165話 先生の婚約者
翌日、僕は白馬先生に、青山のカフェで待ち合わせしていた。
改札を出てカフェへと向かう。
信号待ちをしてると……。
僕のちょうど隣に、凄い綺麗な人が立っていた。
足がすらっと長くて、背筋がピンと伸びている。
藍色がかった髪の毛は、つやつやしてて凄いきれいだ。
目鼻立ちはハッキリとしている。
眉はちょっと太め。
意志の強そうな人だなって、印象を受けた。
「きれーなひと……」
思わずつぶやいてしまう程度には、きれいな女性だった。
車用の信号が青から黄色、そして赤に変わる。
歩行者用の信号が青になって……。
「ままー、ぼく先にいくよー」
小さな子供が、勢いよく飛び出す。
まあ信号は青だから大丈夫……。
キキィイイイイイイイイン……!!!
「きゃー!」「あぶない!」「トラックが!!!!!!!!!」
え!?
トラックが、飛び出した男の子めがけて突っ込んでいったのだ!
車用の信号は赤になってるのに……!
まさか居眠り運転……いや、それどころじゃない!
「あ、あぶな……」
僕がとっさに飛び出そうとした……そのとき。
「あんた、邪魔! 下がってな!」
ぐいっ、と誰かが僕の肩をひっぱって、後に倒す。
その間……。
たんっ! と凄い速さで、その人が地面を蹴った。
……黒い稲妻のように飛び出したその人は……。
子供を抱きしめると、そのまま道路の向こうへと転がる。
トラックは子供をひき殺すことなく通り過ぎていった……。
よ、よかったぁー……。
「お、おねえちゃん……?」
「坊や、大丈夫?」
引かれそうになっていた子供を助けたのは、さっきの綺麗な女性だった。
女性は誰よりも早く飛び出し、駆け抜け、そして子供を助けたのである。
「坊や!」
「ままあぁ……!」
子供の母親らしき人物が、男の子に近づいて、抱きしめる。
「ありがとうございました!」
「ありがとー」
二人して頭を下げる。
女性はニコッと笑う。
「こっちはぜーんぜん大丈夫! 君は?」
「う、うん! あ、でもおねえちゃん……けがしてる……?」
「え? ああ……へーきへーき! こんなのかすり傷!」
確かに女性は、膝をすりむいていた。
タイツが破れて、そこから血が垂れている。
「いたそう……」
「大丈夫! 怪我は直ぐ治るし。でもね……」
女性はしゃがみ込んで、真剣な表情で、男の子に言う。
「死んだら、もう二度と戻らないんだよ。もう二度と、お母さんとかお父さんとか、大事な人にあえなくなっちゃうんだ。だから……車が通るような危ない場所に、一人で勝手に出ちゃだめだよ? 車にひかれてしまったら、ママが悲しむし」
女性は男の子を助けただけでなく、同じことが起きないように、諭してるんだ……。
凄い、出来た人だなぁ。
「わかった! ぼく……もう勝手にとびださない!」
「よし! それでいい! それじゃ……」
女性が立ち去ろうとしてる。
僕は……ふと気づいた。
「あ、あの!」
「ん? なぁに君?」
僕は彼女に近づいて、声をかけた。
「足……ケガしてません?」
立ち去るときに、右足を引きずっていたのだ。
多分、捻挫かなにかしてないだろうか……?
「心配してくれてありがとう! でもね、全然平気だよ!」
「イヤでも……」
「平気ったら平気! じゃ! アタシ急いでるから……!」
そう言って彼女は走り去っていった。
……足、絶対痛めてるとおもうんだ。
でも、さっきの男の子が近くに居た。
これで、足を痛めたってなったら、男の子が気にしてしまう。
だから、痛くないって言ったんだ。
強い人だな……。
「って、ん?」
僕はそのとき、女性が財布を落としてることに気づいた。
「あ、さっきの人の……あ、あのー! 財布落としてますよー!」
だが、女の人は立ち去っていった。
あかん……。どうしよう……。
「とりあえず、交番かな」
☆
交番によって落とした財布をあずけてきたので、だいぶ時間がかかってしまった。
僕は待ち合わせに少し遅れてしまった。
「す、すみません白馬先生……!」
「いや、私たちも今来たところだし、大丈夫だよ」
青山のカフェ。外のテラス席に、先生が待っていた。
にっこり、と笑うその歯も、身に付けているスーツも真っ白。
イケメン、高身長、そして優しい。
と全てを兼ね備えた凄いラノベ作家……それが彼、白馬王子さん。
今来たって……待ち合わせ予定時刻から30分も過ぎちゃってる。
先生がそんな今来るなんてことないのに……気遣いの鬼だなぁ。
「すみません……トラブっちゃって」
「財布を拾って届けてきたのだろう? 良いことじゃあないか。謝る必要性なんてゼロだよ」
来る前にラインを送っておいたけど、やっぱり遅れるのはよくないよね。
待ち合わせに遅れないように、次はもっと早く家を出よう。
僕は席に座る。
「それで、話って言うのは?」
「その前に、君に紹介しておきたい人がいてね。ちょっと今トイレで席を外してたのだけど……」
そのときだ。
「王子くんごめんね! トイレ込んでて遅くなっちゃった」
「っと、ちょうど来たね。紹介しよう彼女が……」
あ。
「さっきのお姉さん!」
「おや、君は……さっきの」
子供を助けたお姉さんだ!
「織姫くん。知り合いかい?」
「んまあ、ちょっとさっきね」
お姉さん……織姫さんはちょっぴり気まずそうに、白馬先生から目をそらす。
どうしたんだろ?
「我がライバルよ。紹介しよう、彼女が僕の婚約者……。御代田 織姫くんだ」
「どうも、王子の幼馴染みの御代田 織姫です。へえ……君がカミマツくんだったのね。よろしく!」
……どうやらさっきのスーパーお姉さんが、白馬先生の奥さんになるひとみたいだった。




