた。
芽依さんと打ち合わせをするためにだ。
「ゆー……こほん、カミマツ先生、原稿拝見いたしました」
窓際に座るのは、スーツ姿の美人さん、芽依さん。
僕の恋人であり、仕事のパートナーである。
オフのときは僕のことをゆーくんとよび、仕事のときはペンネームでよぶ。
こないだ、デジマス、僕心の原稿を芽依さんに送って、チェックしてもらったのである。
「相変わらず文句なしの出来だったわ。どっちも売り上げ好調だし、来期からは来年には僕心、デジマス2期が始まって、順調ね」
「うーん……」
「どうしたの?」
「いや……これでいいのかなぁって思いまして」
仕事の話は早々に切り上げて、雑談に入る。
「これでいいってどういうこと?」
「今日白馬先生に婚約者を紹介されたんです」
「ああ。白馬先生結婚するだってね」
「あれ? 何で知ってるんですか?」
まだ芽依さんには言ってなかった気がするのだけど……?
「副編集長の岡谷くんが、白馬先生の親友でね。岡谷くん経由で聞いたの」
「ああ……」
岡谷さんかぁ。前にあったことある気がする……。
あんまり直接的なからみはないけど(担当編集じゃあないしね)。
「ゆーくんは何を悩んでるの?」
「いや……白馬先生が、結婚するじゃあないですか。それで……結婚、いいなぁって」
「! つ、ついに……ゆーくん……結婚するの!?」
「いや、今すぐじゃあないけど……結婚っていいものだなぁって思ったんです」
白馬先生と織姫さん、すごく幸せそうだった。
結婚って女性にとって、すごく特別なことなんだろう。うれしいことなんだろうって、そう思った。
……そして、羨ましいって思ったんだ。
「ゆーくん……ついに5人から本命の一人を選ぶときが……?」
「え?」
「え?」
…………。
………………。
「「え?」」
芽依さん何言ってるんだろう……?
「五人と結婚するんだから、もっといっぱい稼がないとなぁって思ったんです……って、どうしたんです?」
芽依さんが、複雑そうな顔をして固まっていた。
ずずう……と芽依さんがコーヒーをすする。
「とりあえずみちるちゃん呼ぶね」
「え? あ、はい。どうぞ」
なんでみちるを呼ぶんだろう……?
芽依さんが高速でラインで連絡を取る。
「直ぐくるって」
「へえ……。あ、じゃあ待ってる間に、新作の打ち合わせできないですか?」
「新作!? なにそれ聞いてない!」
うん、言ってない。
「なろうで投稿したもの? それとも、過去に書いた作品?」
「いえ、白馬先生と会って帰る間に、書いたもの……だと思われます」
「お、おもわれ……? ちょっと何言ってるのかわかんないんだけど……?」
あれ?
そうかな。
「スマホのメモ帳に、ベタうちで書いてあったんです」
「か、書いてあった……?」
「はい。白馬先生とあって、帰りの電車の中で、スマホで書いてたみたいです」
「み、みたいって……書いたのゆーくんでしょ?」
「はい。ただ僕、くせになってるんですよね。何か考えてる間、小説書いちゃうのが」
あれ? 芽依さんぽかんとしてる……?
「え、ないですか? 電話とかしてるときに、メモ帳に変な絵を描いちゃうやつ?」
「あ、あるけど……」
「あれの小説版です。僕、気づくと書いちゃうんですよねー」
「へ、へえー……」
あれ?
芽依さんドン引きしてる?
何か僕オカシナこと言っただろうか……?
「拝見させてもらうわね」
「あ、はい。今Gメール……ああ、今、Ggメールっていうんでしたっけ」
なんかいつの間にか、グーグルが社名変更してたんだよなぁ。Ggに。
書いた内容をベタうちで、Ggメールで芽依さんに送る。
芽依さんは目を通す。
「ええと……現代ラブコメかしらこれ?」
「さぁ」
「書いたのゆーくんでしょ!?」
「無意識に書いたものなんで……内容はちょっとわからないです」
「怖いんだけど……」
「ホラー的な内容ではないと思いますよ?」
「小説の内容の話しじゃないよ!」
じゃあなんの話しなんだろう……?
「ふんふん……主人公は高校生。妹がVTuberやってて……ふーん……義妹なのね」
「へえ」
「ある日、妹が配信を切り忘れてしまって、妹の本当の姿と、そして主人公の人の良さが知れてしまうと」
「へー」
「その結果、主人公もVTuberやることになる……か」
「そうなんですね」
「なんで全部人ごとなのよ……!」
「だって書いたの僕だけど、僕じゃあないので」
無意識に書いたから、逆に新鮮だった。そういう内容なんだぁ、へー。
「でもこれ、面白いわね。VTuber題材にした小説って、最近増えてきてるし」
「そうなんですか」
「もうちょとゆーくんは、市場調査しようね……。まあでも、良い感じね。あ、あれ……? ヒロインは義妹ちゃんじゃあないの?」
「さぁ」
芽依さんが頭を抑える。
「え、えっと……へえ、幼馴染みも出てくるのね。ふぅん、てっきりメインヒロインはVTuberの義妹ちゃんだと思ったんだけど……こっちルートにいくのかしら」
「どうなんですかねえ」
芽依さんがメールを途中で読むのをやめていう。
「これ、良いわね! 是非うちで……SR文庫で出しましょう!」
「え、いいんですか?」
「ええ! この時点でめちゃくちゃ面白いし!」
「ありがとうございます!」
また仕事が、決まったぞ……!
これで五人と結婚する予算が、また増える!
「でもなんか、妙に描写がリアルっていうか……。ねえゆーくん、この小説って、なにか題材にしてる?」
「題材?」
「うん。知り合いとかモチーフにしてない?」
「さぁ?」
無意識に書いたものだしねえ……。
「この主人公の幼馴染みヒロインちゃん、どっかで見たことあるっていうか……しかもこの主人公って……あの超有名VTuberを題材にしてるようにしか思えないんだけど……」
「そう言われても、そもそも無意識で書いたものですし、題材も何もないと思いますよ」
そっか、と芽依さんが言う。
「じゃあ問題ないわね」
「ありがとうございます。続きは何万文字くらいかけばいいでしょうか?」
電車に乗ってる数十分の間に、ベタうちしただけだからね。
文庫本一冊(一〇万文字)には、達してないだろうと思われる。
ぎょっ、と芽依さんが目を剥く。
「ゆ、ゆーくん……メールの文章を、ワードに貼り付けたんだけどね……一〇万文字、いってるわ」
「はえー。そっか。ラッキーですね」
あれ? 芽依さん、なんでドン引きしてるんだろう……?
「ゆーくん……青山からここまでって、そんなに電車でかからないわよね? その間に、無意識で、この面白い小説を、書いたの……? 一〇万文字を?」
「みたいですねえ……」
芽依さんは頭を抱えてしまった。あれあれ、どうしたんだろう?
と、そこへ……。
「勇太、芽依さん。来たわよ」
「みちるぅ!」
僕の幼馴染み、大桑みちるがやってくる。
「で、どうしたの?」
「実は……」
芽依さんが諸々を伝える。
五人と結婚するために、新作を書いたこと。
新作がなんか無意識で生成されていたこと。
みちるは「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」とクソでいため息をついたあと……。
「ここ日本だっっっっっつってるでしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
絶叫。
「なに五人と結婚? できるわけないでしょ! 勇太ここ日本! ジャパン! 一夫多妻制な異世界じゃあないの! いい加減目を覚まして!」
「みちるちゃんありがとう……! 立場上突っ込めないの、あたしっ!」
目を覚ましても何も……。
「僕起きてるけど?」
「そういうこと言ってるんじゃあないのよぉ!!!!!!!!」




