166話 無自覚キューピット
年明け、青山のカフェテラスにて。僕は、同業者にしてライバル作家、白馬先生に会いに来ていた。
そこで僕は、先生の婚約者である……御代田 織姫さんと出会ったのだった。
「改めて……はじめまして! カミマツくん! あたしは御代田 織姫! よろしくー!」
にかっ、と織姫さんは快活に笑うと、僕に手を伸ばしてきた。
がしっ、と向こうから掴んで、ぶんぶんと振る。
ぐいっ、とそのまま腕を引き寄せててくる。う、び、美人だ……。
シミ一つ無いつややかな白い肌、大きくて勝ち気そうな瞳。顔が近づくとふわりと、大人の女性の匂いがした……。芽依さんタイプの美女だ。
「へえ……六五〇億の男がどんな子かとおもったけど、君……かわいいじゃん♡ タイプだなぁ~」
「はわわ……か、かわ……」
そんな可愛いだなんて……タイプだなんて……。そんなそんな。
僕が照れていると、白馬先生が「我がライバルをからかうのはよしたまえ」とたしなめる。
ぱっ、と織姫さんが顔を離した。
あ、や、やっぱりからかわれてたんだ。うん、わかってたよ。
「というか、この子どっかで見たことある……あ! さっき一緒にいた坊やじゃん!」
「あ、はい。一緒にいた坊やです」
織姫さんが、轢かれそうになってる子供を、さっき助けた。その現場に僕も居合わせてたのである。
「おや、我がライバルは姫くんと既に知り合っていたのかい?」
「姫……くん?」
「我がフィアンセのことだよ」
な、なるほど……織姫さんのことか。
しかし、姫に王子かぁ……。お似合いのカップルだなぁ。っと、訊かれてたんだった。
「はい。さっき御代田さん……」
「織姫でいいよ、カミマツくん♡」
「あ、はい……織姫さんが子供を助けてて」
え、と白馬先生が目を丸くした。
「そんな大変なことがあったのかい……だから遅れたんだね。姫。それならそうと、私に言ってくれればいいのに」
織姫さんはどうやら、待ち合わせに遅れた理由を話してなかったらしい。
すると彼女がにかっと笑う。
「ごめんね。でも、王子を待たせた事実には変わりないし。それに、アタシがそんなことした、って知ったらあんた、過剰に心配するでしょ?」
そりゃそうだ、白馬先生はすんごい優しいひとなんだから。
怪我してないだろうか、とか思うに決まってる。
なるほど、織姫さんは、白馬先生を心配させたくなかったから、そういう危ないことがあったことを、言わなかったんだなぁ。
……なんとなく、僕は織姫さんと白馬先生が似てるな、と思った。相手を思いやって、気を遣うところ。
「しかし……」
「あーもう! やめやめ! この話なし! そういうのはカミマツ君がいないとこで。彼忙しいのに時間割いてきてくれたんでしょ? 他人のカップルの痴話げんかに巻き込まない!」
「ち、痴話げんかってわけじゃ……」
「なに? 坊や置いてけぼりくらってるわよ?」
「……いや、そうだね。すまない、我がライバルよ」
僕は首を振る。知らず、笑顔になっていた。
「大丈夫です。それに……良かったですね。先生! 素敵な女性が、見つかって!」
先生は本当にいいひとだ。紳士的だし、優しいし。でもそれが長所でもあるけど、短所でもあった。遠慮しがちっていうか。一歩引いてしまうというか。
でも、織姫さんはそんな先生の腕を引っ張ってくれる。先生を理解して、先生をいさめてくれる。対等に、付き合ってる感じがした。
「すごくお似合いだと思います! 結婚おめでとうござます!」
「…………ありがとう、我がライバルよ」
ふふ、と先生が微笑む。
「ほら、さっさと要件」
「あ、そうだね。カミマツ君、君を呼んだ理由は二つある。一つは、近いうちに我らの結婚式が行われる.是非参加してほしい」
そんなの、答えは一択だった。
「もちろんです! 喜んで、参加します!」
先生のお祝いの場、是非参加したい。二人ともイケメンだし、スタイルもいいから、絶対に衣装が似合うだろうし。それに……僕は、先生の失恋話を以前に聞いたことがある。
ラジオで、語っていた。大学の時に片思いしてたって。
そんな辛い時期があったことを知ってるから、なおさら、幸せになった先生を、お祝いしたかった。
「ありがとう。そして、二つ目は……君への感謝を伝えたかったのさ」
「感謝? なんのですか?」
「私と姫を、引き合わせてくれたことへの、感謝だよ」
え……?
先生と織姫さんを、引き合わせた……?
どういうことだろう。
「え、僕何かしましたっけ……?」
そもそも婚約者ができたことも、結婚することも、織姫さんのことも、つい先ほど知ったばっかりなんだけど……。
引き合わせるもなにも無いと思うけど。
「ほら、カミマツ君。暮れに、ラジオに出演したでしょ?」
「あ。はい。由梨恵と三人でラジオしましたね」
「それ……あたし、偶然聞いてさ」
織姫さんもあのラジオを聞いた……? つまり、先生の失恋ばなしを聞いたってことか。
「あのラジオ聞いてね、アタシ、王子の状況を聞いたんだ。辛い過去があったんだて。それ聞いたら……彼のこと、ほっとけなくなってね」
「そして同窓会で我らは再会。そこから交際を重ね、今に至る……。つまりだね、我がライバルよ。君がラジオに呼んでくれたおかげで、私たちは結ばれたのさ」
な、なんだって……! 二人を、僕は無自覚に結びつけていたのか……!
知らなかった……。
「ありがとう、カミマツ君。あのとき、私に、過去を話すきっかけをくれて」
「あ、いや……」
深々と、先生が頭を下げる。僕はマジで、そんな大層なことしたって思って無くて、軽い感じで誘っただけだった。
だからそんな風に、大きな恩義を感じて欲しくなかった。
「僕なにもしてないので。あの番組も、由梨恵の番組だし。僕はただ呼んだだけで……」
「でも、君がいなかったら、君が聞いてくれてなかったら……私は一生、弱い自分をさらけだすことなく、【王子さま】を演じ続けねばならなかった」
王子様を……演じる、か。
「弱い自分も受け止めてくれる、そんな人と巡り会うことができたのは、あのとき、あの場所に、君が呼んでくれたからだ。カミマツ君……心から、君に感謝するよ。ありがとう……」
「先生……」
そんな、僕はただ何も考えずに先生を呼んだだけだ。
幸せになれたのは、先生が今まで頑張ってきたからだ。僕は何もしてないに等しいのに……。
それでもこの人は、きちんとお礼をしてくれる。
そういう人なんだ、この先生は。ほんと……かっこいい人だなぁって思う。
「あたしからも、ありがとう、カミマツ君。君は恋のキューピットだよ!」
織姫さんが笑ってそう言った。二人が幸せになるきっかけを作れたこと、僕は……誇りに思っていいのかも知れない。
「ご結婚、おめでとうございます!」
僕がそう言うと、二人とも、本当に幸せそうに笑っていた。
それが何より、うれしかった。




